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第百八十八話 横槍とはへし折るもの


「……ファイマ殿、ファイマ殿」

「なによ。のーたっちって言ったでしょ」

「それよりもアレを見るでござるよ」


 扉の影に隠れるようにしてバルコニーの様子を窺ったまま、こちらを手招きするクロエ。意味も分からず、とりあえずクロエに習ってファイマもバルコニーの様子を扉の影から覗き込む。


 先ほどよりも、カンナとレアルの距離が縮まっている。しかもレアルはカンナの頬に手を添え、カンナも添えられた手を握り返している。


(ちょ!? 少し見ない間になんだか良い雰囲気になってないかしら!?)

(せ、拙者……ちょっとドキがムネムネするでござるよ)

(典型的な動揺の仕方どうもありがとう!)


 カンナの影響か、コントじみたやり取りを小声で交わす。


 他人の色恋沙汰は女子の大好物。「うわー」とか「きゃー」と全く意味を成さない声を小さく漏らしつつ、バルコニーで良い雰囲気を出している二人を食い入るように見る。


 と、そこでふとクロエの耳がぴくりと動いた。それからバルコニーとは反対方向を向いて顔を顰めた。


(ファイマ殿)

(今度は何?)

(こちらに向けて近付いてくる人間がいるでござるよ)


 クロエの目に、会場内の人混みの中からこちらに向けて歩を進める二人を発見する。


(誰よ、こんな大事な時に!)


 この貴重なシーンを一分一秒でも見逃したくはないのに、ファイマは本来の役目を思い出し振り向いた。


 内心は舌打ちをしかめめっ面であったが、表面上は社交界に出ても何ら恥ずかしくない柔らかな笑みを浮かべた女性であった。


(……ファイマ殿、変わり身早いでござるなぁ)


 クロエの全く他意の無い素直な賞賛だったが、ファイマは少しだけ物申したい気分にさせられた。


 それはともかくとして、今は近付いてくる人間だ。大事な場面を見逃すのは惜しいが、逆にその場面に水を差されてはお膳立てをした身としてそれこそ惜しい。少しの間足止めをする必要がある。


 ファイマ達はレアルが会場入りする際にも彼女の側に同行しており、招待客からは『レアルの御付き』として認識されている。なので適当に、『レアル様は慣れないパーティーに疲れて夜風に当たっています』とでも行っておけばだいたいの場合は退散してくれる。


 ただ、今回ばかりはそれだけで済みそうに無かった。


「クロエ殿、ファイマ殿、ご苦労だ」


 やって来た内の一人は、パーティーの挨拶を行ったこの屋敷の主。そしてレアルの祖父であるフォースリンであった。


 レアルの護衛兼御付きとして、ファイマ達は屋敷に入ってからすぐにフォースリンとも顔を合わせおり、多少の面識はあった。


 そして、仄かに爺馬鹿の素質があるのをカンナから聞き及んでいた。


(マズいわね。今通したら絶対に悲惨な事態になる)


 何が一番危ないかと言われれば確実にあの男カンナだ。あの甘い雰囲気に横槍が入ったら、それを半ばからへし折る勢いで怒りかねない。比喩で無く、本当にフォースリンの何かしらをへし折りそうなのが恐ろしい。


 ──仲間を相手に酷い言い様だが、大げさでもなんでもないのが更に性質たちが悪い。


 ちらりと隣に目配せをすれば、クロエからも小さくも決意に満ちた頷きが返ってきた。どうやら同じ予想に行き着いているらしい。


 ここは何としてもバルコニーへの侵入を阻止せねば。


「君たちがこの場にいると言うことは、本日の主賓はバルコニーか?」

「はい。少し疲れているようで、今は外で涼んでおられます」

「そうか……本人も必要だとは分かっていてもあまり乗り気では無かったからな」

「剣を交える戦場ならともかく、論を交える戦場は不慣れのようで」


 フォースリンの言葉に、ファイマは冗談ジョークを混ぜて返した。嘘は言っていない。


「うむ……こうなった以上、あの子にはもう少し女性らしい趣味を増やして貰いたいものだ」


((無理じゃね?))


 言葉交わさずクロエとファイマの心が一つになった。


「ところでフォースリン殿。隣の御仁はどなたでござるか?」


 クロエは先ほどからフォースリンの横にいる飛び抜けて容姿が整った男性エルフについて尋ねた。


「なっ、貴様! 私の顔を知らないだと!」

「ワフっ!? あ、いえ。拙者、この国に来てからまだ日が浅い故に……申し訳ないでござる」

「ちっ……貴様、どこの出身だ。見たところ獣人族のようだが」

「拙者、ヒノイズル出身のクロエと申すでござる」

「ヒノイズル? ………………ああ、あの雑種が多く暮らす田舎島国か。ならば私の顔を知らないのも無理は無いか」


 長考の末に導き出された言葉を聞いて、表情は一切変えずに青筋だけ眉間に浮き出るという珍芸を披露するクロエ。それでも怒りを発さずに胸の内側に抑え込めたのはさすがと言えるか。


 フォースリンも彼の物言いに困って額に手を当てたが、すぐに気を取り直して言った。


「……このお方は、現国王のご子息であらせられるセリアス・エルダフォス第二王子だ」

「現国王の……ということはフォースリン様の?」

「ああ。立場の上で私は彼の叔父と言うことになる」


 何と言うことだろうか。あろう事かこの国の最高権力者の一族が来てしまった。


 レアルが最高権力そのいちぞくの血を引いており、そのお披露目がこのパーティであるから第二王子セリアスがこの場にいるのは当然であるのだが──。


「それで……セリアス殿下がどうして」

「人族や獣人族なぞに興味は無い。用があるのは貴様らの後ろにいるであろう貴婦人だ。分かったならそこをどけ」

「あ、いや、ちょっ!?」


 ファイマ達が止める間もなく、セリアスは彼女たちを押しのけるとバルコニーへの扉をくぐってしまう。


 慌てる彼女たちに、フォースリンが問いかけた。


「ところでクロエ殿。あの白夜叉の小僧はどこにいるのだ? この場に姿が見えないが」


 ファイマとクロエには『殿』なのに、カンナは小僧呼ばわり。この辺りにフォースリンの心象が浮かび出ていた。


「ええっと……カンナ氏でござるが……」


 セリアスとフォースリンとの間で視線を行き来し目がぐるぐると回ってしまうクロエ。混乱がきわまって口が咄嗟に言葉を吐き出せない。


 そうこうしているうちに──。



「な、何をしているのだ貴様ら!?」



 バルコニーに足を踏み入れたセリアスが、怒号にも近い叫びを発した。ファイマとクロエは揃って天を仰ぎ、顔を手で覆ってしまった。恐れていた事態が遂に、と。


 ここに来て、フォースリンもバルコニーの状況に察しが付いたのか。セリアスに続いて急いでバルコニーへと入る。今度はファイマ達も止めなかった。どうせ止めたところでもはや意味はなさないのだから。



 ──願わくば、穏便に騒動が収まる事を。



 ただ、これまでの経験上、カンナが渦中にあって騒動が無事に着地した件は一度も無いのが、二人の気を更に重くするのであった。

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