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第六十八話 嫉妬に煌めく雷光 そして終結

今回は第三者視点でお送りします。

コメディの割合は一割以下に収まっております(無いとは言わない)

 時間は少々遡る。

 

 疲労困憊のレアルを置いて、カンナは迷い無く洞窟へと突入していった。その背中をクロエは信じられないとばかりに見送ってしまった。


「ほ、本当に行ってしまわれたでござる」


 彼があそこまで薄情な男だとは思っても見なかった。知り合って間もないが、カンナは義に溢れる勇敢な男だと思っていたのに。裏切られたような失望感がクロエの中に生まれた。


 だが、彼女の胸に去来した空虚を振り払うように、置き去りにされた当のレアルは口の端を吊り上げながら言った。


「口ではなんのかんのと言いつつ、頼りになる男だ」

「レアル殿?」

「彼をーーーーそして私を見縊ってくれるなよ」


 支援術式の反動で疲労した四肢に力を込め、レアルは傍らに横たわっていた剣を手に取り立ち上がる。先ほどまで無双を誇っていた姿からは想像できないほどの弱々しさだったが、目に宿る力強さは些かも衰えていない。


「君よりは多少付き合いが長い分、理解しているつもりだ。彼は成すべき事が決まっているなら即座に決断を下せる男だ。いまここでカンナがすべきは私の心配ではなく、元凶を断つことだ」

「で、ですが」

「確かに『ドラゴニック・レイジ』の反動はキツいが、それでもリザードマンごときに遅れを取る私ではない。カンナとてそれを承知で行ったのだ。彼を責めるのはお門違いだ」


 レアルは歩を進めた。残り僅かとはいえ、リザードマンはまだ数を残している。騎士団の部下や冒険者達が果敢に戦っているのに、己だけが呑気に休んでいるわけにもいかない。


「どうして…………そこまでーーーー」


 後に続く言葉をクロエは見つけることが出来なかった。


「彼の言葉を借りるならーーそうだな。成すべき事があり、成す事を望まれており、成す意志があるのならば、そこに躊躇いが入り込む余地はない」


 擦れ違い様に呟かれたレアルの言葉は揺るぎなかった。


「私が望み、彼が応えた。ならば、それ以上の言葉が必要か?」


 一片の淀みもない、信頼の言葉。


 クロエは、胸に走る痛みを覚えた。無意識に手を伸ばしたのは、かつては己を呪縛していた証の傷跡。だがそれは、『彼』との繋がりを生んだ誇るべき傷でもあった。


「私の心配は無用だ。それよりも彼の後を追ってくれ。アレは何かと無茶をやらかすのでな」


 そう残し、レアルは剣を携え戦場に戻っていった。立っているのさえ辛いと本人は零しながら、背負う気迫はむしろ増していた。


 なおも戦いに赴く背中に、クロエの心は大きく揺れていた。


 どうしてそこまで彼を信頼できるのか。


 どうしてそこまで彼に信頼されているのか。


(拙者はーーーー私は、カンナ様を信頼していなかったのか?)


 言葉少なくとも意思を通わせる二人に対して、ドロリとした汚泥の様な感情が溢れ出す。怒りとも憎しみともとれない思いが胸を焦がし、痛みを激しくさせる。


(…………気持ち悪い)


 嫉妬ーーーーなのだろう。


 カンナとレアルの間にある信頼関係は、己がカンナと共にしたこの数週間で築いたそれよりも遙かに強い。だが、ここまで吐き気を及ぼすような嫉妬を抱いたことはかつてない。


 黒狼族に生まれながらも、決定的に不足していた魔力の素養。必死の努力を積み重ねても、それを軽く追い越していく同世代の若者達。同じ雷属性の適性を持ちながらも、早々とAランク冒険者の地位にまでたどり着いた者の背中。嫉妬を感じない方がおかしい。


 だが、今感じている嫉妬に匹敵するほどではなかった。胸元の傷がジクリジクリと痛む。歯を軋ませ、爪を立て掻き毟るように傷口を抱きしめる。


 ーーーーぎぎゃぁぁぁあぁッッ!!


 泥のような思考に沈んでいた意識が、間近から聞こえたリザードマンの声に浮上した。戦場に無防備で佇んでいるクロエに、剣や斧を振り上げたリザードマン達が襲いかかる。


「ーーーーーッ、『雷刃』ッッ!!」


 術式を発動した刀身が、過剰なまでの閃光を纏う。雷撃のみならず、超高温を宿した刃は手近にいたリザードマンの右腕を熱したバターの如くに切り裂いた。そのまま左腕両足、最後に首を断ち切り、絶命させた。


「がぁぁぁああああああああああああッッッッ!!!!」


 犬歯を剥き出しに吠え猛るクロエは、襲いかかってきたリザードマンを切り裂いていく。『雷刃』の過剰使用により、剣は焼き鏝の様に灼熱を宿す。柄を握る右手にすさまじい熱を感じるも、お構いなしだ。過剰なまでの斬撃を与えられたリザードマンの全ては四肢を欠損させ、醜悪な達磨の骸を晒していった。


