異世界召喚されました。6
騎士達が置き去りにした麻袋。
中身を確認しなくても、それが何の罪もない被害者の遺骸であることは判っていた。
だから物言わぬ麻袋が自分を強く糾弾しているようで直視出来なかった。
「また異世界の方を・・・この国は、いや、私はどれだけの人の人生を奪ってしまったんだ」
ミハエルがこの3年間、何十回と見てきた王女の異世界召喚の犠牲者達。
賢王として名高かった先王オスヴァルトの筆頭魔術師として仕えていた時、死に至る病に冒さた王を異世界の勇者なら救える。そんな甘い言葉を囁く皇太子ヨアヒムを信じ、王宮の書庫の奥に封じられていた異世界召喚の魔術書の封印を解き、解読してしまったミハエル。
そして召喚が生み出す悲劇に気付き、魔法陣を破壊しようとしたが強大な力に阻まれ失敗した。
傷一つない魔法陣を前に立ち尽くすミハエルをヨアヒム配下の騎士団が捕らえた。
反逆者として投獄され奴隷決定だ、と愚かな自分を冷めた目で観察している自分。
そんな馬鹿げた逃避をしていたミハエルの前に見馴れた人物が飛び込んできた。
「禁書を読み解き、全てを封印しろと我が命じた。それを愚直に守ろうとしたミハエルに一切の罪はない」
侍従長が駆け付け読み上げた敕詔によってミハエルの命は救われた。
しかし召喚により多くの命が奪われ、異世界からの勇者が道具として使い捨てられるのをミハエルは宮廷魔術師として見続けた。
自身の浅はかさの代償として失われていく命の重さに耐えきれず、勘当された兄から引き継いだ侯爵位を義弟に譲り、公爵である父に廃嫡を申し出た。それにより彼は姓と一族の庇護を失った。
そんなミハエルを病床のオスヴァルトは影ながら庇護したが彼の死去でそれも失った。
オスヴァルトの死去と同日にミハエルは城外の火葬場に左遷された。
そこで皮肉にも自身の罪にを突き付けられた。
城壁外の火葬場に運び込まれるの奴隷紋を首に刻まれた者か処刑された犯罪者や獄中死した罪人だけである。
そういった身分の者達は靴を履いていない。
仮に犯罪者が逃亡し切り捨てられたなら目立つ傷がつく上に、値の張る靴は剥ぎ取られるている場合が多かった。
しかし、騎士が持ち込む遺体は靴を履き、年齢・性別は違えど常に胸を一突きされ絶命した者ばかり。
それだけで彼らの素性が判った。
異世界から強制的に召喚され、新たな勇者召喚のために王女によって剣の贄にされた被害者。
「本当に申し訳ない。せめて魂だけでも元の世界に辿り着けることを願う」
麻袋を空き地まで運び、丁寧に中から身体を取り出した。
まだ幼い顔立ちが苦悶の表情で絶命しているのを見ると、自分の罪の深さを思い知らされる。
死者には何の意味もはなく、ただの自己満足だと判っていたが痛覚を取り除き、緩やかに傷口を回復する女神の加護を唱えた。
「慈悲の女神よ。彼の者の苦痛を取り除きたまえ」
ミハエルを中心に柔かな白光が周囲を包みこんだ。
「ってぇ・・・」
「えっ!」
「俺、生きてる?」
「えっ?君・・・生きてたの?」
「あんた、誰だ?」
「君、異世界人?」
二人はお互いを見据え、間の抜けた声で言葉を交わしていた。