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第四十七話 そこに痺れたり憧れたりするかもしれない

「ズキューーーーーン」はありません。

 

 今度こそ妙な空気を払拭し、真面目な話に移行する。


 とりあえず、互いの伝言や手紙を宿かギルドの方に預ける手筈となった。レアルが俺に用があるときは宿の方に伝言を、俺がレアルに用がある時はギルドの方に、と言った具合にだ。


「今日は君の顔を確認するだけで、特にこれと言った情報は掴んでいないんだ」

「無理のない程度で頼むさ」


 数ヶ月ぶりにドラクニルに戻ってきたばかりなのだ。早々に情報が手にはいるとは思っていない。短くても二、三週間は最低でも掛かるだろうし、長ければ数ヶ月程度覚悟している。


「おまえさんと山分けした蓄えもあるし、ギルドで依頼を受ければ日銭も稼げる。退屈はしないさ」

「悪い。数ヶ月も職場を留守にしているだけあってかなり仕事が溜まっていてな。そちらをある程度片付けないと君の用事に関して手を出している暇が無い」

「…………むしろ、数ヶ月も留守にしていたのに随分とすんなり職場復帰が出来たでござるな」


 俺も感じた率直な疑問を口にするクロエ。企業の重役が数ヶ月も姿を眩ましていたのに、顔を出した途端に混乱も問題もなく通常業務に戻れるのか。信頼関係とかそこいら辺は大丈夫なのだろうか。


 クロエには俺の事情は精霊術と同じく、詳しくは話していない。俺が個人的にレアルに何かしらの頼みごとをしている、程度の認識だ。


「結構特殊な職場でな。詳細を教えてはやれないのだ」

「いやいや、詮索する気は無いでござるよ」

「重ね重ね悪いな」


 そんなやり取りを横目に、俺は内心にぽつりと。


(まさか国の暗部的な部署じゃねぇだろうな。や、そんな漫画みたいな展開はないだろうさ)


 レアルの戦闘力はどう考えても戦場の最前線で大暴れする担当だ。


 でも出会った当初に『外交云々』って言ってたな。捕らわれていたのはそれなりに『利用価値』があるからだと。愛用している巨大剣も代々伝わる家宝だって話だ。職場の方も部下を持つ立場にあると。


 …………あれ? 改めて考えるともしかしてレアルって結構重要人物なんじゃね? 国家的な意味で。


 この一ヶ月でレアルの人柄は結構理解できていると思う。武人肌で男前だが、面倒見の良い気さくな性格の銀髪エルフ耳巨乳。


 ただそれはもしかしたら表面的な一面だけであり、内面にはもっと別の顔があるのでは。思い返せば、俺は彼女がこれまでどんな人生を送ってきているのか、その辺りの話を一切聞いたことがなかった。彼女がユルフィリアの城であの腹黒姫に捕らわれた事実のみで、どのような理由で捕まったかは知らない。確実にあの腹黒が悪いのは確定だが、どうしてレアルを捕らえる必要があったのかは不明なのだ。


 急に湧いた疑問をすぐに払拭できない。だが、レアルに只ならぬ恩がある以上、事を詮索するのは誠実ではない。


 内心に悶々とした心境を抱いていると、俺たちの席に近づいてくる気配があった。宿一階にはほかにもテーブルがあり、席に着いている他のグループもあったが、一直線にこちらに向かってくる。


 レアルとクロエも気がついたのか、俺と同じく向かってくる気配に顔を向ける。


 視線の先には、上等と一目で分かる鎧をまとった端整な顔つきの青年がこちらに近づいてくる。


 ーーーー遭遇するイケメン率、高すぎじゃね?


