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第二百二十四話 それは、いつの日か見た光景で──


 レアルは疑問に思っていた。


 確かに、カンナは以前に比べれば成長した。並の冒険者が辿る道筋を驚くべき速度で駆け抜け、今では帝国内に名が知れるほどにまで強くなっている。


 それが単なる幸運ではないことも知っている。幾ばくかの人の縁に助けられはしたが、そのえにしを引き寄せたのは紛れもなくカンナ自身の力だ。


 だとしても……この状況はあまりにも異常すぎる。


「はぁぁっっ!」


 もはやは何千何万回と繰り返してきた剣の振り下ろし。躰に染みついた動作をそのままに、手加減など一切込めずに剣を叩き下ろす。


 特別なことなど必要ない。己に必要なのは、己の力を十全に剣へと伝える技術。師であるリィーディアルからはそれを徹底的に叩き込まれた。


 そしてそれは、極めればまさに必殺。並の冒険者であれば防御することすらままならない。竜人族や獣人ならともかく、人族の男であれば正面から打ちあうなど自殺行為にも等しい。


 そのはずなのに──。


「だらぁっしゃぁぁぁ!!」


 カンナが右腕を──氷に覆われた手甲を振るう。その直前に手甲の後方に取り付けられた『筒』から空気が吹き出し、途端に拳の速度が加速する。


 拳と剣が衝突すると、爆風すら巻き起こりそうな衝突音が響き渡り、双方ともに弾き飛ばされ互いの距離が離れる。


 この決闘が始まってから、もはや何度目かになるぶつかり合い。それだけの数を、カンナは凌ぎ切っていた。


(なぜだっ!? なぜこうも押しきれない!?)


 レアルの知るカンナは、こうした『正面衝突』を最も嫌う。策を講じ不意をつき、相手に本領を発揮させないことにこそ全力を注ぐ男だ。


 その男が今、レアルと互角以上に打ち合っている。細工をしているとはいえ、本来は不利な戦い方をしているはずの男をまだ打倒できていない。そのことがレアルの中に強い戸惑いを抱かせていた。


 ふと、視界の端に見慣れた姿を捉える。二人の戦いを固唾を呑んで見守る、赤髪の人族と黒髪の獣人。


 ──ちっ。


 口から小さな舌打ちが漏れたのを、レアルは気がついていなかった。それこそが、カンナが未だ倒れぬ大きな要因であるともやはり、彼女は気がつかない。


「ほいっとな」


 レアルが僅かでも意識を別のことに傾けた瞬間を、カンナは余さず見抜いた。けんと剣が交錯し離れる間際に、カンナの左手が翻る。


 手元から離れたのは、拳に収まる程度の小さな氷の球体。それが空中で砕け散ると真っ白い冷気が辺りを覆った。


 並の者や魔獣であれば、一瞬で凍結してしまうほどの冷気。けれどもレアルにとっては微風そよかぜにも等しい。肌が僅かにヒンヤリとする程度だ。


 しかし、カンナの目的は凍結ではなかった。


 真っ白い冷気によって、レアルの視界が一瞬だけ零になりカンナの姿を見失う。レアルはすぐさま剣を振るい、冷気を散らす。死角からの攻撃を警戒し迎撃に努めようとするが。


「うらぁぁぁぁっっ!!」


 あろうことか、カンナは正面すぐ目前にまで迫っていた。


 相手カンナは常に不意打ちを狙う──その先入観が裏目に出た。本来なら最も迎撃カウンターを狙いやすい正面からの攻撃に対して、反応が一歩遅れた。


 かろうじて剣の面を盾代わりに構えると、そこへ放たれるただ単純な、正面からの打ち込み。


「ぐっ!?」


 ダメージこそ皆無ではあるが、攻撃の重みに躰が硬直し動きが鈍る。


 それでも防いだ──という安堵を抱く直前に違和感を覚える。


 確かに重い攻撃だが、ただそれだけ。先ほどまでの強烈な衝撃に比べれば随分と軽い・・


 違和感に気がついた時には既に遅かった。腹部に衝撃が生じ。僅かに遅れて激痛が走る。


 レアルの腹部には、カンナの氷の手甲に覆われた左腕が突き刺さっていた。その肘部からは、右腕と同じような筒が伸びている。


 正面からの打ち込みは単なる打撃でありブラフ。カンナの本命は、右手を打ち込んだままに追撃で放たれる左腕での衝撃手甲インパクトナックルだった。


「な──めるなよっ、小僧!!」


 この程度の痛みなど、リーディアルとの修行時代にいくらでも味わった。驚くほどのものでもない。


 レアルは痛みに構わずカンナを強引に弾き飛ばす。その拍子に体勢を崩しながら後退りしたカンナ。そこへ全力で剣を振り下ろす。


 タイミング的にもはや回避も迎撃も叶わない。防御は可能だろうが、その防御ごと叩き潰すつもりで剣を振るい。


 その直前に、不意にカンナと視線が合う。


 ──脳裏によぎるのは、彼が二人の女性と口付けを交わした光景。


「──ッ」


 雑念を振り払うような唐竹割りの一刀。


 これまでで一番強烈な衝突音。床が陥没し破片が飛び散る。


「馬鹿なっ!」


 両足がくるぶし・・・・にまで食い込むほどの一撃を食らってなお、カンナは健在だった。


 実際のところは、カンナとて無事では済まなかった。


 五体満足であろうとも、レアルの全力の振り下ろしをまともに受け止めたのだ。いたるところの筋肉や骨、内臓さえも悲鳴を上げている。


「のぉぉぉぉ……がぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 それでも、カンナは血を吐き出すような叫びをあげながら地面に食い込んだ足を引き抜き、その勢いのまま先ほど打撃を与えた部位へ蹴りを叩き込んだ。


「かは──っ」


 強烈な一撃を喰らったところにもう一発。こればかりは芯に響く。レアルはどうにかその場から跳び退くが、躰がふらつく。どうにか膝を屈する前に剣を地面に突き立てて支えた。


 痛みに声が漏れそうになるのを歯を食いしばって耐える。レアルはカンナを睨みつけるが頭の中は動転していた。


 どうしてあの一撃を喰らって未だに立っていられるのか。


 わけがわからない。


「……やっぱりそうか」


 混乱し始めているレアルに対し、口の端から垂れた血を無造作に拭い去りながらカンナは呟いた。


「最初は、まぁ俺もそこそこに成長したからかと思ってたよ。衝撃手甲インパクトナックル様々ってな」


 こちらを見据える眼差しに含まれているのは、小さな失望感だった。


「けど、何度も打ち合ってて気がついた。いくら俺が踏ん張ったところで、お前の剣と正面からまともに打ち合ってこの程度で済むはずがねぇんだ」


 それは、ある意味でレアルと同種の違和感だった。


軽いんだよ・・・・・・、今のお前の剣は」

 

もし『カンナのカンナ』を前々から読んでくださった人なら、タイトルの意味はわかると思います。

立派になっちゃってもう。

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