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第二百七話 開放感と背徳感って結構似ている気がする

この話を投稿した時点で、前話にありました『往復四日』の部分を『往復八日』に修正しました。


 街を出発してからしばらくし、俺は並んで走っている馬上の兵士に問いかけた。


「馬で行けるのって、どのくらいまでだっけ?」

「は……はぁ。ここから一日ほどの場所です」


 曖昧な返事と共に答えた兵士の目は、俺の足元に向けられていた。


 久々だから忘れているかもしれないが、現実世界では都会の一般庶民な若者だった俺である。もちろん、乗馬経験なぞあるはずもない。


 この世界に来たばかりの頃であれば、同行している兵士に頼み、一緒に馬に乗せてもらっていた所だが、


 今の俺には長距離移動に適した技──つまりは『アイスボード』がある。こいつを使えば、馬で走っている他の兵士たちに遅れることもなく移動が可能だ。


 兵士に聞いた通り、出発一日目は整備された道を進むのでかなりの速度が出せる。そこから先は馬を降りて徒歩で進むことになる。


 リクシル草採取の依頼には俺の他に十人ほどのエルダフォス兵が同行していた。野宿道具や医療品、他非常食などを各自手分けして運んでいるが、全体的に戦闘用の装備を除けば比較的に軽装な部類に入った。


 これから向かう先の道が険しくなり、重い荷物を持っていくには適さないこと。そして、ここしばらくの食料は現地調達で済ませるからだ。


 エルダフォス人の兵士はどんな兵種であれ、弓矢が基本装備。剣を携えているものでさえ、短弓を常に携帯している。そんな彼らにとって、森での自給自足は必須技能──というか、できて当たり前なのだという。


 俺としても、保存用に塩漬けされた辛い非常食ではなく、常に新鮮とれたて作りたてのご飯が食えるのとではモチベーションが段違いだ。非常にありがたい。


「──白夜叉殿は優秀な魔術士なのですね」

「ま、これでご飯食ってるからな。それなりに自信はあるさ」


 兵士の言葉には驚きと感心が混ざったような色が含まれていた。他の兵士たちからも似たような雰囲気だ。


 もちろん、最初はこちらを警戒する様子が強かったが、俺が『アイスボード』を具現し、それに乗って走り出した時点で変わり始めていた。エルダフォスの貴族たちと比べると、随分と態度が柔らかいように思えた。


 その事を訊ねてみると。


「他ならぬ我らが王が重要な任をあなたに命じられたのだ。あなたを蔑ろにするというのはつまり、王の命を蔑ろにするのと同義。王の忠実なる兵として、王の命に背くことなどできません」

「その割には、最初は警戒してたよな」

「気が付かれていましたか」


 俺の率直な言葉に、兵士は困ったように苦笑した。


「我らの王への忠誠心はまことではありますが、だからと言って人族である白夜叉殿を十全に受け入れるのは難しい話でした。ですが、あなたが並々ならぬ実力の持ち主であるのはこの短い時間でも十分に理解できました。さすがは王が大任を任せるだけあると、納得した次第です」


 他の兵士へと目を向けると、彼らも頷いていた。少なくとも、この依頼を受けている間は彼らとは仲良くできそうだ。


(ま、完璧ってぇわけにはいかねぇか)


