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第百八十七話 燃え上がる乙女心

巨大兵器も何も出てきませんが、少し燃え上がります。


 レアルは、深く深く息を吐いた。過去を振り返り、何かしら思うところがあったのだろう。哀愁の含む感情を浮かべていた。


「長い話に付き合わせて悪かった。あまり面白みのある話では無かったか」

「いや……そんなこたぁ無いさ」


 母親を失い、父親も姿を消しながら、少女は真っ直ぐに育った。幼い頃に抱いた決意をそのままに、見事なまでの成長を遂げたのだ。おそらく、今の語りの中に含まれない部分で、少女の道程は決して平坦では無かったはずだ。


 なのに少女かのじょは、己の苦労など語るほどのことでも無いとそれをおくびにも出さない。


 凄いと、俺は思った。


「で、どうして急にそんな話をしてくれたんだ?」

「……単純に、君に知っておいて欲しくなったというのも理由の一つだ」

「へぇ、じゃ他の理由は?」

「………………………………」


 俺の質問に、レアルは直ぐに答えなかった。


 彼女の見ると、そこには迷いと恥ずかしさが混ざり合ったような顔をしていた。薄暗い中であっても、その頬が朱に染まるのが分かる。


 不思議と俺の胸中も焦れたが、逸る気持ちをぐっと抑えて彼女の言葉を待つ。


 そして、ぐっと意を決したレアルが口を開く。


「……私は己が帝国軍人であり、帝国を守護する騎士である自らを誇りに思っている。おそらくこの先もずっと、私は騎士として帝国臣民の為に戦い続けると考えていたよ」


 レアルは一歩、前に踏み出した。その分だけ、俺と彼女の距離が縮まる。


 また一歩レアルが踏み込み、俺と彼女の距離が縮まる。


「帝国臣民を──ディアガル帝国を守りたいという気持ちは今でも変わらない。皇帝陛下への忠誠心もある」


 それは物理的な話ではない。


 まるで、俺と彼女の心の距離のようにも感じた。


「けれども……それ以上に──私の心を占める存在が現れてしまった」


 レアルはソッと手を伸ばし、俺の頬に触れた。


 心臓の鼓動が早まる中、俺はあえてからかうように言った。

 

「…………ディアガルに帰ってからって約束じゃ無かったか?」

「星空が照らすバルコニーで二人っきり。私だって女だ。物語に出てくるようなこういったロマンチックな場面に憧れもするさ」


 その言葉を聞いた俺は思わず吹き出してしまった。


「おい、何が可笑しい」

「違う違う。実は俺もさっきお前と全く同じ事を考えてたんだよ」


 半眼になるレアルに俺は笑いながら否定を口にすると、彼女は少しだけ驚いてからはにかんだ。


「そうか……君とは不思議と気が合うな」

「嬉しい限りだよ、まったく」

「ああ、同感だ」


 俺とレアル。二人の視線が正面から交錯する。


 星明かりの中にあって、彼女の碧眼が輝いて見えるのは俺の錯覚だろうか。例えそうであってもその瞳の美しさに魅入られる。


 改めて再認識する。


 俺はこの瞳に惚れたのだ。


 屈辱の中であってもなおもこの瞳は強い意志を宿していた。その気高さに俺は心を奪われた。


 ──気が付けば、俺もレアルの頬に手を添えていた。


 彼女は少しだけ肩を強張らせたが、嫌がる様子は無い。むしろ心地よさそうに目を細めた。


 いつしか、互いの距離が狭まっていく。どちらか一方ではない。両者が同時に相手を引き寄せていった。


 そして──。


「な、何をしているのだ貴様ら!?」


 ──謎の闖入者が現れた。




 その少し前に時間は遡る。


「……ちょっと複雑な気持ちでござるなぁ」


 バルコニーの入り口付近に立っているクロエは、バルコニーで見つめ合う二人を目に溜息をついた。


「だったら何でこんな損な役回りを引き受けたのよ」


 ファイマが呆れたように言った。


 クロエとファイマは、カンナとレアルが二人っきりになれるようにバルコニーの入り口で人払いの役目を負っていた。


 レアルに一言挨拶しようとする者は後を耐えないが『慣れないパーーティーで疲れているので、夜風に当たって休んでいる』という言い訳を使い、バルコニーに入り込む招待客を阻止していた。