 この時のクロエは、野生のままに、感情のままに獲物を食い散らかす『獣』を彷彿させた。


 胸の痛みは治まらない。まさしく『獣』を宿したクロエは次なる『獲物』を求めようと視線を巡らす。


 その時、鉱山全域に激震と轟音が響きわたった。


「ーーーーッ、カンナ様ッ!?」


 本能に塗り潰されていたクロエの瞳に、理性が戻った。


 それに併せて、つい先ほどに交わされた言葉が脳裏を木霊した。


 ーーーーあんな満身創痍の一歩手前の状態で連れて行く気か?


 致命的な言葉の見落としに、今更になって思い至る。


「どこまでも大馬鹿なのか、私は!」


 自分のあまりの愚かさにクロエは泣きたくなった。 


 カンナの話が正しければ、洞窟の奥には今回の件の『黒幕』がいる可能性がある。そんな場所に足手纏いは連れていけない。それは分かる。


 だからといって、自分が付いていっては行けない道理はなかった。


 この場に留まり、感情にまかせて魔獣を惨殺している場合ではなかったのだ。


 消耗したレアルと比べて、クロエは多少の魔力と体力を消費した程度。ならば、カンナが洞窟に突入したとき、クロエは迷わず彼に後を追うべきだった。


 ーーーーカンナの身に万が一があれば。


 想像しただけで、心臓を鷲掴みにされたような焦燥感が全身を走る。指先から凍り付くような寒気を覚えた。


「ギぃィッ!?」


 口から嫌な悲鳴が飛び出す。剣の超高温に焼かれた右手の痛みが、ようやく『痛み』として理性を取り戻した脳を直撃したのだ。手から柄を放り出し、痛む手のひらに目をやると、皮膚は焼け爛れる一歩手前。もう少し手放すのが遅ければ、治癒術式でも完治するのに相当な時間を要するほどの重度の火傷を負っていた。


「愚かな私にはふさわしい罰でしょうね」


 油断をすれば悲鳴を上げたくなるのを堪え、痛みに顔を引き攣らせながらクロエは駆けだした。



 

 洞窟に入るなり、人種よりも優れた獣人の聴覚が不吉な音を察知した。


「岩盤が脆くなってる…………。時間が無い…………急がないとッ!」


 壁の奥の至る所から、『崩落』の予兆が聞こえてきていた。おそらく、先ほどの大激震が原因だ。鉱山全域に轟くほどであるし無理もない。


 クロエは必死になって洞窟の通路を駆け抜けた。


 徐々に崩落の兆しが強くなっていく中、


「ーーーーッ、カンナ様ッッ!?」


 ようやく通路の先にカンナを発見した。彼は通路の壁に身を預け、身体を引き摺るようにして出口を目指していた。


「…………クロエ?」

「カンナ様ッ、ご無事ですかッ!」


 大急ぎでカンナに駆け寄ると、彼は力尽きたように倒れそうになった。咄嗟に彼の身体を抱き留めることに成功するクロエ。


「カンナ様ッ、どこかに怪我をッ!?」

「大丈夫だ、怪我はない。黒幕も魔術式もぶっ壊した」


 言葉に力は籠もっていなかったが、ぱっと見に目立った負傷もない。カンナの身が無事であることに、クロエは内心に盛大な安堵をついた。


「ただ精霊術を使いすぎてキツい」


 敵の黒幕、その片割れの女性を撃退した『超巨大氷砲弾』で、カンナの精神は枯渇寸前になっていた。


 ーーーー避けられそうなら、避けようのない攻撃をぶつければ良い。


 その結論の元に導き出した攻撃だったが、想定していたよりも遙かに凶悪な攻撃力を秘めていた。


「や、ちょいと派手にぶちかましすぎたか」

「先ほどの衝撃はカンナ様が? ーーーーいえ、今はここを脱出する方が先決でしょう。ここはもうまもなく崩落します」

 

 直径六メートル近くの大質量が、火薬式の大砲弾と同じ速度で発射されたのだ。付近の岩盤に致命打を与えるには十分すぎた。


「動けますか?」

「正直もう立ってるのも辛い」


 かろうじて気絶の半歩手前で踏みとどまり出口を目指していたが、遅々として進まない足取りに本人も焦りを覚えていた所だった。気を抜いてしまえば意識を失ってしまいそうな状態。これ以上進むには体力も気力も底を突いていた。


「時間がありません。背負って行きますが、ご容赦を」

「悪いが、頼む」


 抵抗も文句も言わず、カンナは素直にクロエに背負われた。男の矜持としては非常に情けない格好だが、あいにくとカンナはむしろ合法的に女性と密着できると、場違いを通り越して大馬鹿な事を考えていたが口に出さない程度の聡明さはあった。考えている時点で致命的ではあったが。


