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第二百一話 尊き血筋


 数分後──レアルは屋敷内の応接間でとある人物と顔を合わせていた。


「ふふふ、初めましてレアル様。もっとも、顔を合わせるのは二度目でしょうか」


 待ち受けていたのは、仮面を被ったエルフの女性だった。


 エルダフォス王に初めて謁見したとき、王の側に控えていた女性だと、レアルは思い出した。


 ──フォースリンがレアルの部屋を訪れたのは、この女性がレアルに会いたいと屋敷を訪れたからだ。


 お披露目が終わった後、しかもこんな夜更け。本来なら日を改めるのが筋なのだろうが、どうやら王の補佐役であるフォースリンであっても断りづらい相手のようだ。部屋に入ってからフォースリンの表情が硬いのが証左だ。


「少々礼儀に欠いた格好であるのは許してください。役割柄、代々に義務づけられているものでして」


 女性が行っているのは、自身が身につけている仮面のことであろう。レアルは首を横に振った。


「いえ、それには及びません。こちらも装いは正式なものではありませんので」


 レアルは普段の軽鎧姿では無く、お披露目のドレス姿のままであった。フォースリンに呼び出された時点で着替えようとしたのだが、その手間も惜しいと応接間に連れてこられた次第だった。


「そちらこそ構わないわ。最初に顔を見せてもらったときから察していたけれど、やはり同性の私ですら惚れ惚れするような美しさだわ」

「恐縮です」

「セリアス様が一目惚れするのも無理ない」


 仮面の女性は口──仮面のだが──に手を当ててクスリと笑った。


「っと、自己紹介が遅れました。私はエルダフォスの『巫女』の地位を頂いている者です。名前は──巫女になった時に捨てているので、その辺りはご理解頂きたい」

「……確か、王の相談役でしたか」


 フォースリンの屋敷に世話になってから、レアルは合間を見てエルダフォスの政治や文化に関する書物を読んでいた。これから先、深く関わり合いになる相手のことを調べるのは当然だった。


 最も、調べた中に出てきた『巫女』は、レアルが言ったとおり『相談役』と、もう一つは『王家の純血性を保つ者』という記述を覗いてほとんどなにも書かれていなかった。


「畏まる必要はありません。私は王の話し相手にすぎない。具体的な実権は持ち合わせていないので」


 さらりと述べた巫女だったが、その言葉を額縁通りに受け容れられるほど、レアルも素直では無かった。フォースリンの固い表情が、巫女の地位が『話し相手』以上の存在であると物語っている。


「私もパーティーに参加して挨拶をしておくのが筋だったのでしょうけど、体調が優れなくて……」

「いえ……それで巫女様。このような夜更けにどのようなご用件で」


 仮面のせいで相手の表情が見えず、その感情を推し量れずどうしても警戒心を抱いてしまう。


 鎧姿レグルスと話していたモノは皆、似たような感情を以て接していたのか、とレアルは頭の片隅に浮かべた。


「フォースリン様。申し訳ありませんが席を外して頂けますか? レアル様と二人っきりで話がしたいので」

「…………承知しました」


 フォースリンは若干迷ったが、巫女の言葉に従い部屋を退出した。


 二人っきりになると、いよいよ巫女が話を切り出した。


「王城に帰ってきたセリアス様から話を聞いて、どうしても話がしたくなったのです」


 やはりそうか、とレアルは内心に苦く思う。


 王の相談役とは言うが、どちらかというと『王家の相談役』なのだろう。最初にセリアスの名前が巫女の口から出てきた時点で予想できていた。


「実は、あなたとセリアス様の婚姻を王に提案したのは私なのですよ」


 巫女の告白に、レアルは「余計な真似を」と口にしそうになるのを必死に堪えた。


「……第二王子殿下の申し出を受け容れるつもりはありません」

「もう少し、セリアス様との婚姻を前向きに検討して頂けないでしょうか。この婚姻は間違いなく、ディアガル、エルダフォス両国に取って有益な事ですよ?」


 確かに、冷静に考えれば巫女の言うとおりだ。


 支配階級の一族にとって、『婚姻』とは最も強固な『繋がり』である。貴族としてでは無く、帝国に仕える軍人として、部隊を預かる将として少なからずまつりごとに触れてきたレアルとて承知していた。


