第百八十三話 相変わらず奴が絡まないと真面目な空気
前回の感想で「けっ」という感想が結構寄せられました。
好評のようで何よりです。
会場には既にほとんどの招待客が入っており、パーティーの開始を待っていた。
フォースリンが事前に根回しをしていたおかげか、この場であからさまに不快感を発している者は滅多にいない。
それでも、当初の想定通り全員が全員、『パーティーの主役』に好印象を持っているとは言い難かった。表に出さないだけで、不快感を溜め込んでいる者は多い。まさにファイマが想定していたとおりの状況であった。
そして、ここにも強く不快感を抱いている者がいた。
出席者達はエルフであるために軒並みに顔の作りが整っているが、壁に背を預けている若者はその中であって際だって美しい青年であった。腕を組むその顔立ちは、不快を秘めていながらなおも端麗であった。付近にいる貴族ご令嬢達は、青年の美貌にうっとりし、頬を赤らめている。
彼の隣にいたパーティー会場──この屋敷の主であるフォースリンが苦笑した。
「そうも不機嫌そうな顔をしないで頂きたい。国王陛下が政務で出席できない以上、代理としてあなたに出席して貰うしか無かったのですよ」
「……父上のご命令で無ければこのような場所に出席したくは無かった」
不満を秘めた表情のまま、青年は内心を率直に吐き出した。
「陛下からのご指示でもあるのでしょう?」
「だから仕方が無くこの場にいるのだろう。……なんで私があのような竜人族の混血者と」
「混血ではありますが、同時に私の孫娘でもあるのですがね」
フォースリンの言葉に、青年は少しだけ眉を動かしたが、謝の言葉を口にする前にそっぽを向いてしまった。
セリアス・エルダフォス。
エルダフォス国王の長男でありフォースリンから見れば兄の息子──甥に当たる。このパーティー会場の中で最も位の高いエルダフォス王国第二王子だ。
「そもそも殿下は、我が孫の顔をまだ見たことが無いでしょう」
「そうは言うがな叔父上。いくら王家の血を継いでいるとはいえ彼の者は混血なのであろう? なれば、エルダフォス王家にとっては無価値に他ならん」
混血は不要──これはセリアスが特別なのでは無く、エルダフォスにとっては共通の認識だ。この場にいる誰もが根底には少なからず同じ気持ちを抱いていた。
王が公式に認めたという事実が皆の不満が噴出するのを抑えていたが、その威光も実の息子には届きにくかった。
事前の根回しを行っていた当人もその事は十分すぎるくらいに理解していた。だが、第二王子の言葉にはいそうですかと頷けるほど根回し作業は楽では無かった。
「エルダフォスの中に限ればそうでしょうが、事はディアガルとの今後に関わります。そう不満ばかり口にされては困ります」
セリアスは叔父の苦言に反論しようとしたが、上手い具合に言葉が見つからず黙って眉間に皺を寄せるだけだった。
(シャルマよ。どうしてこんな難題を急に押しつけたのだ)
甥の様子に不平不満を隠さぬ態度に、内心で国王を名前で呼びながらフォースリンは溜息をついた。
フォースリンとて、王家の純血性は十分すぎるくらい理解しているし、そうであるべきだとも考えている。
一方で、王の公務補佐役としてある程度は割り切ることの必要性も理解していた。そして、王の出した第二王子への命令に関しても〝外交〟という面で考えれば妥当な手段であろう。
ただし問題点が二つあった。
一つは話が急すぎること。こういった話は事前に王と公務補佐で緻密に段取りを組み立てるはずなのに、パーティーの三日前に突然王の口から案が出されたこと。
そして、命令を受け取った第二王子が、公務として清濁を併せのむ理性よりも、感情を取ってしまうことだった。
第二王子は決して愚かではない。むしろ平時は聡明であり、王族としての能力は有している。だが、若さゆえの経験不足は否めなかった。
さて、どうしたものかと頭を悩ませたところで、会場の一角からどよめきが広がってきた。
そちらに目を向けると、入り口付近で屋敷の使用人達が人の整理を行っている場面であった。
どうやら、到着したようだ。
実はフォースリンはまだ着飾った主賓の姿を見ていない。祖父であろうとも「男性は邪魔ですので」と着付けを行う女中に部屋を追い出されてしまったのだ。
一抹の惜しさを抱きつつも、ならば会場に登場するまでの我慢だと楽しみにしていたのだ。
期待と不安が混ざった心境のまま時を待つ。
──そして、会場の扉が開かれ、本日の主賓が登場した。
エルフの特徴である色白の肌と長い耳を持ちながら、エルフにはあまり見られない女性的に豊満な体躯。だが、下種じみた印象を抱かせないような美しさを秘めたその姿に誰もが魅入った。
エルフと竜人族の混血であるのは誰もが知っていた。だが、そうであっても彼女の美の前には些細な問題とさえ思える。
フォースリンの身内贔屓でないのは、周囲の様子をうかがえば一目瞭然。会場にいる誰もが、レアルの姿に目を奪われていた。
唯一の不満は、主賓のエスコート役を担っているのが、あの人族の冒険者──白夜叉である事だ。白夜叉に手を引かれているレアルの満更ではない表情がフォースリンを唸らせる。
だが彼も公人である。喉元にまでせり上がった不満を飲み込み、何食わぬ顔を取り繕う程度の事は造作も無かった。
不満は一旦頭の片隅に追いやり、現実的に考える。
おそらく、この時点でパーティーの半分は成功したいっても過言ではないだろう。要人達の第一印象はしっかり摑んだはず。
レアルの衣装や着付け、化粧等はエルダフォスにおける最高級の者に用意させた。混血である事への不満を、レアル当人の第一印象で払拭するためだ。
まだエルダフォスにいた頃、レイリーナは幾度か貴族のパーティーに出席したことがあったが、着飾った彼女に美しさに誰もが見惚れたほどだ。そんなレイリーナの生き写しである以上、レアルも着飾れば見栄えするのは当然だと考えており、フォースリンの目論見は見事的中していたと言えよう。正直に言えば期待以上だ。
そして──。
「……お、叔父上。アレが──」
「そうです殿下。あの者こそ、我が娘レイリーナの忘れ形見。エルダフォス王家とディアガル皇家双方の血を引く者──レアル・ファルベールです」
「………………………………」
あれだけ不平不満を述べていた第二王子が、混血であるはずのレアルを凝視していた。
その表情はまさしく『魂を奪われた』と称しても遜色なかった。
「なんという……美しさなのだ」
レアルの美貌は、第二王子の抱いていた不満すらも吹き飛ばした。
(どうやら殿下の〝お眼鏡〟に適ったようだ)
フォースリンは小さくだが安堵の息を漏らすのであった。