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第二百二十七話 ぶちまけあえ!

ようやく終盤戦!


 以前にレアル自身から、竜人族の『変身』については聞いたことがあった。竜の因子を持つ彼らは己の躰の一部・・それへと変異させ、それによって膨大な魔力と身体能力を獲得するのだと。


 だが、今のレアルに起こった『変身』は一部などというレベルではなかった。複数箇所の部位が同時に『竜の躰』に変化していた。


 竜人族の『変身』を目の当たりにするのはこれが初めてだったが、それにしたって聞いていた内容とは度合いレベルが違いすぎる。


 ──明らかにやりすぎた!


 なんて後悔も後の祭り。冷や汗をかいていると、レアルが竜の脚を一歩前に出す。


「やば──」


 考えるよりも先に、全ての能力を防御に回す。ありったけの精神力を氷の障壁展開に注ぎ込──。


「────ッッッ!!」


 レアルが発した『竜の咆哮』を耳にしたのを最後に、俺の意識が一時的に途絶えた。


 ………………………………。


 ………………………………。


 ………………………………。


「────ハッ!?」


 気がついたときには、俺は空を見上げていた。フラミリスがぶち破った穴は見当たらず、見渡す限りの晴天。


「何が────ッッッ!?!?」


 身を捩ったところで、己の躰が瓦礫に埋もれて横たわっていること。遅れて、自分が外にいることに気がつく。


 加えて、全身を強烈な痛みが支配していた。


「いだだだだっ!? え、俺何で外にいるのさ!? レアルはどこ行ったんだ!?」


 痛みを堪えて辺りを見渡すと、どうやら俺が今いるのは街中。俺が埋もれているのは崩壊した民家。でもって前方のかなり離れた場所に聖堂らしき建物。『らしき』と曖昧な表現だったのは、最初に見たときに比べてもはや廃墟と称しても問題ないほどボロボロだったからだ。


 しかも、壁の一部がごっそりと抉れて大穴ができていた。


 いつできたんだ──と思った瞬間に、ようやく俺は自身の身に起こった出来事を思い出す。


「おいおいまさか、ここまで吹っ飛ばされたってのか」


 咄嗟とはいえ、防御に使った氷壁の強度は鋼鉄にも匹敵するはずだ。それを粉砕してなお、俺をここまで吹き飛ばす膂力。驚きを通り越して笑いが出てきそうだ。


 いや、俺の口端は本当につり上がっていた。


 躰は本当に痛い。痛すぎる。痛みで気絶してしまいそうだが、さらなる激痛で強引に覚醒させられるような痛みだ。躰が痛みすぎてちょっと頭がハイになっているのもある。


 それ以上に、俺は嬉しかったのだ。


 被虐願望があるわけではない。


 意識を失うほどの一撃をもらって、わかったのだ。


 

 レアルがようやく、吹っ切れたのだと。



 放たれた拳に込められたのは純粋な怒り。


 それゆえに、余計な雑念を含まない真なる思い。


 俺が憧れた女の、本来持っている強さが戻ったのだ。


「だったら、いつまでも寝ちゃいられねぇな」


 躰に被さる瓦礫をどかし、歯を食いしばって躰に力を込める。関節を動かすたびに、筋肉が伸縮するたびに痛みが走り視界が明滅する。


 それでも俺が立ち上がると、頃合いを見計らったかのように聖堂の壁に空いた大穴からレアルが姿を表す。ゆったりとした歩みながらも、それが逆に巨獣が雄大に地を踏みしめている風にも感じられた。


