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第百八十六話 幼き少女は剣を取る

シリアス回続き。

作者的に念願のレアル過去編。


それと、前話の最後部分を少し改変したのでその辺りを最初に読んでいただけるとスムーズに入れると思います。


 物心が付いた頃には少女は両親に連れられ、一カ所に留まらず各地を転々としていた。少女にとってそれは日常的な事であり当時はさほど疑問を抱いていなかった。


 少女にとって、竜人族である父親とエルフ族である母親が全てだった。


 父親は寡黙でいつも険しい顔をしていたが、誰よりも娘を大事にしていた。母親はとても綺麗な女性で、いつも少女を抱きしめてくれた。少女の両親が彼女に惜しみない愛情を注いでいたのは間違いなく、この二人さえいれば友人がいないことにも不満は無かった。


 もっとも、両親は時折に放浪を続ける事への謝を口にしていたが、少女は「お父さんとお母さんがいるからいいよ」と笑いながら答えた。それが嘘偽りでないことは両親も理解できていたが、自然とそう考えてしまうような環境に娘を置いてきた事に、やはり負い目を感じていたようだ。


 ──けれども、そんな幸せな日々はある日突然終わりを迎えた。


 奇しくもそれはディアガル帝国──ドラグニルに向かう最中。少女とその両親は何者かに襲われたのだ。


「本当は何が起こったのか、少女は正確には覚えていなかった。辛うじて記憶に残っているのは、剣を振るう父親の背中と、己を抱きしめる母親の温もりだけだ」


 気が付けば、少女はとある病院のベッドで寝かされていた。

そしてその隣のベッドには、母親がいた。


「少女と母親が運び込まれたのは、ドラグニルの病院だった」


 最初は何が起こっているのか理解できなかった。だが普段は感情を表に出さない父親が、深い後悔と悲しみの表情で妻の側に立っていた。


 少女は僅かながらに思い出す。


「意識を失う直前に、己を庇った母親の胸に深々と刃が突き刺さった光景と、降り注ぐ血の感触をだ」


 不幸なことに、母親が受けた刃を受けたのは心臓の付近であり、回復魔術でも手の施しようがない傷であった。辛うじて魔術と投薬で延命を行っているが、命の灯火が消えるのは時間の問題だった。


「少女は絶望したよ。愛する母親が自分を庇って瀕死の重傷を負ったのだからな」


 泣き叫ぶ少女だったが、そんな彼女を父親も──そして当の母親も一切責めようとはしなかった。ただただ、少女の無事を喜んでいた。それが尚更に少女を悲しませたとしてもだ。


 母親の親友であり、後に少女の師となる人物が病室を尋ねてきたのは、少女が意識を取り戻してから数日後のことだった。再会がこんな形になり、涙を流す親友に母親は申し訳なさそうに笑みを浮かべていた。


 ──そして、母親がこの世を去ったのはその三日後だった。



「あの人が最後に浮かべていたのは、笑みだったよ。とても死に際の人間が浮かべるような表情では無かった」


 語り部たるレアルの声が震えていた。


「母親の最期を看取った少女は決意した」


 ──自分も母親のような人になろう。


 ──命を賭けてでも誰かを守れる人になろう。


 流れる涙は止まらず、悲しみも溢れていた。だが、泣き声は上げなかった。強い思いが胸中に宿っていたからだ。


「その想いを聞いた父親は、少女に己の剣を授けた」




 ──ならば強くなれ。大切な者を守り、悲しませないためにも。




「『愛する妻を守れなかった、俺のようにはなるな』──と」


 父親はそう言って姿を消した。それ以降、今日まで少女の前に姿を現したことはなかった。その行方はおろか、生死すら不明だ。


「……なんで父親はその少女の前からいなくなったんだ?」


 俺の問いかけに、レアルは力なく首を横に振った。


「分からない。父親と母親から手紙を受け取っていた少女の師ならあるいは知っているかも知れんが、彼女は手紙の内容を決して少女には伝えなかった」


 そして天涯孤独となった少女は母親の親友──リーディアルに引き取られる事となった。母親から遺言の手紙を受け取っており、リーディアルは親友の最後の願いを快く引き受けたのだ。


「リーディアル様に引き取られてから、少女は考え続けていた。母親のように、父親の言葉のように誰かを守れる強い人間になるためにはどうするべきかを」


 来る日も来る日も考え続けて、考え抜いた結果に出たのが『軍人』という選択肢だった。


 変な話ではあったが、少女にとって大切な人間とは父親と母親であった。


 だが片方ははおやは亡くなり、もう片方ちちおやは行方知らず。自分を引き取り、一緒に暮らすようになったリーディアルも徐々にその大切な者の一人になっていったが──。


「……あの方は殺しても死なないような人だからな。誰かに守られている光景が全く想像できん」


 腕を組んだレアルは唸るように言った。


「引退前の婆さんってどのくらい強かったんだ?」

「仮に全盛期での実力ならば、今の私でもまったく歯が立たん」

「うげ、そんなにかよ」

「リーディアル様は魔術士でありながら近接戦闘を好む。地属性魔術で数多の武器を創造し、戦場を縦横無尽に駆け抜けていた。ゆえに『千の刃を振るう者』として『千刃』の二つ名が付いた」


