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第二百十八話 大平原に突如大山脈が出現したら大騒ぎになる

以前に投稿した分に加筆修正をしたものです。

一度読んだ方も、もう一度読み返していただけると幸いです。


 ──気がついていた時には、すでに手遅れだった。


 陳腐な言葉ではあるけれど、今ほどそれが似合う言い回しも無いだろう。


(本当にどうなってるのよ……これ)


 レアルとセリアスの婚姻。その準備が着々と進んでいく様を目の当たりにし、ファイマは戦慄に近い気持ちを抱いた。


 カンナが出立してからたったの二日。それだけの期間で、すでに婚姻の儀の準備がほとんど完了してしまっていた。


 否、準備そのものは以前から進められていたのだろう。ただそれが、カンナやファイマに気づかれぬよう秘密裏に行われていただけだ。


 おそらくは、徹底的に情報が規制されていたに違いない。物資の流れはおろか、ほんの小さな噂であってもカンナたちの周りに婚姻を匂わせるような要素は排除されていたのだ。


(レアルさんと巫女が秘密裏にあった時点で、ここまでは織り込み済みってこと? でも、他はともかくレアルさんから全く相談がなかったのは明らかに異常よ)


 レアルは現在、ディアガル側から派遣された外交官のような役柄。それ以前に、ディアガル帝国軍で騎士団を率いる将軍だ。そんな重要な役柄の人間が、軽い判断で他国の王族と婚姻関係を結んで良いはずが無い。


 何より、レアルは一度セリアスからの求婚を一度断っているのだ。カンナとセリアスの決闘は、妙な建前が混じった一戦ではあったが、少なくともセリアスの申し出を断るために行ったのだ。


 それを、巫女と一度話しただけて気が変わるなど、通常では考えられない。


(それに……もし何かしらの『脅し』をかけられていたのだとしても、レアルさんの態度はあまりにも自然すぎる)


 レアルとて一騎士団を預かる身。戦いだけではなく国の政治にも触れる地位であり、腹芸の一つや二つは身につけている。隠し事を周囲に悟らせないように振る舞うなんて造作もないだろう。


 だが、ファイマは知っていた。


 レアルがその胸中にどんな想いを秘めていたのかを。


 同じ女として、同じ男にどれほど強い気持ちを抱いていたかを。


(その気持ちを覆すほどの脅しがあったとして、それをおくびにも出さないなんてありえない)


 女の勘──と呼べばそれまでだろう。もしかしたら、レアルの腹芸がファイマの想像を上回るほど達者だっただけかもしれない。


 だとしても、ファイマは己の推測に確信を得ていた。


(けど……)


 確信はあっても証拠がない。それが現状の全てであった。


「こんにちわ、ファイマ様」


 ──深く思考に沈み込んでいた意識が浮上した。


 今、レアルは『衣装』の着付けを行っている最中。『本番』までは限られたものしか目にすることができないようで、ファイマは部屋の外で待機をしていた。


 そこに、問題の巫女が現れたのだ。


「あら、もしかして考え事をしていた最中でしたか? それでしたら申し訳ありません」

「いえ、大丈夫です。こちらこそ失礼いたしました」


 巫女に対して思うところはある。大量にだ。


 けれども、それを表に出す場面は今ではない。


 自分が王族の娘であることをファイマは感謝した。幼い頃より宮中の腹黒い貴族を相手にしてきたからこそ、目の前の得体の知れぬエルフと笑みを浮かべながら話ができるのだから。


(十中八九──いえ、間違いなくレアルさんの心変わりにはこの女が関わっている。けど一体何をしたの?)


 ファイマは、人の自我を封じ己が意のままに操る魔術師の存在を知っている。


 だからこそ、一番最初に疑ったのは『洗脳』。レアルが、巫女によって操られていると考えた。


 ラケシスの一件を経て、ファイマは万が一の事態に備えて精神に作用する魔術式に関する知識を得ていた。それを基にして、彼女は折を見てレアルに対して怪しい魔術式が施されていないかを探った。


 もちろん、当人にはバレないようさりげなくだ。魔術式が仕込まれたか否かを探るには対象との物理的接触が必要になる。この辺りは同性ということもあってさほど苦もせずレアルに触れることができた。


 だが、結果は芳しくなかった。


 少なくとも、レアルに対してラケシスが──あるいは誰かしらが魔術式を潜ませた形跡は見つからなかったのだ。


(それ以前に、レアルさんからは不審な魔力は感知できなかった)


 幾度も機会を見て調べてはみたものの、レアルの体からは彼女以外の魔力を感じることができなかった。魔術式的な意味に限れば、レアルは全く問題なかったのだ。


(それに、肉体面であっても薬物を使用された可能性は低い)


 レアルは半分とはいえ竜人族だ。その強靭な肉体は、生半可な薬物を受け付けない。もし仮に竜人族の肉体にも影響を与えるような強力な薬を使用していれば、普段の生活に必ず支障をきたす。だがその兆候は見当たらない。


