第二百四話 朝に投稿するか夜に投稿するかちょっと迷ってる今日この頃
恒例、タイトル悪ふざけの回。
お話の内容そのものは普段通りなのでご安心ください。
ほっこりしすぎて今が仕事中であるのを忘れていた。
室内にいる相手側の護衛から白い目を向けられているのを感じ、俺は咳払いをしながらレアルの方を向いた。
「ふぁっ!?」
〝ゴゴゴゴ〟という中々に強烈なオーラが音が聞こえてくるくらいに機嫌が悪そうなのが分かった。こちらからは彼女の表情は窺えないが、ソファーに座る背中を見るだけでも強烈な殺意に近い威圧が肌にヒシヒシと触れていた。
「あの……カンナ氏どうなさったのでござるか? 急に顔色が悪くなったでござるが」
クロエの様子はいたって普通だ。もしかしてレアルの奴、俺だけをピンポイントに威圧してるのか。器用な奴だな。
原因はもちろん、俺が護衛任務中であるのも忘れてクロエの頭をもふもふしていたからだ。
しっかりとした想いは伝えていないものの、互いの胸中は既に知り得ている。なのに他の女性といちゃこらしてたらそりゃ怒るだろうさ。
「──?」
反省を抱くのと同時に、俺は己の胸に手を当てていた。
レアルからの無言の怒気に恐怖しながら、今朝に彼女と顔を合わせてからずっと心の中で渦巻いていた『もやもや』が軽くなっていた。
──機嫌を悪くさせて安心してるとか、ドMか?
自分が特殊性癖の持ち主かどうか不安になっていると、俄に天井裏の気配が騒がしくなってきた。
クロエもそれに勘づいたのか──何故か慌てた様子で俺に詰め寄ってきた。
(カンナ氏! 今度は何をしでかしたんでござるか!?)
(何でもかんでも俺のせいにするのは止めてくれねぇかな!!)
口にしつつも、頭の片隅でこれほど説得力の無い反論も無いだろうとも自覚していた。何せ、我が身を振り返れば数え切れないほどの実績を経験してきたからだ。
カッとなってやったしちょびっとの反省はある。後悔はあまりしてないけど。
なんてことを考えていると、部屋の外から多くの足音が聞こえてきた。それがこの部屋の前まで来ると、ノックも無しに扉が開かれた。
おいおい、仮にも貴族様の会談中だぞ。断りも入れずに扉を開くとか無礼にも程があるだろ。
ところが、その無礼が許される人物が存在していた。
扉を開いたのは一般の兵に比べて明らかに上等な鎧を着たエルフの兵士。それら数人が先に部屋に入ると、すぐに扉の両脇に並んで膝をついた。
そして登場したのは、まさかのエルダフォス王だ。
前触れのない突然の来訪に、エルフ貴族とレアルは呆気にとられるが、王の前だと言うことに気が付くとソファーから立ち上がり、すぐさま王に向けて片膝を付き頭を垂れる。他の面々もそうだ。
俺か? ぼうっっとしているところをクロエに胸倉掴まれ。強引にレアル達と同じ態勢を取らされた。最近、クロエが俺に対して本当に遠慮が無くなってきた。
天井裏の隠密達が俄に騒がしくなったのは王の来訪が原因。おそらく、彼らも事前に知り得てはいなかったのか。
「皆、面を上げよ。そう畏まらんでもよい」
エルダフォス王のやんわりとした許しを得て、室内にいる王以外の人間が頭を上げた。
室内にいる面々を一度見渡してから、エルダフォス王はレアルに目を向けた。
「レアルよ。昨日に開かれた宴は好評だったようだな。私の耳にもそなたの美しいドレス姿の話が届いている。是非今度、私にも見せて欲しいものだ」
「ありがとうございます、陛下。……それで此度はどのようなご用件でこちらへ?」
「そなたの護衛に、ちと用があってな」
王の発言が飛び出た瞬間、室内にいた全員の視線がこちらへと集まった。
「……おいクロエ。王様がお呼びだってよ」
「いやいやいやいやっ、確実にカンナ氏のことでござるからな!?」
ですよねぇ。だって王の視線が俺にバッチリ定まってるもん。 あれ、コレってもしかしてやばくね?