 ランド然りアガット然り坊ちゃん然り、ついでに女ながらにそこらの野郎よりもよっぽど男前のレアル然り。あれか、強い輩=イケメンの法則が成り立つ世界なのか。


 極めて馬鹿な感想を抱いていると、現れた新たなイケメン青年はついに俺たちの側まで来ると足を止めた。


 近くで見ると耳の付近からツノが生えている。ギルドの婆さんのとは形状が違うが、彼も竜人族だ。


「まったく、探しましたよ」


 青年の口から発せられた声の行き先は、レアルだ。


 彼女は困ったように眉を顰めながらも、けれども口の端に微笑が浮かんでいた。どうやら顔見知りらしい。


「おまえか。まだ勤務時間前だと思うのだが?」

「何を言っているのですか。数ヶ月分の書類が溜まっているのに、悠長に言わないでください」

「数ヶ月ぶりに復帰した上司を労ってやろうという精神が無いのか」

「ありませんね。俺の役割は、あなたを一刻も早く職場に引っ張って、認証の判子を一つでも多くの書類に押させることです」

「やれやれ、優秀な部下を持てて私は幸せだね」

「その優秀な部下のためにも、早く職場の方に来てください」


 皮肉を多分に含んだ言い方だったが、青年は気を悪くした様子はない。むしろこれに近いやり取りは何度と無く繰り返されてきたと思える風だ。


「すまないカンナ、クロエ。今日はこれで時間切れのようだ。例の件は何かが判明次第、手筈通りにそちらに手紙を送る」

「ああ、仕事頑張れよ」

「またでござるよ、レアル殿」


 別れの言葉を済ますと、レアルはテーブルに立てかけてあった剣を背負い直し、宿の出入り口へと向かった。付近にはイケメン青年と同じ様な鎧を着た別の男性が待機しており、レアルの顔を確認すると頷き合い共にその場を離れていった。彼もレアルの部下なのか。


 そんな背中を見ていてふと、至近距離から強烈な視線を浴びせられた。そちらに目をやって「うわぁ」って声を出さなかった俺を誰か誉めてくれ。


 視線の主は、それまでレアルと慣れた様子で言葉を交わしていた青年だ。親の敵やら長年の仇敵を見るような目でこちらを見ていた。このメンチの切りようは半端ではない。


「おい貴様、調子に乗るなよ」

「…………具体的にどの辺がだ?」


 素直に疑問を出したのに、青年は苛立たしく舌打ちすると先を続けた。出会い頭にいきなりだな。


「見たところ人族の冒険者だな。本来であるのならば、貴様のような平民がレアル様と口を利くなどありえないのだ。身の程を弁えろ」

「レアルはそれほど気にしていないっぽけどな」

「貴様ッ、レアル様を呼び捨てにするなッ。あの方の知己でなければこの場で切り捨てていた所だぞッ」


 切り捨て御免が許されるのか、この国は。


「まぁいい。平民ごときに礼儀を求めても無駄か。だがな、いかにレアル様が慈悲深いお方であっても、貴様らのような下賤な者が対等に言葉を交わせる相手ではないのだ」


「下賤」との青年の言葉にクロエが端から見ても分かるほどに不機嫌になるが、俺は目線だけ送り堪えさせる。レアルの同僚であるのなら、下手に騒動を起こしては彼女に迷惑を掛ける。


「すいませんね。一ヶ月前までは名前すらない山奥の田舎に住んでまして、礼儀ってのには無縁の生活を送ってたもんで」

「道理で泥臭さが鼻につくわけだ。そこの獣人からも野蛮な獣臭さが臭ってきてかなわん」


 …………前言撤回。コイツ、ブチコロソウカナ?


 クロエから獣臭さが臭うだと? 


 女性の良い匂いしかしねぇわボケがッ! どれだけ俺が昨晩にそれで興奮したと思ってんだッ! 匂いフェチじゃないけどなッ! 生粋の巨乳フェチだけどな!


 頭凍り付かせてかき氷のごとくに木っ端に砕いてやろうか!?


(カンナ氏ィィィ!! こ、堪えるでござるよぉぉぉッ!)


