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第二十四話 堅物ほど意外とチョロい

区切りの問題で短め

 

 凄まじいほどの嫌悪感がこみ上げる。


 人を殺した事実…………にではない。


 人を殺した事実をさほど深刻に受け止めていない己の心に、だ。


「なるほどね。出来損ないってのは、ここまで深刻だったのかい」


 これまで魔獣を殺してきた時には、確かに嫌な気分になっていた。それは、現実世界で平穏に暮らしていたが故。舞う血飛沫に散らばる肉片、命を刈り取る行為に触れてこなかったからだ。


 けれども、短いながらも幻想世界に適応してきた俺は、その命の遣り取りに慣れてきた。快楽や悦楽を覚えるほどではないが、さほどに罪悪感を抱くことがなくなってきていた。


 それがたとえ、人間が相手だとしてもだ。


「まさか精神的にもポンコツだとは思わなかったぜ」

「カンナ?」

「気にすんな。こっちの話だ」


 レアルは覆面三人が死んでいることに疑問を抱いていない。彼女にとって奴らは「護衛対象を殺そうとした不届きモノ」であり、排除対象に他なら無い。そこに命の是非を問うのも可笑しい。生かしておく意味もない。この世界は、現実世界よりも命の価値が低い。


 違うな。命の貴賤が現実世界よりも大きいだけだ。この幻想世界の住人にとって、犯罪者にすら人権が存在する現実世界の法律は考えられないだろう。国家の頂点に立つ男でさえ、人を殺せば犯罪者になると信じられないだろう。


 俺はこの世界での間違いは何一つ犯していない。弱肉強食なのは世の摂理だ。けれども、ただのこれまで殺人の一つも犯してこなかった男が、犯罪者を殺しても何の感慨も抱いていないのは明らかに異常だ。


「…………まぁ、もしもの時に躊躇わないってことが分かっただけでも良しとするか」


 本当におかしいのはここからだ。


 俺は今、自分の精神が平和な日本人男子から乖離しているのを認識しつつ、それでも現実世界に帰りたいと願っている。あの馬鹿なヘタレイケメンや美咲達と馬鹿な話をしながら騒ぎたいと思っている。そして、あいつ等を傷つける奴らがいるのなら、そいつの命を迷わずに刈り取れると確信が持てて安堵している。


「おい、本当に大丈夫か?」

「心の整理をつけてただけどわぁッ」

「…………人の顔を見るなり悲鳴を上げるのはさすがに失礼ではないか?」

「血塗れの顔が至近距離にありゃ誰でも驚くわッ」 


 それまでのシリアスな気分が吹き飛んでしまった。ゴブリンの返り血に塗れた美女顔というのが非常にシュールだ。これでゴブリンの血液が青とか緑だったらもうレアルを美女として認識できないほどのトラウマ映像になっていた。


「それもそうか。どこかで水浴びでもできないだろうか」

「えっと…………ただの水を出す程度なら魔術でできますけど」


 おずおずと申し出るファイマ。


「ファイマ嬢、悪いが頼めるか。実は髪に付いた血が固まり始めて困っていたのだ」

「とりあえず、顔と頭だけは先に洗い流しておいた方がいいでしょう。そんな綺麗な銀の髪が痛むのは、女として見過ごせません」

「そう言うファイマ嬢とて見事な紅だろう」

「ふふふ、ありがとうございます」


 殺伐とした光景が広がる中で、ガールズトーク止めてくれないかな。まだ覆面とかの死体とか放置されてるんですけどね。それを作ったのは俺なのですが。


 色々とげんなりとした俺は、馬車の前方の方に様子を見に行く。その前に、唯一生き残っている意識を取り戻していない覆面の両手足を、氷の錠前を作って固定する。先日は瀕死だと思っていた覆面どもが意外と動けて逃げてしまったので、念のためだ。


 アガット達がいる方に足を運ぶと、ちょっと後悔した。見渡す限りにゴブリンの死体が山のように。ただ単純に気持ち悪い情景が広がっている。


「貴様ァァッッ」


 俺の姿を確認するなり、アガットが胸ぐらを掴んできた。


「止めろアガット」

「ですがこいつが急に持ち場を離れたせいで負傷者が出ましたッ」

「彼はお嬢様の護衛として契約したのであって、我々を守る役割はない。それに、あの状況で仔細に事を伝えていれば手遅れになっていた。緊急時における現場の判断としては間違っていない」


 俺の胸ぐらを掴む手を、ランドが引き剥がす。最初はアガットも抵抗したが、すぐに力を抜いて俺の胸ぐらから手を離した。


 歯を噛み締めるアガットの肩を柔く叩きながら、ランドが諭すように口を開いた。


「おまえがコノエーー従者隊としての訓練を受けた身として、命令違反や単独行動を忌むモノと考える気持ちは分かる。私も若い頃は骨身に染みるほどに叩き込まれたからな。だが、今我々に求められているのは、現場での臨機応変な判断力だ。特に、護衛対象の命に関わる案件であるならばな。おまえに足りないのは咄嗟の判断力だ。それさえ得られたのならば、お前は一部隊を率いるに足る男になれる」

