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第二百二十話 天井とはぶち抜くもの

今回はちょっと説明会。


 ──ドラゴンが聖堂に派手に着地する少し前。


「ってことは、あの巫女が大いなる祝福アークブレスの一柱なのか?」

「そうだ。『輪廻の巫女』──エルダフォスを舞台裏から操り続けた本当の支配者。それが奴だ」


 俺はドラゴンの言葉を聞き、合点が行く。これまで巫女が俺との接触を避けてきたのは、自身が『大いなる祝福アークブレス』である事の発覚を避けるため。


 おそらく天剣シュライア糸使いラケシスから、事前に俺の情報を仕入れていたのだろう。


 リクシル草採取の依頼も巫女の差し金。


 俺をエルダフォスから遠ざけること。そして俺自身の始末。おそらくこの二つを目論んで、王に進言し依頼を出させた。全く、手の込んだことで。


 しかも、裏ではレアルと馬鹿王子セリアスの結婚式を進めていたとくる。全く、ふざけた話だ。


「おいクロエ! 結婚式が行われるのは今日なんだよな!」


 俺の背中にしがみついているクロエに問いかける。


「そ、そうでござる。本来はもう少し早く行われる予定だったはずが、色々と問題が生じて今日にまで延びたでござる。とはいえ、拙者がエルダフォスを発った時点での情報なので、確実とは言えないでござるが」

「今はそれを信じるしかねぇか……」


 俺が歯嚙みをしていると、クロエが言った。


「……申し訳ないでござる。拙者たちがもっと巫女を警戒していれば。それにもっと早くカンナ氏の元に辿り着ければ」

「今更とやかく言ったところで仕方がねぇし、むしろよく来てくれた。礼はあっても責める気は起きねぇよ」


 クロエはほとんど飲まず食わずで、俺たちが四日かけて消化した道程を半分以下の時間で踏破したのだ。その苦労を考えれば、感謝しかない。


「それにしても、助かったぜフラミリス。このペースだったらギリで間に合いそうだ」

「この程度、私とシルヴェイトを解放してもらった恩に比べれば些細な事だ。礼には及ばん」


 リクシル草が生息している場所は、エルダフォスから通常の速度で四日。クロエが全力で駆け抜けて二日の距離だ。今からエルダフォスに戻っても、レアルの結婚式は終わっている。普通に考えれば既に詰んでいる。


 けど、俺たちは今、フラミリスの背中に乗っている。


 空を舞うドラゴンの背に乗り、エルダフォスに向かっている最中なのだ。


 クロエからレアルの結婚話に連なる一通りの事情を聞き、急いで戻る手段を考えたところで一番に思いついたのがフラミリス。彼に空飛ぶ直航便になってもらったのだ。


 地上とは違って、空に障害物は存在しない。空を飛ぶ魔獣がいたとしても、フラミリスの飛翔速度には追いつけないし仮に接敵しても息吹で蹴散らせる。


 空の移動であれば、エルダフォスまで一直線だ。本来ならばキツイ向かい風も風の精霊たちに命じて緩和してもらっている。おかげでフラミリスは遠慮なく速度を上げる事ができた。


 フラミリスを目に、クロエは最初こそ驚いていたが俺が敵でないと説明すると「……まぁ、カンナ氏のことであるし」とか言って納得し受け入れてしまった。ちょっと解せないが、説得の手間が省けて楽なので言及はしなかった。