 顔色を変えたクロエが俺だけに聞こえる小声で悲鳴を上げた。表情には出ていなかっただろうが、小さな動きの変化で俺の怒りを感じ取ったようだ。感情に任せて精霊に命令を下そうとしていた頭を冷やす。


 仲間や友人を侮辱されると導火線が短くなるのは、俺の数多い欠点の一つだ。いつも意図的に堪えているのだが、前もって心構えをしていないと今みたいに短気を起こしてしまいそうになる。自分のことに関しては火薬も導火線も湿気っているようにぜんぜん気にならないのだが。自らへの罵詈雑言をさらっと聞き流せるのは、俺の数少ない長所の一つだ。


「…………言い返さないのか。どうやらプライドの方も相応に低俗らしいな」


 しかしこのイケメン。昨日に騒動を起こした坊ちゃんよりも凄く滑らかに酷い言葉が流れ出るな。こりゃ普段から平民相手に侮蔑を垂れ流していないとできないぞ。


 アガットの奴も結構プライドが高い奴だったが、あれは堅物であってほとんど悪意は感じられなかった。杓子定規な性分が、俺のいい加減さ(否定しない)を許せなかったのだ。初対面のファイマも、平民相手は下に見ていたがこの男までは酷くない。それに、認めた相手には平民相手でも対等に接する器量もあった。


 この男とレアルとの温度差が少々不安になるな。


 そんな事を考えていると、どうしてか宿を後にしたはずのレアルが戻ってきた。青年は彼女の顔を見るなりギョッとなるが、すぐさまに真顔を取り繕う。彼にとっての幸いに、まだ出入り口付近の彼女からはその変化が見えなかったところか。


「すまんなカンナ。一つ伝言を忘れていた」

「伝言?」

「ああ。リーディアル様が君に用があると言っててな。なるべく今日中にギルドの方には一度顔を出してくれ」

「この後はギルドに行くつもりだったし、わざわざ戻って伝えてくれなくても問題なかったぞ?」

「だからといって、承った伝言を伝えずに、というのはどうにもすっきりしないのでな」


 律儀な奴だ。レアルとらしいといえばらしいか。


 あ、そうだ。こっちも言うことがあったのだ。


「レアル、ちょっと良いか?」

「ん? なんだ。悪いが手短に頼む」

「ああ。や、この兄ちゃん何だけどさ」


 俺はイケメン青年を指さして。


「おまえさんが宿を出て行った途端に「平民がレアル様に口を利くな」とか「低俗な平民風情」やら「田舎者らしく泥臭い」などと素敵に素晴らしいお言葉を頂いたんだが」

「…………………………………………はッ?」


 口をあんぐりと開けたのは、ほかならぬイケメン青年である。あ、クロエの奴もぽかんとなってる。レアルも、何を言われたのか一瞬理解不能な顔になった。


「き、貴様ッ、プライドが無いのかッッ」

「んなもん、オカンの胎の中に収まってた頃に置いてきたよ」


 いち早く立ち直って唾を飛ばす勢いに叫ぶ青年へ、俺は顔を顰めながら答えた。まさか俺が口を閉じて泣き寝入りするとでも? 