 俺は痛む身体を引き摺りながら、レアルの前までたどり着く。ご丁寧に、彼女は俺が近くに来るまで攻撃をしてこなかった。


 そしてさらに意外だったのが、目には理性の光が宿っていた。


 レアルは鉤爪と鱗を備えた己の手を見る。驚きと関心が入り混じったような表情だ。


「知らなかったよ。心のままに力を振るうというのは、これほどまでに爽快なものだと。おかげで、ここ最近の苛立ちがほんのわずかだが紛れた」

「……一発殴ったら少しスッキリしたって感じ」

「概ね、そんなところだ」


「もっとも」とレアルはこちらを見据える。目にまで変化が及んでいるのか、瞳の奥にあるは爬虫類のように縦に割れていた。


「君に対する怒りを晴らすには、こんなものでは到底足りんがな」


 会話ができる程度に理性を取り戻したとはいえ、発せられる怒気は些かも衰えていない。逆に、無作為に放たれていた矛先が、一点に集中したかのように切れ味が増していた。


「本当に好き放題に言ってくれたな。いまだかつて、これほどまでに誰かに『怒り』を抱いたことはない」


 冷静に言葉を並べているのはおそらく、己の中にある『憤怒』の根源を理解できたから。それこそが、俺の狙い目──ファイマが導き出した突破口。


 一応、それは達成できたはずなのだが。


「なぁおい、『巫女』の支配とか解けてんじゃねぇのか?」

「どうだろうな。自分では良く分からんよ。劇的に変わったようにも感じるし、大して変わらんようにも思える」


 いやどっちだよ、ものすごく重要なことなんだから。


「だが、これだけは言える。今は、心の底からお前カンナを八つ裂きにしてやりたくて仕方がない」

「わーお、超物騒♪ ……いやマジで」


 結局のところは、まだまだ死ぬ気でレアルと向き合うしかないってわけだ。


「さぁ、簡単には死んでくれるなよ」


 完全に悪役のセリフだよなそれ。どちらかっつーと俺の領分なのに──などと冗談を口にする余裕はなかった。


 ──ゴガンッ!!


「いぎっ!?」

「ほぅ、さっきは容易く砕けたんだがな」


 いつの間にか肉薄してきたレアル。振るわれる拳を氷壁で防御する。一撃で耐久力のほとんどを失われたが、辛うじて崩壊するのだけは避けられた。


 すべての精神力リソースを防御に回しているのに、防御を隔ててなお躰の『芯』に響いてくるようだ。


「ルァァァァァァァッッッッ!!」


 レアルは拳を引くと、その動作を『引き』にして反対の腕を薙ぎ払う。俺は氷壁を再構築し鉤爪の斬撃を防ぐが、氷の壁も精神も何もかもがごっそりと抉り取られる。攻撃は届いていないはずなのに、躰の『芯』に響いてくる。


 暴風を巻き起こし強引にレアルから離れようとしても、竜と化したレアルの脚力は尋常ではない。たった一つの踏み込みだけで距離を詰められる。


 全身全霊で防御を行っているため、聖堂の外に吹き飛ばされた時のようなことになならない。だが、逆に防御にかかりきりになってまともな反撃ができない。


 反撃したところで、俺の攻撃がレアルに通用するとは思えなかった。衝撃手甲インパクトナックルを軽々しく受け止められたのだ。耐久力もこれまでの比ではないだろう。


「だいたい、お前はいつもそうだ!!」


 暴力の嵐を撒き散らすレアルが叫んだ。


「ひとの気も知らずに! いつも無茶ばかりして! その上なんだ! ちょっと目を離した隙に女と乳繰り合いおって! 見せつけられる身にもなってみろ!!」


 攻撃の圧力が高まり、氷壁が粉砕された拍子に俺の身体がまたも吹き飛ばされる。


 まともに受身も取れず地面に転がるが、痛みに顔を顰める暇さえない。ほとんど無心で風を纏ってその場から離れれば、刹那の後にレアルの豪腕が地面に叩きつけられた。


「私の心をかき乱して! 当人はまるで気にせず馬鹿ばっかりして! いい加減にしろ! どれだけ人をおちょくれば気がすむんだ!」


 怒り心頭のはずなのに、レアルの動きに隙がない。全てが力任せの攻撃なのだが、大雑把ではない。己の力を余すことなく生かしきっているのだ。これまで彼女が積み重ねてきたものが全て、躰に染みついているからこそだ。


 竜と化したレアルが『素手』でよかった。これで『剣』など扱われていたら、一秒と持たずに終わっていた。


 しかしまぁ……。


「ファイマ嬢たちとイチャコラするだと? 勝手にすればいいさ! こちらも勝手にさせてもらうがな!」


 こうも言われっぱなしだと、さすがに腹が立つ。


 ──だいたいなぁ。


「誰のせいでこんな面倒なことになってると思ってやがる!!」


 氷壁が砕かれた瞬間、俺は一歩を踏み込み重魔鉱の手甲をレアルの頬に打ち込んだ。単なる腕力による一発だ。今のレアルにとっては軽くビンタを当てられた程度だろう。それでもレアルの身体が僅かに揺れる威力はあった。


「簡単に巫女なんかの言いなりになりやがって! そういうのはもっと可憐なお姫様がなるもんだろ!」

「意味の分からんことを抜かすな!」

「だいたい結婚ってなんだ! 俺の純情を返せ!」

「どの口が純情などとほざくんだ、この女誑おんなたらしが!」 

「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ! ちゃんと相手は選んでらぁ!」

「余計に悪いわぁぁぁぁ!!」


 いつの間にか、俺とレアルは至近距離での殴り合いを行っていた。精霊術を全て防御に回し、レアルの攻撃を受けながら拳を振るう。レアルも俺の攻撃などまるで意に返さずに殴り返してくる。


 俺たちは互いを罵り合いながらひたすら殴り続けていた。


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