「俺が…………ですか?」

「もっとも、まだまだ実力不足ではあるがな。最低でも、私を倒せるぐらいの男になってもらわんと困る」

「…………それはまだまだ先の話になりそうですね」


 いつの間にやら話が落ち着いたようだが、俺は話の出汁にされた気がしてならない。だって、一言も喋ってないもん。勝手にアガットがキレて、ランドが落ち着かせて諭して、アガットが納得しただけだもん。アガット君ちょっとチョロくね? たった数行ぐらいで説得させられたよ。次からチョロット君って呼んでやろうか。確実にブチ切れるからさすがに止めておこう。


「アガットが失礼をした、申し訳ない」

「身勝手してるのは事実だからな。謝罪はいらねぇよ。そんなことよりも、負傷した従者さんは大丈夫なのか?」

「ああ、肩に小さく傷を負った程度だ。掠り傷、とまではいかないが、手持ちの薬を使えば数日で治る。今は馬車の中で横になっているよ」

「そうかい、そりゃ良かった」


 俺も従者さんの様子を拝もうと馬車の荷台に入る。負傷者は薄手の布の上で仰向けになっていた。鎧は外され、負傷したであろう右肩には包帯が巻かれ、赤い色が滲んでいる。


 俺の体重に木製の床が小さく軋んだ。音に気が付き、仰向けでボウッとしていた従者が首だけ動かしてこちらを向く。


「よぉ、元気か? …………って聞くのは失礼か」

「君か…………、そうだね。元気ではないけれど、心配されるほど酷い状態ではないよ」


 従者くんは物腰丁寧に答えた。今まで彼とは殆ど交流が無かった。会話らしい会話はおそらく、コノ瞬間が初めてだろう。


 ーー訂正。従者くんではなく従者さんだった。胸当てを取った布の服の胸部が、ささやかなながらに盛り上がっていた。レアルやファイマと比較すると従者さんに酷く申し訳ないが、一応異性を感じられる程度の豊かさはあった。


「そりゃそうだ。年頃の娘さんの護衛に同性の一人や二人はいないとおかしいか」

「もしかして、私のことを男だと思っていたのかな?」

「失礼ながら、な」


 いくらランドやアガットが護衛とは言え、風呂や着替えの最中に彼女と一緒にいられるはずもない。そのときのための同性の護衛がいないはずがないのだ。


「女ながらに男所帯の中で揉まれてきた身。今更自分に女らしさが残っているとは思っていないよ。それに、女にしては背も高いし体格もガッシリしているからね。鎧をつけていない普段着の状態でもよく間違われる」


 確かに、中性的な顔をしているし、身長もアガット並に高い。声もちょっと高めの男性と、先入観があれば素直に頷けてしまう。だが、一度気が付けば、もう彼女のことを男性として見ることはできなかった。


「そうか? ちょいと身なりを整えりゃぁ、普通に女っぽくなると思うけどな。俺の友達も、素手で体格の良い野郎をぶっ倒せる奴がいるけど、普通に女やってるぞ?」


 出会った当初は女の皮を被った猛獣的な何かだったが、今では普通に美少女やってる。ちょいと手が出やすいのが珠にキズであるが。

 

 それに、話してみれば物腰や口調は普通に女性だ。レアルは身体的に女性と分かるが仕草や態度はほぼ男性と変わらない。そこを考えれば、彼女よりもよほど女っぽい。


「…………もしかして私は口説かれているのかな?」

「その発言はどこから来たんだよ。口説いてねぇよ。俺は巨乳派だ」

「済まない。君の期待に添えそうにないの。私の胸はもう成長が止まってしまっているわ。けど、こんなまな板でよければッ」

「何さりげなく自分を押し売りしようとしてんだッ!」

「その…………できれば最初は優しくお願いするわ。なにぶん初めてなモノで。できれば豊胸の為に揉んでもらえると助かるわ。ファイマ様とまでは望まないから」

「初めてまともに会話した数分後にどこまで妄想がかっとんでんだッ!」

「子供は三人は欲しいな」

「人の話を聞けよ! 天然さんかッ! あんた天然さんなのかッ!」

「…………? こう見えても天然で女だけど」

「まごうことなき天然さんだったよッ!」

「そう言えば自己紹介がまだだったね。私の名前はキスカ。よろしく」

「マイペースッ!?」


 俺は怪我人相手にどうして漫才をしているのだろか。


 このパーティーの女たちは、俺のシリアスを見事にぶち壊してくれた。お礼を言う気は微塵もないが、ちょっとだけ救われた。

ユニークアクセス数二千人突破です。ありがとうございます。

感想文は随時募集中です。応援されてのびるタイプです。


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