「はぅ…………。密着してるでござるよぅ…………」

「…………ほ?」

「あ、いえ。何でもありません! そ、それでは行きますよッ!?」


 どうやら、馬鹿なことを考えていたのはカンナだけではなかったらしい。クロエはクロエでこの状況に役得を覚えていた。


 伊達に冒険者としての研鑽を積んでいたのではない。男の体重+軽鎧の決して軽くない重量を背負いながら、クロエは力強い足取りで走り出した。


 少しして、カンナが歩いてきた道の先、洞窟の奥から『ドォォォン』と深い音が響き、遅れて突風が吹き出した。


「ありゃぁ魔術式があった空間が崩落したな」

「どうやら始まったようですね。急ぎましょう」


 不定期ながら断続に崩落の音が通路の内部に響きわたる。最初の崩落を皮切りに付近の岩盤が限界を迎えたのだろう。


「や、迎えにきてくれて本当に助かった。下手すりゃ逃げきれずに生き埋めになってたからな。…………クロエ?」


 カンナは感謝の念を込めて礼を言うが、クロエは逆に気落ちしたように口を閉ざした。


 そういえば、とカンナは今頃になって気が付いた。


 クロエの口調が、『ござる』ではなくなっていた。


 詳しい原因は不明だが、クロエは、精神が極度の興奮状態や逆に不安定になると口調が『女性』のものに変化する。意図的なものではなく、無意識に言葉が切り替わるのだ。


 クロエの顔を背後から覗き込むと、その横顔はどこか思い詰めた雰囲気を宿していた。


 だがそれを問うよりも早く、カンナ達は洞窟の外へと脱出していた。急激に量を増した光の眩しさに目を細めた。



 

 焼け付いたような白い視界が回復すると、戦場の様子が伺えた。カンナが洞穴突入する前に残っていたリザードマンやジェネラルゴブリンは既に全滅しており、戦闘は終結を向かえていた。今は、負傷者の応急処置と状況の確認最中だ。


「なんつーか、地獄絵図ってこれをいうのかね」

「ぶつかり合った量が量ですからね」


 戦場で戦っていた最中は気にも留めなかったが、冷静に見渡すと魔獣の死体が至る所に散らばっている。地面にも血が染み込んでおり、血臭が鼻にこびり付く。


「うぉう。猟奇的バラバラ死体まであるぞ。よっぽど魔獣に恨みがあったのかね」


 カンナの目に留まったのは、比較的洞窟から近い位置にあるリザードマンの死体だ。ご丁寧に両の手足に首まで切断されている。手のパーツだけでも四つ以上あるが、正確な死体の数が判断しにくいほどだ。


「………………………………」


 クロエはなにも応えることが出来なかった。見覚えのあるあの死体を量産したのは己であり、動悸は『八つ当たり』というあんまりの理由。とても口に出せる内容ではなかった。


「ご苦労だったなカンナ、クロエ」

「おぉう、どうにか無事だぜぃ」


 戦場の様子を見渡していた二人に、いつの間にか此方に向かってきていたレアルが声を掛けてきた。洞窟の付近を監視するように命じていた部下からの報告に、いち早く駆けつけてきたのだ。


「状況はどうなんだ?」

「重傷者はかなり出たが、奇跡的に死者は出ていない。怪我の重い者も、しっかりとした休息と治療があれば現場復帰できるだろう」

「そりゃ重畳だ」

「そちらはどうなんだ? 随分と無茶をやらかしたようだが」


 クロエに背負われている格好を目にレアルが言った。対してカンナは不敵な笑みを作り、ぐっと親指を立てた。


「きっちりと片を付けてやったさ」

「さすがカンナだな」

「おだてても何も出ないっての」


 カンナとレアルは互いの拳を突き出すと、軽くぶつけ合わせた。成すべき事を成した両者の間に多くの言葉は不要だった。


「クロエもご苦労だったな。案の定、無茶をやらかして限界寸前だったようだ。君が彼の後を追ってくれなければ危うかった」


 洞窟の方に目をやると、崩落は入り口付近にまで届いており、崩れ落ちた天井が通路を埋めていた。


「…………いえ、私は私の成すべき事をしたまでです」


 後ろめたさを抱いたような俯き気味の言葉にレアルは首を傾げたが、追求する事もなく続けた。


「とりあえず、これで作戦完了だ重傷者の応急処置が終わり次第、野営地の方に帰投する。ここの後始末や調査は後日に行おう」



 ーーーーこうしてゴブリンの異常発生から始まった長いようで短い今回の戦いは終わりを迎えたのだった。

 

多分、これまでで一番クロエが「狼」の部分を出している回ですね。


アクセスPV数が二十万を突破しました。ありがとうございます!

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