「白夜叉よ。昨日は我が息子セリアスが随分と世話になったようだな」
ほらやっぱり。王様が俺に用があるって言うなら、確実に昨晩の『決闘』騒ぎしかない。
「どうだ白夜叉。そなたの目から見てセリアスの実力は」
「どうでしょうか、ははは……」
乾いた笑い声しか出てこない。
これ、下手したら不敬罪やら反逆罪やらで投獄されるんじゃねぇかな。だって、俺ってば王様のご子息に大勢の前で大恥かかせたからな。後悔はしてない。
「安心しろ。いくら可愛い息子とはいえ、親善試合の結果に口出しをするほど愚かな親では無いつもりだ。あやつの敗北はあやつ自身の未熟が招いたもの。そなたを罰しようとは毛頭考えておらんよ」
「そ……そっすか」
安堵すると同時に、何故王様が俺に用があるのかがいよいよ分からなくなってくる。
「して、白夜叉よ。聞けばそなたは未だ階級は低いが、将来を有望視されている腕利きの冒険者だと聞く」
俺は現在Cランク冒険者。そして今回引き受けたレアルの護衛という依頼を完遂すればBランクに昇格することになる。実感はあまりないが、世間体から見れば『腕利き』という部類に入る。
「そこでそなたに冒険者として依頼を引き受けてもらいたい」
「えっ!?」
王様直々の依頼が寄せられるとは思わなかった。まぁ、どんな用件がきても驚いてはいただろうが。
「どうだ、引き受けてはもらえぬか?」
「その……即決はできかねます」
──ギンッ!!
「おぉぉう」
室内にいる全てのエルフ達が俺を睨み付けてきた。人族である俺が王の要請を二つ返事で了承しなかったからだ。この空気に負けて首を縦に振る……というのはあり得なかったが、声が出てしまう程度の圧力はあった。
「き、貴様! レアル殿の護衛だかなんだか知らないが、陛下からの名誉あるお言葉に逆らうつもりか!?」
レアルと先程まで和やかに談笑していたエルフの貴族が、凄い剣幕で言った。
「えっと……俺の現在の雇い主はディアガル皇帝であってエルダフォス王じゃない……です。それに、依頼の内容も聞かずにそれを引き受けるのは、冒険者としてド三流ですから」
俺は慣れない言葉遣いに気をつけながら、貴族と王に対して返した。
「ほぅ……そなた。エルダフォスの最高権力者である私の依頼を断るというのか?」
エルダフォス王の目が僅かに細ると、ゾクリと背筋が震えた。
他のエルフ達の睨み付けるような視線ではない、ゆるりとした眼差し。それでいて有無言わさずに頭を垂れてしまいたくなる威圧感。まさに『格』が違う、とはこのことだ。
──この感覚には覚えがあった。
ディアガル王に初めて謁見した際に、俺に威圧感を掛けてきた時と同質のものだ。国の頂点に位置する者が持ち得る、絶対的な気配。
周囲の人間が息を呑んだ。王の『威圧』は俺に向けられた者だが、その余波が漏れているのだろう。レアルやクロエ、ファイマたちも固唾を呑んでいる。
とはいえ、さすがに二度目ともなると慣れたものだ。
軽く腹に力を込めて、王を真っ直ぐに見据える。
「俺はレアルの護衛を引き受けている身で、俺の勝手な判断で他の誰かしらの依頼を受けるわけにゃぁ……わけにはいかないです」
今度はギョッとした空気が周囲から伝わってきた。王の威圧を正面から受けながら、なおも首を縦に振らない俺に驚いているのだ。
痛々しいほどの沈黙が室内に立ち込める。
「……単に実力ある冒険者、という分けではなさそうだな。ディアガル皇帝が直々にレアルの護衛に指名しただけはあるか」
エルダフォス王は顎に手を当てると納得したように頷いた。
「その……恐れ入ります」
「そなたの言うとおり、まずはこちらが筋を通すのが道理だな。良かろう、まずは依頼の内容を説明しようか」
──なんだか妙な展開になってきたな。