 一抹の不満は抱いたものの、俺はそれについては踏み込まずに、アイスボードの上に乗ったまま先へと進んだ。




 とアイスボードで進めるだけ進んだ一日目の晩。明日からは整備されていない険しい道のりになる。今日はその直前で野宿となった。


 俺は王から依頼を受けた身ということで、他の兵士たちが複数人で使っている野宿用のテントを個人で貸してもらい、割と快適な夜を過ごしていた。


 今日は道中で魔獣に遭遇しなかったが、明日からはエルダフォス内でも危険な領域に足を踏み入れる。英気を養い万全の状態で臨む必要がある。


 兵士たちが狩猟してきた動植物を使った晩飯もいただき、あとは寝るだけと言った具合。


 ただ、その前にやっておきたいことがあった。


 就寝の準備をしていた兵士たちに一言を伝えてから、俺はテントの場所から離れた。


 森の中に少しだけ入り、周囲に誰もいない事を目で確認してから俺は……ズボンを下ろした。


「なんだろう。このそこはかとない開放感」


 基本的にナニ・・はトイレで、という習慣があるからだろう。異世界に来てしばらく経っているが、外でする・・のは未だに妙な気分になってくる。


 や、外でナニ・・どころかワンワンしたこともあるんですけどね。言ってて恥ずかしくなるわ。血が偏ってきたらどうするつもりよ、俺。


 あほらしい自己ツッコミを入れていると、不意に背筋がざわめいた。


 そして。


 ──ビキリっと、首筋の辺りから凍てつくような音が響く。



「おおうっ、さすがにビビるわ」


 俺は視界の端に映っている、首筋から伸びている『矢羽』を目にして顔を引きつらせた。


来る・・のがわかっており、防げると確信・・していても、いざ実際に起こってみるとものすごく怖いな、これ。


 今の俺を端から見れば、首筋に一本の矢が突き刺さっているような状況だ。


 もちろん、俺は無事でピンピンしている。俺の着ている服のいたるところには『反応氷結界』が仕込んであり、外部からの攻撃に反応して氷の膜を形成し俺を致命傷から守る仕組みになっている。


 飛来してきたやじりはその氷結界の膜に防がれたのだ。


 視界が届かない森の奥──矢が飛んできた方向から、騒めきが伝わってきた。防がれるのが完全に予想外だったのだろう。動揺する気配がこちらにまで届いていた。


 気配はそれから慌てて離れていく。慌てて追う必要もない。あれが向かう先は心当たりがあった。


 俺は半ばまで凍った矢を掴むと氷結界を解除する。

 

明らかに、俺を殺すつもりで放たれた矢だ。放たれる寸前に感じたのは偽りのない殺気であった。


 俺はゆっくりとズボンを履き直し、まったりとした足取りでテントへと戻る。


「おかえりなさ……その矢はどうなされたのですか?」


 手近にいた兵士が声をかけてきたのだが、俺の持っていた矢を目に首を傾げた。


「ん、ちょっとな」


 俺は夜営地の中を見渡し、不審な態度の男を見つける。


 この依頼に同行していた兵士の一人。馬での移動中に他の兵たちが気さくな態度になっていった中で唯一、ずっと表情が硬かった男だ。


 彼は俺が夜営地に戻ってきてからずっと端で座り込み俯いている。極力俺とは目を合わせぬようにしている。


 俺はそいつの傍まで近づき、気軽に声をかけた。


「こんばんわ」

「こ、こんばんわ。どうかなされましたか?」


 あからさまに動揺している。


 俺はとりあえず、手にした一本の矢を男に差し出した。


「こいつに見覚え、ないか?」

「……ごくありふれた矢ですが、それが?」


 半ば予想通りの答えではあったが、ならば仕方がない。


 俺は小さく嘆息してから両手で弓矢をへし折り。



 氷の大槌を具現化し、男の真横に叩きつけた。



「────ひっ、ひぃぃぃぃぃ!?」


 一瞬、何が起こったのかを理解できなかった男だったが、己のすぐ横に巨大な氷塊が叩きつけられた現実を認識すると盛大な悲鳴を上げた。


「正直に答えろ。じゃねぇと本気で潰す」

「し、知らない! 俺は知らない! ほ、ほほほ本当だ!!」

「……残念だ」


 端的に短く、そして冷徹に俺は呟くと、俺は大槌を振り上げた。


 大槌を構える俺の目を見て、男の顔が絶望に染まる。自分でも分かるほどに、俺は目の前の男を殺すという一点に集中しており、その心が目を通して男に伝わったのだ。


「あばよ」


 俺は両腕に力を込めると、全力で大槌を振り下ろ──。



「お、俺が撃ちましたぁぁぁぁっっっ!!!!」



 ──大槌が男の眉間に届く直前に、夜営地に絶叫が響き渡った。それは、断末魔の叫びではなく、罪の告白だった。


 その瞬間に、俺は大槌を自壊させた。氷塊は男にぶつかると細かく砕け散り、氷の礫が男の体に降り注ぐ。


 ──ドサリ。


 男は無事だったが、白目をむき泡を吹いて倒れた。恐怖のあまりに気絶してしまったようだ。薄暗くてわかりにくかったが、粗相をしてしまったのかズボンが水気を帯びている。すごくきっちゃない。


「ったく、最初から素直に答えてりゃぁ怖い思いもしなかったのに」


 呆れた俺がぼやくと、状況を呆然と見守っていた兵士たちが大慌てで駆け寄ってきた。


 ──しまった、どうやって説明するか全然考えてなかったわ。

 

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