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第二百十七話 夜叉が居ぬ間に事態は進んでいたようです

今回はファイマたちサイドのお話


 カンナがエルダフォスを出発した、数時間後。


 レアルと共に、客間の一つで待機していたクロエとファイマが言葉を交わす。


「カンナ氏、大丈夫でござろうか」

「心配するだけ無駄でしょ。だってカンナだもの。何かあってもなんだかんだで切り抜けるでしょ」

「いや、確かにそうなのでござろうけど」


 本人カンナのいないところでかなり酷い言い様ではあったが、それだけの実績を重ねてきたのだ。クロエも同意はしつつ、心配なものはやはり心配であった。


「というか、絶対に今回も何かしらの面倒ごとに巻き込まれる気がして仕方がないでござるよ」

「まぁ、カンナだしね」


 本当に酷い言い様である。


「ねぇ、レアルさんもそう思うでしょう?」

「……ん? …………ああ、そうだな」


 ファイマはレアルに話題を振るも、彼女からの反応は鈍かった。まるで他のことに気を取られているような風だ。


「どうしたのレアルさん。何か気になることでも?」

「いや……なんでもない」


 否定する割には、どこかしら上の空のレアル。らしくない彼女の様子に、ファイマもクロエも違和感を感じる。


「……ファイマ殿」


 クロエは己の耳と唇を指差した。その意図を読み取ったファイマは魔術式を起動し、両者の会話がそれ以外に漏れないように風を操作する。


「で、どうしたの? レアルさんが側にいるのに内緒話だなんて」

「……カンナ氏が出発する前に、言付けられていたでござる」


 ──巫女とレアルの様子には注意しておいてくれ。


 カンナの言葉を伝えると、ファイマが怪訝な顔になる。


「巫女に関してはわかるけど、レアルさんも?」

「拙者も同じことをカンナ氏に聞いたでござるが、念のためにと」

「そう……わかったわ」


 カンナがこういった時に意味のない言葉を吐く人間でないのは、これまでの付き合いで十分すぎるほど理解できていた。警戒を抱く根拠としては十分だ。


(でも、だとするとカンナはレアルさんの何に違和感を感じていたのかしら)


 ファイマは思考を巡らせる。


 一番考えられるのは、レアルと巫女の接触。逆にそれ以外には考えにくい。巫女は絶対に、カンナが席を外している時に限りレアルと会っていた。


 だが、カンナがその場にいないだけでクロエとファイマは常に同席していた。ファイマはレアルと巫女の会話をすべて記憶しているが、その限りでは特別に不信感を抱く内容はなかった。とりとめのない世間話で終始していた。


(……もし何かあるとすれば、カンナが確実にいなくなる今。でも、帰ってくるのは一週間前後。そんな短い間で何ができるというの?)


 疑問を抱いたファイマの側で、クロエがポツリと洩らす。


「そういえば、レアル殿。妙にセリアス殿下と仲が良くなっていたでござるな」

「どうしたの、突然に」

「いや、ふと疑問に思っていたでござるよ。カンナ氏とあれだけいい雰囲気になっていたところをぶち壊されて。実際、カンナ氏を嗾けるほどで業腹だったはずでござる。なのに、翌日には普通に接していたでござるよ」

「ああ、それは確かに」


 今のレアルは外交官のような役割を担っている。だからこそ、苛立ちを募らせる相手であっても表面上は温和に対応しなければならない。


 だが、レアルの態度はそれを加味しても明らかに軟化していた。クロエの言う通り、少々妙に思える。


(……ちょっと待って)


 ファイマは思い出す。


 自分は確かにレアルと巫女の会話をすべて覚えている。その中に不審な点はない。


 だが一度だけ、自分とファイマが知らない会話があった。


 レアルの口から聞かされたではないか。


(あのパーティーが終わった後、レアルさんは一人で巫女に会ってる!)


 ──もしその時に、何かしらの『仕込み』が終わっていたとしたら。


(発端は今日ではなくもっと以前から進められた。だったら、その締め括りがカンナが不在の今?)


 全ては証拠も何もない憶測に過ぎない。それなのに、この結論にたどり着いてから胸騒ぎがする。


 急に黙り込んでしまったファイマにクロエが声をかけようとしたがふと彼女は顔を上げて部屋の扉に目を向ける。


 少し遅れて外からのノック音が室内に響く。


 ファイマが対応するために立ち上がり扉を開くとそこには、巫女とセリアスの姿。背後にはその護衛と思わしきエルフが追従していた。


「……どのようなご用件でしょうか」

「レアル殿に用があるに決まっているだろう」


 何を馬鹿な、と言わんばかりの態度にファイマは内心に眉をひそめる。もちろん表面上は柔らかい笑みを浮かべたままであるが。室内へと振り向きレアルに意見を仰ぐと、彼女は無言で頷く。


 仕方がないという気持ちを抱きつつも、ファイマは扉を開いてセリアスと巫女を中へと迎え入れた。


「こんにちわセリアス殿下」

「ああレアル殿も。本日も麗しい姿を拝見できて何よりです」


 妙に気取った風のセリアス。ファイマは彼よりもその背後に控えている巫女に注意を向けた。


 巫女はやはり仮面を被ったまま。得体の知れなさを感じるものの、それはこれまでと変わらない。それ以上でもそれ以下でもなかった。


「それでセリアス殿下。本日はどのようなご用件で?」

「そろそろ『お返事』を頂きたいと思い、参上しました。『巫女』から話は聞いていましょう」

「ええ……今までずっと熟考を重ねてきました」


 この会話を耳にした途端、ファイマは己の推論が真実であったと確信。それと同時に己の迂闊さを呪った。レアルとカンナの関係に気を取られすぎて、警戒を怠りすぎた。


 忸怩たる思いを抱きつつも、ファイマは状況を見守るしかなかった。クロエもようやく不穏な気配を感じ取ったのか、無言でセリアスたちを見据える。


 ファイマとクロエが緊張する中、そんなものなぞつゆ知らずにセリアスが言った。


「それでは……私との婚姻を結んでいただけるのでしょうか?」

「はい」


 一切の躊躇もなく、レアルは答えていた。


「私はエルダフォスの王族に……あなたの妻になりましょう。それがディアガルとエルダフォスの良き未来のためになるのなら」


 予想を遥かに超えた事態に、ファイマとクロエが目を見開き言葉を失った。


 ──クスリ。


 巫女が人知れず、小さく口の端を吊り上げていたことに気づかず。


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