 ただ、懸念はまだまだある。


 移動時間は解決したとしても、では実際にエルダフォスに──レアルの結婚式に間に合ったとして具体的にどうすればいいのか、現時点で案は無い。


 レアルは『巫女』に操られている。それは間違いない。だが、『輪廻の巫女』がどうやってそれを成しているのか。あるいはどうすればレアルの洗脳を解く事ができるのか。


「そこんところ、どうなんだよフラミリス」


 この面子めんつの中で、最も巫女の事を知っているのはフラミリスだ。彼からできる限りの情報を得なければならない。


「実際のところ、輪廻の巫女そのものには戦う力はない。だが、おそらくエルフが多くいるエルダフォスにいる限りは、巫女は最強の力を有しているだろう」

「……どういう事だ?」

「奴は──エルフを支配できるのだ」

「それは……エルフを『洗脳』しているという認識で間違いないでござるか?」


 クロエの言葉をフラミリスが否定する。


「そのような生易しいものではない。言葉通りの『支配』だ」


 フラミリスは少しだけ間を置き、殊更強調するように告げる。


「巫女の命令は、何よりも優先すべき最も至高なもの。エルフの血にはそう刷り込まれているのだ」

「刷り込み?」

「ただ巫女が『そうあれ』と命じただけでエルフは従う。そのように・・・・・できている・・・・・のだ」


 その口ぶりはまるでエルフという種族が『何者かに作られた存在』と言わんばかりだった。


「あっ」

「クロエ?」

「ファイマ殿が言っていたでござる。レアル殿には拙者の時のように、魔術式で手を加えられた形跡が皆無であると」


 そうか。ラケシスの一件で、ファイマも魔術式での洗脳を最初に考えたのか。だが、その形跡は一切見当たらなかった。


「当然であろう。巫女の支配はエルフにとって何ら特別なものではない。『従って当然』の認識だ」


 生物としての本能のレベルで巫女に従う事が義務付けられているのならば、魔術式での面倒な手間など必要ない。


「輪廻の巫女はそうして己は決して表立っては行動せず、王の相談役として長きにわたりエルダフォスを影から操ってきたのだ」

「まるで見てきたようだな」

「実際に見せつけられてきたからな。自我を奪われ傀儡と化してはいたが、もとより精霊とは自我なき意志の集合体。意識が無かろうと躰が記憶しているのだ」


 ほんの小さくだが、フラミリスの声に影がさす。仕方がなかったとはいえ、良いように操られていた事に複雑な心境なのだろう。


「……フラミリス殿。貴殿が『封印』されたのは、千年前近くも前だと聞いているでござる。今までの話を聞くとその『輪廻の巫女』とやらはその頃から存在しているように聞こえるのでござるが」


 己の言葉に自信なさげに、クロエが質問した。


「その通り。『輪廻の巫女』は古よりエルダフォスに潜み続けている」

「つまり、代替わりをしていると──」

「そうではない。今も昔も『輪廻の巫女』はただの一人」

「……そのようなこと、たとえ長い寿命を持つエルフとて不可能ではござらんか?」


 確かに、クロエの言う通りだ。俺が知っている話でも『灰燼の災禍』が大暴れしたのは相当に昔。いかに人族に比べて長い寿命を持つエルフとはいえ、それでも最長で百六十歳程度と聞いている。当時を生きていた者達はとっくの昔に死に絶えているはず。その当時から『輪廻の巫女』が同一人物であるというのは無理がある。


「通常ならな。だが奴はそれを可能としている。多くの肉体を渡り歩いてな」

「肉体を……渡り歩いて?」


 その言葉を聞いた途端、俺の中に嫌な予感が芽生えた。


 それこそが、今の状況を語る上での最大の『肝』であると、直感的に悟っていた。


「『輪廻の巫女』はその当時に最も強い魔力と美しい容姿を持ったエルフの女性を支配し、その肉体を奪う。そして、肉体が寿命を迎えた頃、新たに己の『依り代』に適した者を見繕い、肉体が朽ちる前に次の躰に乗り移る」

「まさか……巫女ってのは」

「そうだ。巫女は、エルダフォスという国が生まれた当初からありつづける、肉体を持たぬ『精神だけの存在』だ。だからある意味、肉体だけに限れば今の巫女は十代目を超えているだろう」


 つまり巫女の本当の狙いは──。


「お前達の話を聞く限り、当代の依り代に選ばれたのはそのレアルという女だろうな」

「この結婚騒動は、巫女が確実にレアルを手元に置くための口実だってのか!?」


 そして最終的にはレアルの肉体を奪うつもりなのだ。


「ふざっっっっけんなよ、ど畜生がっっっ!!」


 そんなことさせてたまるかよ!


 怒りを発してから、少しだけ冷静に考えると不自然な点が思い浮かぶ。


「けど、どうしてよりにもよってレアルなんだ?」


 あいつは確かに魔力は高いはずだが、使える魔術式は肉体強化を中心とした支援魔法だけ。それ以前に、あいつはエルフの王家の血を引いているが、それと同時にディアガル皇家の──竜人族の血も受け継いでいる。


「それは分からんが──どうやら時間切れだ。見ろ」


 フラミリスに促されて前を見れば、エルダフォスの都が見え始めていた。この速度だ。後数分もしないうちに辿り着く。 


 色々と驚愕の事実が発覚したが、目下のやるべきことは一つだ。


「それでカンナ氏。どうするつもりでござるか? 婚姻の儀式が行われる聖堂の周囲は、当然のことならが厳重な警備が敷かれているでござるが……」


「決まってんだろ──派手に乗り込むんだよ」

「あ、嫌な予感でござる」とクロエが顔を引き攣らせているのを尻目に、俺はフラミリスに命じた。

「フラミリス! 聖堂の天井ブチ抜け! でもって、一応は人がいないところを狙って着地してくれ!」

「心得た」

「え、ちょっとぉ!? マジでござるか!?」


 俺の指示に従い、フラミリスは聖堂の空までたどり着くと一瞬だけ停滞し、次の瞬間には勢い良く両足から聖堂の豪華な天井に突っ込んでいった。


 ──そして。


「悪いがその結婚式、愉快に痛快にぶっ壊させてもらうぜ!」


 天井が崩落した聖堂に降り立った俺は、壇上にいるセリアスとレアルに向けて叫ぶ。


 奪われかけたものを──奪い返すために。

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