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第二百十話 例によって例のごとく


「──あん?」


 俺は反射的に、冷凍砲フリーズカノンを森の奥へと向けていた。気がついたら躰が動いていた、といった風だ。


 俺は自身が冷凍砲フリーズカノンの砲身を向けた方角に意識を傾けるが、特に何かしらがこちらを『狙っている』という様子はない。


 今回が特別、というわけではない。多種多様な動植物や魔獣の気配が生息している地域に赴くと、それらがこちらの様子を伺っていたりする度にどうにも反応してしまうのだ。似たような事はこれまでにもよくあった。


 この気配探知能力。大方の場合は非常に頼もしい一方で、時折こういった煩わしさもあったりする。


「どうなさいました、白夜叉殿」

「……いや、俺の気のせいだ」


 エルフ兵の一人に声をかけられた俺は首を横に振って返した。


 小さな煩わしさはあるものの、やはりいつ魔獣が襲いかかってくるかわからない環境においてはやはり頼りになる能力だ。加えて、今回は俺の命を狙ってくる暗殺者がこの森に潜んでいる。警戒を強めておくことに越したことはない。


解体あちらの作業も終わったようだし、そろそろ出発しようぜ」


 俺たちは再び森の奥へと進行を始めた。



 ──カンナたちが再出発したちょうどその頃。


 森に熟練した者がかろうじて視認できるか否かのきわどい距離ほど離れた地点に、とある一団が集まっていた。


 他でもない。ディアガルとの国交を快く思わない、エルダフォスの有力貴族たちによって雇われた暗殺者たちだ。


 初日に返り討ちにあった暗殺者は、ギャンブルにのめり込んで首が回らなくなった兵に、有力貴族が金と地位を理由にカンナへの暗殺を持ち込んだだけの『現地徴用』。結果として、カンナの実力を見誤り、暗殺に失敗するどころか雇い主の名前まで洗いざらいの情報を引き出された。


 この場にいる者は、カンナへの侮蔑とは別にその実力を過小評価せず、むしろ最大の警戒を抱いた有力貴族によって高い報酬で雇われた練達プロ集団だった。


 ところが、だ。


 その練達をもってしても、カンナへの暗殺は容易ではなかった。むしろ、これまでの彼らの仕事と比べれば最高峰の困難さを誇っていた。


「……くそっ、奴は本当に人間なのか? 人間の皮を被った野生動物と言われても頷けるぞ」

「やめろ、奴に殺気を向けるな。下手するとこの距離からでも感づかれるぞ」


 悪態を吐く暗殺者の一人を、他のものが窘めた。


 彼らの雇い主は別であり、本来ならこうして並び立つような真似はしない。だが、ここに至ってそうしなければならないほど、彼らは追い詰められていた。


 暗殺対象カンナは、彼らの一人が口にした通りにとにかく己に向けられる殺気に非常に敏感だった。毛ほどにも矢を向けるイメージを浮かべるだけで、カンナは余さずに『暗殺者こちら』に目を向けてくる。最初は偶然かと思ったが、それが何度も続けば確信めいた行動だと嫌でも理解させられた。