 ……もしかすれば、以前のレアルであればこの話を前向きに考えていたかも知れない。ディアガルへと揺るぎない忠誠を誓っていた頃であれば。


 だが、もう手遅れだった。


 ディアガル皇帝への忠誠はもちろんある。愛国心もある。帝国臣民の守護者である自負もある。


 しかしそれ以上に……大切な存在ができてしまったのだ。


 努めて冷静な口調で言葉を返す。


「わざわざご足労頂いて大変ありがたいのですが、私の意思は変わりません」

「そう邪険に扱わないで、ご一考頂けるとよいのですが」

「何度仰られても答えは同じです」


 巫女の再度の提案を、レアルは変わらずに撥ね除けた。


 頑ななレアルの態度に、巫女は顎に手を当てて少しだけ考える素振りを見せる。


「もしや、レアル様には既に心に決めたお方がいるのでしょうか?」

「………………」


 レアルは冷静を保ったまま口を閉ざす。


「……そのお相手は、セリアス様と手合わせをした白髪の人族ではありませんか?」

「……………………」


 レアルは再び沈黙。しかし、それは肯定に等しい沈黙だった。


「正直に申して……あまり良い趣味とは言えませんね。あろう事か一介の冒険者──しかも人族の男に恋慕を抱くとは」


 巫女の口調には明らかな侮蔑が含まれていた。


「もしこれらの件を貴族達が知ったら、どう思うでしょうね」


 巫女の口調こそ丁寧であったが、それは半ば脅しに近かった。


 半分とはいえ、王家の血筋を受け継ぐレアルの思い人が単なる人族とあればエルダフォスの貴族達は黙っていないだろう。カンナを亡き者にしようと動き出す者が出てくる可能性は高い。


「何か不幸が重なって、お亡くなりにならなければ良いのですが」


 大方、カンナの命が惜しければ彼のことを諦めろ、と言うつもりなのだろう。


「──くくくっ」

「……何がおかしいのですか」


 けれども、レアルは唐突に笑い声を漏らした。


 不審に思う巫女に、レアルは一頻りに笑ってから言った。


「もし仮にです。あなたの言う『白髪の人族』をどうこうするおつもりであれば……」


 そこで区切ったレアルは、巫女を見据えた。表情は変わらず、だが射殺すような視線で巫女を射抜く。


「覚悟しておけ。あの男カンナは誰であろうとも、敵対する者には容赦しないぞ。それが例え貴族であろうが──王族であろうがな」

「彼はディアガル皇帝の命を受けているのですよ。そんな国交に亀裂をもたらすような馬鹿な真似は……」

関係ないな・・・・・


 丁寧口調をかなぐり捨てたレアルの大層な台詞……だが巫女はそれが決して冗談ではないと悟った。


「……脅しのつもりですか?」

「先に脅しを口にしたのはそちらだ。むしろ脅しというのならば、だ」


 ──衝撃すら伴いそうなほどの殺気が室内に溢れた。


「カンナを害されたとして、私は己の理性を保っていられる自信が無い」

「……王家の血脈とはいえ、やはり半分は野蛮な血を受け継いでいるのですね」

「何を言う。その野蛮な血を受け継ぐものを引き込もうとしたのはそちらでは無いか」


 皮肉交じりの返しを受けて、巫女は「はぁ」と溜息・・をついた。


「……結局はこうなりましたか。まぁ、元々口で言って聞くとは毛頭考えていませんでしたからいいのですが」

 

 己の言葉に嘘偽りは含んでいない。すべて本気の発言だ。それは巫女にも十分すぎるほど伝わってるのは間違いない。


 だというのに、巫女が未だ余裕を保っていることにレアルは違和感を覚えた。仮にも騎士団の長であり、歴戦の勇士であるレアルの威圧をまるで意に返さないかのようだった。


「どちらにせよ、あなたには拒否権はありませんよ、その躯に尊きエルフの血が流れている以上はね」

「……なんだと?」


 巫女は己の被っている仮面に手を添えた。


 たったそれだけの造作に、レアルの背筋が震えた。


 何かがマズイ。


 本能に近い部分が最大級の警鐘を鳴らしている。


 だが、レアルが何かしらの行動を起こす前に。


「あなたが悪いのです。素直に受け入れていれば、苦しい思いをせずに済んだのに」


 ──巫女は仮面を外した。

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