 今のレアルは健全そのもの。精神的にも肉体的に異常を見られない自然体だ。


(──だからこそ、今はこの巫女から少しでも情報を引きださなきゃならないわ)


 自制心を最大限に活用し、表情の筋肉を全力で稼働させ、ファイマは全力で自然な笑顔を演出した。


「それで、どのようなご用件で?」

花嫁様・・・のご様子を伺いに」


 巫女の言葉に鉄仮面のような微笑が崩れそうになるも、気合で乗り切るファイマ。


「今は衣装合わせの最中ですか?」 

「ええ。限られたもの以外はまだ見てはいけないと、締め出されてしまいました」

「花嫁の晴れ姿は、たとえ巫女であっても当日まで拝見すること叶いませんから。だからこそ、楽しみではあるのですが」


 そこでふと、巫女が顎に指を当てる。


「でも準備は事前に進めていましたし、衣装合わせもそう時間がかからないと思っていたのですが、まだ終わらないのですね」

「それが」


 ファイマは言うか言わないかを少し迷い、視線を逸らしながら。


「…………あらかじめ用意されていたものは、小さすぎて着られなかったようです」

「……? 念のため、幾つかサイズは揃えていたはずですが」

「一番大きいものでも、全然入らなかったそうです」


 要領を得なかった巫女は首を傾げるだけだ。


 純粋なエルフにとって、今のレアルが直面している問題にはイマイチ『ピン』とこないのだろう。


(そりゃぁねぇ。私やクロエさんだって他のに比べれば十分すぎるくらい大きいけど、レアルさんのは次元が違うもの。入るわけがない)


 エルフの女性は総じてスレンダーと呼べば聞こえはいいがとにかく胸元が薄い。当然、用意された服もそれに準じたものになる。


 ぶっちゃけると、レアルの豊かすぎる胸を収納するには、エルフの用意した衣装ではあまりにも小さすぎたのだ。


 だがそれが、ある意味で功をなしていた。


 レアルの衣装は採寸をし直す必要がある。あらかじめ用意されていたものを転用するようだが、それにしたって時間がかかる。


 これに伴い、婚約の儀が執り行われる日程が、少しだけだが先延ばしになったのだ。


「ファイマ様も、婚姻の儀には参列いただけるのでしょう?」

「ええ、お許しいただけるのならば」

「それは良かった。ディアガル騎士の方々も来てくださるようですしね」


 親書を渡すだけの任務から、いつの間にか『婚姻』の話まで持ち上がったのだ。ディアガルの騎士たちは相当動転していた。下手に騒ぎを起こせば、ディアガルの責任問題にまで発展しかねない。レアルの身に危機が迫っているならともかく、当の本人が非常に前向きに話を進めている為、どうにも動きようがなかった。


 そして、動きようがないのはファイマも同じだ。


 ──ならば。


「ところで、クロエ様はどちらに? 一緒ではないようですが……」

「彼女は所用で席を外しています」


 この質問は想定内であり、ファイマは用意していた答えをそのまま口にした。 


 巫女の言う通り、クロエはこの場にはいない。


 日程が伸びることが確定した時点で、ファイマはクロエに頼んだのだ。


 ──急ぎ『婚姻の儀このこと』をカンナに知らせて欲しい、と。


『ごめんなさい。もしレアルさんの護衛から外れれば、あなたの冒険者としての実績に大きな傷を残してしまう。でも──』 

『そのような事、目の前の一大事に比べれば些細でござる』

『クロエさん……』

『拙者よりもはるかに知恵者であるファイマ殿が手を出せないのなら、拙者がこの場にいたとて何もできないでござるよ。ならばせめて、伝令役として駆けるのみでござる』


 知恵は回らないと己を卑下するも、クロエは冒険者として一流の部類に入る。ファイマの言っている事の意味は十分に理解できていた。


 功績と責任は表裏一体。一度護衛の任を引き受けた以上、それを一時的とはいえ自らの意思で放棄したともなれば、冒険者としての経歴に大きな影を落とす。さらにカンナが向かった先は、土地勘もない上に魔獣が多く生息する森林地帯。そんな場所に一人で突入するのは危険極まりない。


 それでもなお、クロエは躊躇わなかった。


『このような形であの方たちの関係が崩れ去ってしまうなど、黙って見過ごせるはずもないでござる。安心めされよ、ファイマどの。この大神クロエ、見事に大任を果たしてみせましょう』


 ──そう言って、クロエは一人カンナの後を追った。彼らが向かったおおよその方角はわかっている。後はクロエの嗅覚が頼り。こうなってしまった以上、後はクロエの無事を祈るしかない。

 

 実際のところ、クロエが間に合ったところで何がどう変わるのか、ファイマにすら予想がつかない。


 けれど──だからこそ期待をしてしまうのだ。


 ファイマは巫女との会話を続けながら、その鉄仮面の笑みの奥に小さな希望を抱く。


 あの、常に人の予想を超えていくあの男ならば。


(巫女の思惑すら飛び越えてくれる──信じてるわよ、カンナ)



 


 

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