「でも、先にあの人レアルさんとの関係に、どのような形であれ決着を付けて貰わないと私たちとの関係もこれ以上進展しないもの。仕方が無いわ」

「うぅぅぅ……拙者ちょっと、邪な考えが芽生えてしまいそうでござるよ」


 レアルは武人として尊敬できる人物であり、人としても世話になっている。好きか嫌いかで答えれば、もちろん好きの部類に入る。けれど、そんな女性レアルが恋慕している男性と急接近しているとなれば、薄暗い感情が芽生えてしまうのは仕方が無いことだ。それでもクロエは罪悪感を抱いてしまう。


「少しは落ち着きなさい。あの二人の問題に私たちがとやかく言える筋合いは無いでしょ」

「ファイマ殿とて胸中穏やかではないでござろう?」

「まぁ……否定はしないけど」


 ファイマもクロエの気持ちが痛いほど理解できていた。なにせ、想いを寄せる相手が同じであり、その男性が他の女性と親密な様子で向き合っている。これで心底冷静になれるはずが無い。二人の一挙一動に自然と躯が反応してしまう程度には気になっていた。


「それに──筋合いは多少なりともあります。……私もファイマ殿も、カンナ様のお情けを頂いた身。無関係と呼ぶには些か深い仲かと存じます」

「ぶっ!?」


 クロエのゆるゆるだった目尻がきりっと鋭くなり、それでいて口からはとんでもない発言が飛び出してきた。ファイマは思わず吹き出す。


 カンナから、クロエは精神が昂ぶると『ござる』が抜けて女性的な口調になるのは聞いていた。実際にその場面を目の当たりにしている。


 だとしてもこれは不意打ち過ぎる。


「……いきなり口調変えるのめてもらえるかしら。もの凄く驚くから。あと真面目な顔してそんな恥ずかしいことを口にしないでちょうだい。しかもこんな沢山の人がいる中で」

「──?」


 ファイマの文句を耳にしながら、クロエは心底不思議そうに首を傾げた。どうやら本気で自覚が無いようだ。


 溜息をつきたくなったが、考えを変えてみればクロエにとってカンナとの繋がりはそれだけ大切な縁だったということ。


 それはファイマも同じだ。


 一度目はともかくとして、二度目は紛れもなく己の意思でカンナに身を委ねた。彼との間に確固たる繋がりを求め、彼の中に己の存在を少しでも多く刻みつけようとして。


 ──改めて考えてみると、


(自分の立場になってみて痛いほど良く実感できたわ)


 恋愛小説を読むことぐらいファイマもある。その中に出てくる惚れた腫れたの話は知識の上ではよく知っていた。だが、実際に己がその立場になれば、これほど制御が難しい感情も無いと思い知らされた。


 だが仕方が無いだろう。


 ファイマにとって、カンナはどんな危機的状況であっても颯爽と現れて己を救ってくれる白馬の王子のような存在なのだ。


(あ、ごめん嘘。白馬の王子は無い)


 白馬の王子様は街中で貴族の馬鹿息子に後ろ投げを仕掛けないし尻に氷をぶち込まないし、人質を取った男を人質ごと蹴り飛ばしたりはしない。


 けれど、例え白馬の王子様で無くともカンナはどんな困難に直面しても決して諦めず、己の意思を貫き続けファイマを危機から何度も救ってくれた。


 

 気が付けば、どうしようも無いほどカンナに恋をしていた。



「どうしたのでござるか、ファイマ殿。急に顔が真っ赤になったでござるよ?」

「だから急に口調変えないで。本当に調子狂うから。後、顔色については〝のーたっち〟でお願いね。頼むから」


 色々と思い出して乙女心が燃え上がってしまったなどと口が裂けても言えない。ファイマは急激に熱を帯びた顔を手で覆い、俯いてしまった。

なろうラジオ出演は来年の一月二十七日です。


みんな見てね!!

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