 馬鹿め! と笑ってあげよう。


 部下の失態は上司の責任である。や、レアルを責めるつもりはないが、あくまで率直に青年の対応の悪さを報告しただけだ。


「…………カンナの今の言葉は真実か、ベクト」


 最初の時の和やかさは消え失せ、剣の如き鋭い視線で青年ーーベクトを射抜くレアル。途端、彼の端整な顔の額からブワリと汗が噴き出した。


「そ、それはその…………この男の謂われのない誹謗中傷でッ」

「だったら、どうしてそこまで焦る必要がある?」


 抑揚のない、だがだからこそ威圧感のある声色に、ベクトの焦燥が増していく。


「れ、レアル様は副官であり貴族である俺よりも、平民であるこの男の言葉を信じるとッ?」

「カンナは冗談や戯れ言は好むだろうが、根拠も必要もなく誰かを侮辱する男ではない」

「あ、ちなみにクロエには「獣臭い」って言ってたぞ」

「な、貴様ッ!? あ…………いえ、違うのですレアル様!」


 レアルの視線の鋭さが、剣の如きを通り越して巨剣にまで進化した。物理的な圧力すら持っていそうな視線に、ベクトはそれ以上の言葉を発することができない。彼を一瞥してから、レアルはこちらに頭を下げた。


「…………すまないな二人とも、部下の不手際は私が謝罪しよう」

「別に謝罪も賠償もいらねぇから。ただちょっとだけ部下の教育はしっかりしてくれよ。多分、それで損するのは他ならぬおまえさんだ」


 副官の役割は、上司の仕事を円滑に進めるためのサポートだ。潤滑油である彼が対応する相手を選り好みしていては、間違いなくレアルに迷惑が掛かる。


「クロエもすまないな」

「拙者はあまり気にしていないので問題ないでござるよ。それに職場とやらに復帰したばかりでござろう?」

「長期に職場を離れたのを言い訳はできない。が、そう言ってもらえるのは助かるな。コイツには後で厳重に注意をしておくのでそれで勘弁してくれ」


 そう言ってから、レアルはまたも厳しい顔つきでベクトへと顔を向けた。


「…………どうやら貴族至上主義の性根はまだまだ矯正が必要らしいな。書類作業が一通り終わったら、久しぶりに訓練に付き合ってもらおう。念入りに、徹底的にな」

「ひィッ…………」


 このとき、俺は間違いなくレアルの背後に巨大な竜の幻影を目撃した。同じ様なモノをクロエも幻視したのだろう。言葉の矛先を向けられたはずではないのに、余波だけで俺とクロエは背筋を震え上がらせた。直接にぶつけられたベクトの恐怖心は計り知れない。


「では二人とも。今度こそ失礼させてもらう。おいベクト、おまえもついてこい」


 レアルは竜の幻影を背負ったまま、その後ろには竜の生け贄の如くに肩を落としてトボトボとベクトが続き、宿屋を去っていった。俺の頭の中では『ドナドナ』と効果音が鳴っていた。


「…………さすがはカンナ氏でござるな。とても普通の人間には真似できない事を平気でなされる」

「それ誉めてんのか?」

「……………………誉めているのでござるよ」

「今の間はなんだ」

「誉めているのでござる?」

「今度は疑問系かッ」

「判断が難しいでござるよッ!?」

「逆ギレかッ!」


 俺とクロエはそんな風にぎゃいぎゃいと言い合った。


 虎の威を借る狐を懲らしめるのならば、虎と仲良くなってしまえば良いのだ。今回の相手は例えからしてちょっと違ったかもしれないが、対応の仕方は同様だ。


 そうなるように仕向けたが、ベクトには小さく同情もした。多分、訓練というとレアルの巨剣が登場するのだろう。あれを使って「徹底的」とまで言われたのだ。俺がこの一ヶ月で受けた彼女との訓練とは比べものにならないほどの困難を極めるだろう。多分、十分の九ぐらいの割合で殺されるのだろうな。


 や、「ざまぁッ!」って気持ちの方が強いんだがな。


 

感想文、評価点をまたも頂きました。ありがとうございます。感想に関しては逐一返信をさせていただいています。ご質問等は極端にネタバレが起こらないように答えさせていただきます。


クロエさんが妙に人気です。現在までに登場したヒロインの中で最後発なのに、トップを走っています。今後も「わんわんわふわふ」言わせていきます(狼なのに)。でも作者的にメインはエルフ耳巨乳さんなのです! 頑張れエルフ耳巨乳! 第五の部でもっと出番増やすから!





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