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第二百二十八話 犬も食ったら盛大に食中り起こすような状況

本日は二話連続更新。少し時間を空けて二つ目を更新します。


それと、二百二十二話で『巫女が魔杖を持っている』という描写を追加しました。


「……何やってるのかしらね、あれ」


 カンナとレアルの殴り合いを遠目に眺めながら、ファイマが呆れたように呟いた。


「これは俗に言う『痴話喧嘩』というやつでござるか」


 クロエも同じく、生ぬるい眼差しをカンナたちに向けていた。


「見てくれだけは壮絶な『潰し合い』なのに、中身を知るととてつもなく残念でござるな」

「『犬も食わない話』っていうのはこのことでしょうね」


 ぶつかり合う瞬間の衝撃は、遠くで見ているこちらの魂すら揺さぶるほど。なのに、その実態はまさに痴情のもつれ。見せつけられている身としては、視線が生ぬるくなるのは仕方がなかった。


「ファイマ殿、そろそろ教えていただきたいでござるよ。『これ』が貴女の狙いだったのでござるか?」

「そうよ。この展開こそ私が見つけた突破口」


 ファイマは己の見出した光明こたえをクロエに伝える。


「巫女の支配を受けた後であっても、レアルさんがカンナに強い感情を向けたことがあった。私やクロエさんが、カンナと触れ合っていた時よ」

「……ああ、言われてみれば確かにでござる」


 レアルが時折カンナに鋭い視線を向けていたのをクロエは目撃していた。強烈な殺気を向けられてカンナが顔を青くした瞬間も目の当たりにしている。心当たりは十分にあった。


「けど、もしレアルさんが本当に『誰かを想う感情』をなくしていたとしたらおかしいもの。もし本当にそうだとしたら、彼が誰と何したって『嫉妬心』なんて抱けないもの」

「あ……」


 嫉妬心とはつまり、想いを・・・寄せる者・・・・が、他の誰かしらに好意を向けたことに対する怒りや憎しみ。


 レアルの怒りを煽る。その真意は、レアルの中に残っていた『嫉妬心』に火をつけること。


 その裏側にある『失われた感情』を呼び覚ますことだったのだ。


「巫女の支配が完全ではなかったのか。あるいは見落としていたのか。実際のところはわからないけれど、あの時点ではレアルさんの『嫉妬心』を刺激するしか手がなかった」


 決闘が始まる直前に、カンナに強引に接吻キスをしたのも、全てはレアルの嫉妬心を増幅するため。


「なるほど、レアル殿の動きが精彩に欠けていたのはそのためでござったか」


 一流の冒険者であるクロエは、レアルの振るう剣筋が鈍っていたのを読み取っていた。それはおそらく、己の中にある理解不能の『嫉妬心』を処理できず、心が乱れていたから。


「では、あの様子からするとレアル殿はもう『巫女』の支配から脱したと?」


 人型の竜となったレアルは、これまでで一番『キレ』のある動きでカンナを殴り飛ばしている。まさに『吹っ切れた』と言わんばかりだ。


「どうでしょうね。こればかりは当人の問題だから。……それに、ここまで壮絶な潰し合いになるとは思ってなかったわ」


 竜の怒りドラゴニック・レイジまでは話に聞いていた。けれども『真竜の憤怒さらにそのうえ』まであるとは考えもしなかった。


 とはいえ、レアルがここまで激しい怒りを抱いている理由の大元はカンナ自身。この程度は自分で乗り越えてもらう。

  

「……というかこれ、死人が出てないでござろうな」


 聖堂の内部は完全に廃墟同然の状態だ。尊厳をたたえていた壁面はいたるところに穴が開き、床にも粉砕されている。内装飾品は全て破壊されており、辛うじて神父が立つ壇上の部分が残っているだけだ。


「エルダフォス側の対応に祈るしかないでしょうね」


 彼女たちを除き、聖堂にほとんど人の姿はない。決闘を観戦していた貴族たちは、レアルが『変身』した時点で逃げ出していた。それ以前の苛烈な戦いぶりを見ていた時点で十分に恐れをなしていたが、レアルがカンナを聖堂の外まで吹き飛ばした光景を目の当たりにすると、一斉に恐慌が巻き起こり我先にと聖堂を脱したのだ。


 ファイマたちの危惧は幸いにも回避され、死傷者は誰一人としていない。また、逃げ出した貴族が衛兵に危険を伝えたために、この近辺の住人も一人残らず避難していた。


 現時点でこの場に残っているエルダフォス側の人間は、セリアスと巫女のみ。


 否、セリアスはレアルが発した『竜の咆哮』を浴びた途端に気を失っていた。


 残念ながら彼を助けようとする者はいない。本来なら何が何でも助けるべき王族でありながら、不幸なことにセリアスが気絶してしまったのを誰も気がついていなかった。


「仮にレアルさんが勝利したとしても、あの有様じゃ順風満帆な結婚生活を送るのは無理でしょうね」


 意識のないセリアスにファイマは哀れみの視線を向ける。


 レアルがディアガルの騎士団長である事実は知っていたはずだ。だが、その理解していたのは上っ面だけであり本質を

知ろうとしなかった。レアルの『美』だけに目がくらみ、『武』の面が霞んで見えなかったのだ。これでは真に夫婦関係を築くのもままならないだろう。


「あのような間男はどうでも良いでござるよ。それよりも気になるのはあの巫女の方でござる」


 クロエは鋭い視線を巫女に向けた。


 側で倒れているセリアスを介抱するでもなく、巫女はじっと、ぶつかり合う二人を見続けていた。


 もし、レアルが『支配』から脱していれば、それで一番損をするのは輪廻の巫女当人。せっかく見つけた自身の『依り代』が手から離れてしまうのだ。何かしらの手を打っても不思議ではないが、今の所目立った動きはなかった。


「どう思いますか、フラミリスさん」


 それまで傍観に徹していたドラゴンに、ファイマが問いかけた。


「私とて、巫女の全てを知っているわけではない。だが、警戒するに越したことはないだろう」


 フラミリスは、決闘が始まってからずっと巫女の動向に注意を払っていたが、だから当然、巫女の動きがないことには疑問を抱いていた。


 あるいはこの瞬間に巫女を打ち取るという手もあっただろうが、巫女が切り札を持っていないとも限らない。下手をすれば状況の悪化を招くため、手出しができない状況だ。


(結局はなるようにしかならんか)


 巫女への警戒心は維持しつつも、フラミリスはカンナたちに目を向けた。


 戦いはいよいよ、終局へと向かっていた。


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