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第二百六話 匠の収納でも大きすぎて収まりきらない素晴らしきものをお持ちです

六月二十九日時点

本文の『往復四日』の部分を『往復八日』に修正しました


 準備は既に整えていたのか、出発は依頼を受けた四日後になった。その間に、俺はエルダフォスの文官からリクシル草の採取における注意点やその近辺に生息する魔獣の対策を教授して貰っていた。


 文官は俺に対して事務的な態度を崩さなかったものの、こちらの疑問にはしっかり答えてくれたし、こちらが聞いていなくとも重要な点に関しては注意事項として付け足しで説明してくれた。王直々に命じられたというのもあるだろうが、冒険者にとって、事前に情報を仕入れるのは基礎中の基礎であり、彼の対応は正直ありがたかった。


 そして、王からの使いが来て、依頼の追記事項が書かれた手紙を渡されたのは、依頼があった翌日の夜半だ。


 内容はと言えば──リクシル草の採取はついで、こちらが本当の依頼なのではと勘ぐってしまう内容だった。


 ただ──その追加内容は、俺にとって直接的には関係なかったが、今後を考えればかなりの益があった。


「あの……本当にご一緒しなくてよろしいのでござるか?」

「や、お前がいなくなったら誰がレアルの護衛をするよ」

「それは……そうなのでござるが」


 早朝。出発の準備が行われていく中で、見送りに来たクロエが心配そうな顔になっていた。


 ここしばらくはなんだかんだでずっと一緒だったからな。心配もそうだが、寂しさもあるのだろう。耳と尻尾が力なく垂れていた。


「俺以外は依頼に参加できないってのは事前に伝えてあるだろ」

「でしたら、同道するエルダフォスの兵達に紛れて──」 

「その乳をどうやって仕舞い込むつもりだ」


 エルダフォスの軍にも少なからず女性の兵士はいるようだが、誰もが当然のように真っ平らな胸をしている。いくらサラシで締め付けようとも、クロエの張りのある立派なおっぱいを隠し通すことは不可能だ。


「ま、往復で八日かそこらだ。そんなに時間は掛からねぇだろうさ。心配するな」


 俺は安心させるようにクロエの頭を撫でた。相変わらずモフモフの狼耳に癒やされる。最低でも八日ほどはこのモフモフとも離れると考えると、クロエではないが少しだけ寂しさがこみ上げてくる。


 とはいえ、今回の依頼は色々な意味で俺にとって重要なのだ。気合いを入れていかねばならない。


「それよりも、俺がいない間レアルとファイマの事は頼んだぞ」


 レアルとファイマはこの場に来ていない。幻竜騎士達も同じだ。クロエが代表として見送りに来ており、レアルは今日もファイマをサポートに連れて、エルダフォスの貴族とせっせと人脈作りだ。


 俺が一時的とは言え護衛から離脱する中、クロエこそがその代役となる。頑張って貰いたいところだ。


「カンナ氏、一つよろしいでござるか?」

「なにさ、連れてくのは無理だって言ってんだろ」

「いえ、そこは惜しく思うも諦めるでござる。それとはまた別件でござるよ」


 不安げな表情は変わらずとも、目と垂れていた耳と尻尾に力が入っていくのが分かった。


「目的のモノを手に入れたら、なるべく早く帰ってきて欲しいでござる」

「寂しいから……って感じじゃぁないな」

「それもまぁ、多少はあるでござるが」


 クロエはちょっとだけ頬を赤らめたが、すぐに表情を引き締めると顔を近づけてきた。見ようによっては口付けをせがむような態勢だったが、クロエの目が真剣みを帯びている。


「……拙者、どうにもあの『巫女』が気になって仕方が無いのでござる」


 巫女──あの仮面の女か。


 俺が依頼の準備に勤しんでいる間にも、何度かレアルに会いに来ていたらしい。残念ながらタイミングが悪くて顔を合わせていないが。


「……もしかしたらあの巫女はカンナ氏と顔を合わせるのを意図的に避けているのかもしれないでござる」

「ああ、それは俺もちょいと思ってた」


 こうまでタイミングがずれてくると、意図的なモノを感じる。


 だが、今はファイマが。そして普段はクロエが側に控えており、彼女たちの目から見て、魔術的にも物理的にも巫女が怪しい行為をしている様子はない。


 ただ一日に一回、レアルと顔を合わせて、談笑をして去るだけ。


 巫女はエルダフォスの中でも重要な存在。権力は無くとも彼女の言葉には権力者にとって大きな力を秘めている。今後の事もあり、レアルと交流を深めるのは自然だ。


 俺と一度も顔を合わせていないという事実を除けば、だが。


「けど、だったら目的は何だ? 俺と顔を合わせて巫女に何の不利益がある」

「拙者も巫女の意図それをここしばらくずっと考えていたのでござるが……皆目見当も付かないでござるよ」


 気になりはするが、具体的な話にはならない。ただ漠然と、巫女の動向に不安を抱く。


 それに──クロエには言っていないが俺の中にも一つの懸念があった。


 レアルのことだ。


 あのお披露目パーティーの日に、俺とレアルは互いの想いを確かめ合った。少なくともあの瞬間に、俺と彼女の間には強い繋がりが生まれた。ディアガルに戻れば、俺はその時こそ嘘偽りないありのままの気持ちを彼女に伝えるつもりだ。


 だが……あの日から今日に至るまで、どうしてか俺はレアルとの繋がりが薄れたように感じられた。


 特別に冷たい態度を取られたわけでも、逆に強い感情を向けられたわけではない。むしろ、レアルはコレまでよりもずっと穏やかになっていた。


 最初の対面で最悪の出会いだったセリアスに対しても、もはや過去のことなど忘れたかのように普通に接している。時には笑みすら浮かべて。国家間の橋渡し役としては、むしろ推奨されるべきだ。私信は最小限にし、客観的に物事を判断するのは政治の一端を担うものとしては褒められた行いだ。


 なのに、それがどうしても俺の不安を掻き立てる。


「冒険者殿! 出発の準備が整いました!」


 そうこうとしている内に、今回の仕事に同道するエルダフォス軍の兵士が大声で語りかけてきた。


「……しょうがねぇ。とりあえずクロエ、巫女とレアルの様子には注意しておいてくれ」

「了解で……え? レアル殿も、でござるか?」

「念のためだ。軽く気に止める程度で良い。何かあったらファイマと相談してくれ。それじゃぁな!」


 漠然とした不安を抱いたまま、俺はリクシル草採取へと出発したのである。

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