第二百四話 『名前』って、考えるの大変なんですよ
本編がシリアスだけなのでサブタイトルだけ弾けとく。
さて、肝心のレアルの判断だったが……実のところ既に彼女には根回しをしていたようだ。どうやら、昨日に俺が屋敷を去った後に、フォースリンの方から話があったらしい。
ただ、話こそ持ちかけられたが、その依頼を持ちかけるために王が自ら来訪するとは思っても見なかった。だからあれだけ驚いていたのだ。てっきり、使者か何かが来るとばかり考えていたのだ。
レアルの最終的な判断は『俺が依頼の詳細を受けて、問題ないと判断すれば受けて良い』だそうだ。
そうとなれば話が早い、とばかりにあれよあれよという間にエルダフォス王とその護衛、そして俺を除いて応接間から皆が退出していった。元々レアルとエルフ貴族が使っていた場ではあったが、王の用件の方が明らかに優先度が高いわけなので仕方が無かった。
そしていよいよ依頼の話だ。
「薬草の採取……っすか」
「正確な名前は『リクシル草』という」
てっきり魔獣の討伐を依頼されると思いきや、まさかの採取依頼。ただ、王から直接話を持ちかけるというのならば、単に取ってきてはい終わり、ではすまないのは予想できた。
「自然豊かなエルダフォス領内にあって、限られた地域にしか生息しない貴重な薬草だ。しかも、特定の方法で採取、保存せねばすぐに劣化し効果を失ってしまう」
「……俺が選ばれた理由ってのは、その『特定の方法』ってやつですか」
「察しが良くて助かる」
王はさっと手を上げると、護衛の一人が大事に抱えていた箱をテーブルの上に置いた。強固な錠前で施錠されており、箱そのものも頑強そうだ。
王が懐から装飾のされた鍵を取り出し護衛に渡すと、護衛はそれを使って錠前を解除し、箱を開くと俺の前に差し出してきた。
俺は自身が選ばれた理由に納得する。
箱の中には人の頭ほどもある氷塊が納められており、そしてその氷塊の中心部には土ごと氷付けにされている一房の薬草があった。
「見ての通りだ。リクシル草は採取してから劣化するまでの時間が極端に短い。それゆえ、こうした形で無いと保管できんのだ」
土から抜いても駄目。生えている土ごと持って帰っても駄目。俺の目の前にあるとおり、草も土も丸ごと凍り付けにしないとすぐさまリクシル草は駄目になってしまう。
「つまり、氷魔術を扱える俺に白羽の矢が立ったと」
先日までは氷魔術を扱える魔術士がいたようだが、高齢であることを理由に隠居している。他にも人材はいるが、隠居した魔術士に比べて明らかに腕は劣る。
リクシル草が生えている場所はエルダフォス領内の森の、危険度が高い地域だ。生半可な実力の者を送り込むのは死地に向かわせるのと同じだ。
その点でいえば、俺は氷の扱いに掛けてはかなりものであると自負している。冒険者としての経験もあり、森の中での活動もそれなりにこなしている。
「無論、こちらから最大限の補助はしよう」
道案役の他に護衛や物資の援助等を王様は約束してくれた。その上で報酬は弾むという。
別に相手が王様だろうがレアルの親戚だろうが、別に俺はこの依頼を断るのには躊躇いが無かった。もの凄くエルダフォスの領民から顰蹙を買う気もするが、そもそも俺が人族である時点でもう色々と手遅れだ。
ただ……俺は相手が『王』であり、彼の『報酬は弾む』という言葉。
──こいつはもしかしてチャンスではないだろうか。
リスクはある。
昨日の件を含め、俺を快く思っていないエルフはこの国には多く居るはずだ。そいつらが何もしてこない保障は無い。それに、この依頼そのものに裏が無いとも言い切れない。
だが──リスクを冒してでも踏み込むべき時はいつだってある。
問題は……この依頼が王にとってどれほど重要なものかどうかだ。
この場にファイマがいればある程度の駆け引きも可能だろうが、生憎と俺には交渉の知識も経験も無い。
持っているのは──直感と持ち前の度胸だけだ。
「報酬は、金銭や物で無くても問題ないですか?」
「うむ……そなたは私に──このエルダフォス王に何を望む」
俺は腹に力を込め、王に目を向けた。
「……異世界より人間を召喚するための術式です」
王を護衛する兵士達が息を呑んだ。俺が口にした内容が全く予想だにしなかったのだ。
だがそれ以上に、エルダフォス王の鋭い視線が俺を射貫いた。
「それは……どういうことだ?」
「一字一句、言ったとおりです。リクシル草採取の報酬として、俺は異世界召喚に関する情報が欲しい」
「それを求めて──そなたは何とする?」
「いいから答えてくれ。情報を報酬にするのは可能かどうか」
俺は王の挙動を一つも見逃さないように、最大限の第六感を働かせる。どこまで踏み込んで良いのか、引き際はどこなのかを誤らないために、王の機微を読み取ろうと必死になる
「そなたは……たかが薬草の採取に、ある意味では魔術の最高峰とも言える異世界召喚の魔術式を求めるのか。少々欲張りが過ぎるのではないか?」
「本当に、たかが薬草の採取なんですかね」
王から──緊迫感はあれど負の感情は伝わってこない。
単に貴重な薬草の採取であるなら、王が自ら出張ってくるとは考えにくい。それだけ重要な依頼なのは明らかだ。
「もしかして、リクシル草ってのは単なる貴重な薬草どころじゃない。王自らが依頼を出すほどに、恐ろしく貴重な代物じゃないんですかね」
「……それを知ってどうする」
「俺の求める物はさっき言ったとおりだ。それ以上でもそれ以下でも無い」
ただ単に、冗談抜きに本気なだけだ。その意味も込めて俺は王を真っ直ぐに見る。
先に折れたのは王だった。
「……リクシル草から生成されるのは、強力な回復薬だ。それこそ、王族の身に万が一が起こった場合に用いられる。そして、経年劣化で効果が下がるのを避けるため定期的に新しい薬を調合し、常に品質と数を保っている」
「つまり、薬かその材料であるリクシル草の在庫が尽きそうってところですか」
「……残念ながらその両方だ。先日に最後の一本を使用してしまったのだ」
王からは苛立ちが伝わってきた。俺に向けられた物では無いが、矛先が気になるところだが、今は無視しておく。
今すぐにリクシル草やそれから作られる回復薬が必要、というわけではない。しかし、王族の身に万が一があってからでは遅い。
なるべく迅速に、リクシル草を確保する必要がある。
「だが、肝心のリクシル草は一度に生える数が少なく、生息地域内でも発見できるのは運次第だ」
更に言えば、リクシル草はそれ単体でも効用があり、野生動物や魔獣の餌食になる可能性が非常に高い。その為、発見から採取までは迅速に行わなければならない。
今このタイミングを逃すと、次に発見できるのがいつか全く分からないのだ。
一通りの説明を終えた後に、王は意を決したように頷いた。
「良いだろう。そなたの願い、無事に依頼を果たせたのならば、王の名において必ず叶えよう」
「……分かりました。リクシル草採取の依頼、お引き受けします」
駆け引きとか甘々だけど、ナカノムラが何を得意としているかを考えていただければ助かります。
常に破茶滅茶な展開だとそれはそれで飽きるし、今後の伏線としても必要なんだよね。