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第二百十四話 『こいつの取り柄って実は結構多いんじゃね?』とか思い始めた最近。


 ────………………。


 沈黙が痛い。あれほど騒がしかった精霊たちまで静かになってしまった。もし精霊に『顔』があればジト目で無言の抗議を向けられていたかもしれない。


 とりあえず、氷槌を消滅させ、地面に陥没してしまったドラゴンの頭部を覗き見る。胴体が地上にあり、首の付け根から大半が埋まっている光景は非常にシュールである。


「うぉぉう、原型とどめてる」


 穴の底に半ばまで埋まっているドラゴンの頭部は、元の形をほとんどそのまま保っていた。恐るべき耐久力。精霊術を会得した頃よりも威力は増しているはずなのに、それが直撃してなお無事とは驚きだ。


「……いや、感心している場合じゃねぇだろうよ」


『超巨大氷槌』は、俺の持つ手札の中では最大級の威力を誇っている。それをもってしてなおも無傷となると、いよいよ手がない。風の精霊術は補助には使えるが攻撃に関しては訓練不足で当てにならない。


 実のところ、先ほどまでのドラゴンは『本気』とは程遠い。人間でいえば、目の前をうっとおしく飛び回る羽虫を振り払うようなものだ。


 それだけでも半端ではない憎悪と殺気を撒き散らし、あたり一面を破壊し尽くしたのだ。周囲を見れば、上空から放たれた息吹ブレスの影響でいたるところに巨大なクレーターが出来ており、森も見渡す限りかなりの範囲で薙ぎ払われている。これで本調子で暴れられでもしたら、まさに『災厄』と言っても過言ではない事態に陥る。


「クロエを呼んでくるか? や、今からじゃ到底間に合わない」


 局所的な攻撃力に限れば俺よりもクロエの使う『雷刃』の方が高い。俺が貫けなかったラケシスの糸の結界をやすやすと切り裂いたのだ。彼女ならあるいはドラゴンの強靭な鱗を切断できるかもしれない。


 だが、当然の話だが今この場にクロエはいない。そして、ここからクロエの待っているエルダフォスまで、通常の速度で四日。どれだけ急いでも三日はかかる。 


「三日もあれば、この辺り一帯が荒地になっちまいそうだ」


 この付近に止まって大暴れしてくれるならまだいい。リクシル草の群生地が近くにあるので問題はあるけれども。


 最悪の場合、ここから離れてエルダフォスの街に向かわれたら未曾有の大惨事になる。こちらと違ってドラゴンは空を飛べる。おそらくは一日も掛からずに街に到達してしまう。それだけは避けなければならない。


 とはいうものの、はっきり言ってこれは完全に俺の手に余る。それこそAランク冒険者でも引っ張り出してこないと話にならない。

 

 惚れた女に頼るのは男として情けない気持ちで一杯だが、いよいよレアルに出張ってきてもらう必要がある。


「さて、問題はどうやってあいつを呼び出すかだが──って、やばっ」


 いささか長考が過ぎたようだ。あれやこれやと考えているうちにドラゴンが目を覚ましてしまった。


 ドラゴンは大きな翼をはためかせながら四肢を踏ん張り、埋まりこんだ頭部を引き抜こうともがく。このままでは完全な自由を取り戻すまであと僅か。


「仕方がねぇ」


 なんにしても時間が足りなさすぎる。迷っている暇がないなら覚悟を決めるしかない。


 ──精神が振り切れる覚悟で氷漬けにする。


 数日間──あるいは数週間を寝込むのを覚悟して精霊術を行使すれば、多少なりとも時間は稼げるはず。


 俺に同行してきたエルフ兵たちは放置したままだが、やがては目を覚ますだろう。そして近くにいない俺を探して周囲を探索すれば気絶している俺と氷漬けになったドラゴンは見つかるはず。


 その後はエルダフォスの方で頑張ってもらうしかない。


「ああくそっ、約束が先延ばしになっちまうじゃねぇか。どうしてくれんだ、こん畜生」


 チクリと悪態を呟き、俺は気勢を高めた。


 ドラゴンはあと数秒もせずに自由になる。その数秒の間に可能な限り精神力とイメージを絞り出し、強固な『氷の棺桶』を作る。


 ──駄目ダメ!!


 精霊たちの強烈な意志が俺の頭を揺さぶる。だが、今回ばかりは聞けない相談だ。


「悪いが、言うことを聞いてもらうぞ!」


 助ける何も、今こいつに暴れられたらそれこそ手の打ちようがないのだ。抗おうとする精霊たちを気合いで捩じ伏せ、極寒の冷気を一気に集める。


 そうしているうちに、いよいよドラゴンの頭部が完全に地中から解放された。


 けどもう遅い。


「しばらく付き合ってもらうぞ!」


 ドラゴンに向けて言い放ち、術を行使しようと精霊に語りかける。


 だが、その直前に、鎌首を持ち上げたドラゴンの双眸と視線が交錯した。


「………………………………?」


 ──俺は『氷の棺桶』の具現を中止した。


 精霊に説き伏せられたからではない。


 俺が自らの意思で精霊術を止めた。


 ドラゴンの瞳から、先ほどまで宿っていた暴虐の意志が消え去っていた。


 代わりにあるのは理性的な光。


 少なくとも、今すぐに襲いかかってくる様子はなかった。


「礼を言うぞ、『カンナかんな』の子よ」


 ……?


 今の、誰の声さ。


 右を見ても、左を見ても俺以外に人の姿はいない。他にこの空間にいるのは、正面の

ドラゴンだけだ。


「長きに渡り、『ヤツ』に縛られていた私をよくぞ解放してくれた。……できれば、もう少し優しく正気に戻してくれると助かったのだがな」


 聞こえてくる声は正面から聞こえてくるわけで。


 正面にいるのは、頭についた土埃を振り払うドラゴンだけなわけで。


 …………………………………………。


「シャ、シャベッタァァァァァァァァァ!!??」 

「その反応はいささか傷つくぞ、『カンナかんな』の子」


 大仰天している俺に、ドラゴンはため息を吐きそうな感じで言った。


 そりゃぁ、ここはファンタジーな世界だけど、今まで明確に言葉を交わせてきた相手は、人の形をした生き物に限られていたのだ。その経験則からして、ドラゴンが喋るなど誰が予想つくよ。


「そろそろいか?」

「あ、うん。大声出したら落ち着いた」


 切り替えの早さは数少ない俺の取り柄だ。驚きはしたし、ぶっちゃけドラゴンの口って人の声を発するとか、生物学的にどうやってるのか疑問だが、気にするだけ時間の無駄だ。その辺りはすっぱりと切り捨て、改めてドラゴンの方を向く。


 なんか、妙なものを見るような目をしていらっしゃる。


 どちらかというと、それは俺がする目だと思うのですが。


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