 しかも、その範囲が尋常でなく広い。


 およそ矢の届く範囲であれば、間違いなく気づかれる。それゆえに、こうして見えるかどうかのギリギリの範囲で監視し追跡しなければならないほどだ。

 幸いにも、カンナ自身は野生動物か魔獣による気配だと勘違いしていたが、それは暗殺者たちが自然に溶け込む技能が格段に優れているが故であり、逆にそれが限界であった。


 寝込みを襲おうにもやはり同じだ。どれだけ深く寝入っていても、わずかに殺気を向ければ途端に覚醒して周囲へ注意を向ける。


 もし一歩でも勘違い・・・の境界を越えれば、間違いなくカンナはこちらに対して攻撃を仕掛けてくる。暗殺者たちにはその確信があった。


「ふざけろ。あれでCランクだと? Bランクの上位か、下手すればAランク冒険者にも匹敵する察知能力だぞ」

「Aなのが察知能力だけであってほしいものだが」

「あの氷の魔術式は侮りがたい。なにより、あのセリアス殿下を打ち負かしたのだ。腕利きのBランク冒険者と考えて挑まねばならんだろう」


 相変わらずカンナ本人は自身を過小評価する傾向にあったが、むしろ暗殺者たちの方が標的カンナの能力を正当に評価していた。


 あの親善試合に於いて、セリアスは国宝シルヴェイトを持ち出していたが、それは彼の高い能力があってこそ使いこなせていたのだ。冒険者で言えば間違いなくBランクに匹敵する実力者。防戦一方とはいえそれと互角に渡り合っていた時点で同等ランクの実力は証明されていた。


 暗殺者のあずかり知らぬところではあったが、今ではそこに風の精霊術が加わり、さらに戦力は向上している。つまり、現在でのカンナの実力は掛け値なしにBランク冒険者のそれに成長を遂げているのだ。


 この場にいる暗殺者たちは、『暗殺』という不意打ち・・・・に特化した技能の保有者。己の土俵で戦うことに限定すればBランク冒険者をも葬り去ることは可能だ。


 ところが、カンナに不意打ちは通用しない。不意打ちを目論んだ時点で感づかれ、戦いとなれば相手が待ち受けている土俵に飛び込む形になる。


 相手はセリアスをも打ち負かした強敵。加えてその周りには腕利きの兵たちが固めている。 


 暗殺者にとって、正面から対象に挑みかかるのは下策中の下策。全ての手を尽くした後の、玉砕覚悟の最終手段に等しい。この場に、その下策に自ら飛び込んでいく愚か者はいなかった。


 とはいえ、このままでは八方塞がりなのも事実。


 暗殺を生業にしている場、彼らにも己の仕事に対する誇りプライドはある。しかし、それ以上にこの仕事に失敗すれば、エルダフォスの有力貴族からの信用を大きく損なう。下手をすれば狙う立場から、口封じのために狙われる立場へと転じる恐れがあった。


 それだけは避けたい。


 ──そしてとうとう、一つの結論に達した。


「こうなれば……アレ・・を使うぞ」


 暗殺者の一人が硬い声でそれ・・を口にした途端、他の面々にも緊張が走った。


 この場にいる全員が〝それしかない〟と頭の中に浮かべつつも、どうしても踏み切れなかった最後の一手だからだ。


「……大丈夫なのか? 下手をすれば、我らどころかエルダフォスにまで被害が及ぶぞ」


 一人の危惧を受け取りつつも、言い出した暗殺者が重苦しい声色で続けた。


「この際、ある程度の代償には目を瞑るほかあるまい。幸いに『アレ』が暴れまわったところで、エルダフォスには『竜剣』がいる。最悪の場合、奴をぶつけて殺させればいい」

「むしろ、竜剣と『アレ』が共倒れになれば儲けものだ」


 言葉を交わしていくうちに、意気揚々となっていく暗殺者たちだったが、ある一人がふと言った。


「しかし……もし『アレ』を使ったとして、その責任が我らに及ぶ可能性があるぞ」

「それに関しては問題ない」


 もっともらしい危惧を口にした暗殺者に対して答えたのは、最初に言いだした一人だった。


さるお方・・・・から『アレ』を使うことの許可はすでにいただいている」

「……っ、もしやそのお方とはっ」

「ご想像にお任せする」


 とは口にするも、彼は皆が違わず同じ人物の顔を想像していることを確信していた。

『アレ』に触れることは、エルダフォスに住む者にとっては最も忌み嫌う行為であると同時に、禁忌とされていた。


 現在のエルダフォスの状況を考えれば、それを『許可』できる者はたった一人しかない。


「無論、私とて使いたい手ではない。ギリギリまで粘るが、いよいよとなれば迷わん。皆もそのつもりで動いてくれ」


 重たくも強い決意の言葉に、一同は揃って頷いた。


 ──この時、彼らは知らなかった。


 自分たちが殺そうとしている男が関わると、およそ『企み』と呼べる筋書きシナリオがあらぬ方向へと突き進んでいくことを。


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