 ……ともかく、誰かを守れる強い人間になりたくとも、彼女には守るべき人間がいなかった。

 

 ならば、大切な誰かでは無く、『多くの人々』を守護できる人間になろうと考えた。だからこそ、国家を守護する軍人を志したのだ。


「……子供ながら立派すぎやしないかね、その志」

「かもしれんな」


 少し恥ずかしげにレアルは苦笑した。


 志が立ったのは良いとして、少女はまだ十にも満たない子供。軍に入隊するにはあまりにも幼すぎた。


 そこで次に思い立ったのが、保護者でもあるリーディアルへの弟子入り。既にSランク冒険者として有名を馳せていたリーディアルは師と仰ぐには最も適した存在だった。


「将来は帝国軍に入隊するのを理解した上で、リーディアル様は少女の弟子入りを快く承諾してくださった」


 指導するにはやはり実戦が一番という考えだったのか、リーディアルは弟子である少女をまず冒険者として鍛えた。


 年齢制限がある帝国軍とは違い、冒険者は試験で実力さえ示せれば登録することが出来る。リーディアルに鍛えられた少女は僅か十歳の年齢で冒険者となった。


 こうして後に『竜剣』と呼ばれる冒険者──レグルスが誕生したのだ。



 リーディアルに弟子入りし、しばらくの月日が経過した。


 幸いにも少女には両親からの優れた才を受け継いでいたようで、日を追うごとにメキメキと腕を上げていった。十三歳を迎える頃にはBランク冒険者に至り、単独で高難易度の依頼を受けられるほどにまで成長していった。


「そんなある日だよ。あのお方が少女の前に姿を現したのは」

「あのお方?」

「──ケリュオン・ディアガル皇帝陛下だ」


 リーディアルに連れられて、少女はとある貴族の屋敷を訪れた。師を経由して少女と面会をしたいという人物がいたのだ。


 その人物こそが、ディアガル皇帝だった。


 この邂逅を経て、少女は初めて父親が皇帝陛下の兄君──つまり己が皇家の血脈であるのを知った。リーディアルも、皇帝の配下が接触するまでは全く知らない事実だった。どうやら、親友からの手紙にもこの事実は書かれていなかったようだ。


「だったら何で皇帝サイドは少女が皇家の血族であるのを知り得たんだ? 別に喧伝してたわけでも無かったろうに」

「理由は、少女が受け継いだ『剣』だよ」


 冒険者に登録した当初はリーディアルが用意した武器を使用していたが、Cランクに昇格した辺りで父親から授かった大剣を得物とするようになった。

 

 並の剣では成長したレアルの腕力に耐え切れずに折れる。たとえ名工が打った業物でも全力で使うと一回や二回の戦闘ですぐに使い物にならなくなる。


 その点、父親から授かった大剣は重量こそあるが彼女の膂力を全て受け止め、どれだけ乱暴に扱っても歪みも刃こぼれも起こすことなく振るうことができた。まさに彼女のために用意されたような剣であった。


 まだ十代前半の若さでありながら、身の丈を越える剣を振るい、その上でSランク冒険者の弟子だ。『竜剣』の前身として『重剣じゅうけん』の二つ名が冒険者達の間で広まり始めていた。


「……まさか、その剣って皇族に代々伝わる宝剣だったり?」

「そのまさかだよ」


 皇帝の兄君は長きにわたり姿を眩ませており、その時に彼が持っていた宝剣を、若き冒険者が振るっていたのだ。少女が関係者であるのは明白であった。 


 その事を皇帝に問い質され、剣は父親から受け継いだと告白した事で少女の血筋が発覚したのだ。


「そういえば出会った当初に『祖父も父も戦場に携えていった』とか言ってたな」

「正確に言うと、この話は祖父に関しては直接見たわけでも無く、人から聞いただけなのだが」

「…………つか、豪快にぶん回してた剣が国宝であるのを知りながら、その先も相変わらず戦場に持ち込んでたのが驚きだよ」

「少女は話を聞いた直後に直ぐ返納しようとしたが、陛下が『武器とは振るわれるためにあり、振るうべき者が持つべきだ』とな」


 少女としても、父から授かった愛剣を手放さずに済んでホッとした。こうして宝剣は引き続き少女の相棒ぶきとして数多の戦場を渡り歩く事になる。


 皇帝との邂逅を経てからも少女は更に腕を磨き、ついには十五歳の若さで歴代最年少Aランク冒険者となり『竜剣』の名を得た。Aランクとなってから一年間冒険者活動を続け、少女はとうとう帝国軍へと入隊。


「そして今日に至り、幻竜騎士団の団長レグルスとして帝国守護の一角を仰せつかっているわけだ」


深く語る感じではなく、淡々と事実を述べるような形にしてみました。


それと全くの別件ですが。

なんと、ナカノムラ全国デビューです。


正確には一月二十七日(土曜日)の『小説家になろう公式ラジオ』に出演することになりました。


公式アカウントからオファーが来た時は『悪戯?』とか思いましたよ。

書籍化のオファーが来た時と全く同じ反応ですね。


そんなこんなで次回の更新もお楽しみにしつつ、一月二十七日のなろう公式ラジオもお待ちください。


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