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第十六話 深淵の一端を覗く

愛用していたツールが逝きました(泣

 

「契約」の返答は直ぐには出来なかった。とりあえずファイマには「明日の朝までには決める」と答えた。ファイマは特に不満を漏らすことなく頷き、自身が泊まっている宿へと戻っていった。


 少しして、それまでファイマが座っていたイスに今度はレアルが腰を下ろした。


「遅くはなったが、調子はどうだ? 精霊術の反動が原因で意識をなくしたんだろう?」

「ご明察だ。まだちょいと右腕の調子がおかしい」


 布団から右腕を引きずり出そうとするが、どうにも反応が悪い。肘から指先にかけてが言うことを聞かない。頭から出る指示に、動作がワンテンポ遅れる感じだ。

 レアルは引きずり出した俺の右手に触れ、柔く揉んだ。


「なるほど、筋肉が強ばっている。痛みは?」

「反動がきた直後はやばかったが、今は無い」

「痛みを覚える程か…………相当に強固な物を破られたのだな」


 彼女も、婆さんから精霊術に関して一通りの知識は教わっている。俺が意識を失った理由も心得ていた。


「事情は従者さんやファイマから聞いてたんだろ」

「一応はな。だが、君の意見も聞かせて欲しい。君の氷を破るとなると、相当に強力な魔術であるからな。念のために、最初から説明してくれ」


 聞かれるままに、俺は覆面達が襲ってきてから気絶するまでの一通りをレアルに説明した。ただ、頭が本調子じゃ無いので記憶が曖昧な部分があるのは先に言っておいた。


「…………確認するが、魔力の気配から術式の発動までどのぐらいの時間があった?」

「一秒から二秒くらいだったか。けどそれがどうかした?」


 それを聞いたレアルは、しばらく考え込むように顎に手を当てた。


「麓の村に滞在していた時、魔術に関する一通りの知識は君に教えたな」

「完全に理解しているかは自信ないけど」

「構わない。ーー通常、魔術を扱うためには魔力とそれを制御するための術式が必要だ。術式そのものも魔力を使って構築し、できあがった術式に再度魔力を流し込むことによって、魔術は発動する」

「そのぐらいは覚えてる」

「魔術を発動させるためには、二度の魔力制御が必要になってくる。そして、これら二つの作業は、強力な魔術であればあるほど複雑になり、それに要する時間も増えていく」


 俺の中にあるファンタジー知識とほぼ同じの内容だ。


「それがどうかしたのか?」

「…………気づいていないようだな」


 呆れた、とレアルが半眼になる。


「少しだけ話が逸れるが、私は己の攻撃力は相当なものだと自負がある」

「…………相当の一言で片づけていいレベルじゃないだろうよ」

「黙って聞け。加えて、身体強化の魔法を併用すれば、威力はその数倍にまで跳ね上がる」

「ああ、アレは凄まじかった」


 俺が全身全霊を掛けた、直径二メートルぐらいの氷の固まりを、真っ二つにしましたからね。精霊術の反動で、オレの意識が三時間ぐらい飛びましたが。


「思い出したか。君の精霊術が作った氷は、私の全身全霊を掛けてようやく破壊できるぐらいの強度を持っているんだ。そして話は今日の件に戻る」

「や、氷の檻は頑丈に作ったつもりだが、全身全霊って訳じゃないぞ」

「鈍いな。まだ反動の影響で頭がはっきりしてないのか。全力でないとは言え、君が作ったという時点で、その氷の強度はちょっとした「鉄」にも匹敵する。そして、鉄を粉々に吹き飛ばす程の魔術は、瞬間的な威力が出る火属性の魔術とて容易いものではない」

「…………あ」


 レアルの懸念にようやく考えが至る。


「ようやく察したようだな。そうだ。君の氷を破る程の魔術にしては、魔力の起こりから発動までの時間が短すぎる。初歩的な魔術ならともかく、鋼鉄ほどの強度を持つ物体を破壊する威力となると、たった一、二秒で術式を練り上げるなど不可能だ。ーーいや、不可能とは言わないが、間違いなく宮廷魔術士程の実力が必要になってくるだろうな」


 つまり、千人を十人で壊滅できるぐらいの人間でないと無理なのか。


「言われて見りゃぁ、確かにあの魔力は異様だったな」

「異様だと?」

「話を聞いててやっと思い出したんだがな」


 氷の檻を爆破したのと、その後に巻き起こった炎の柱。二つとも同質の魔力ではあったが、その気配が人の物とは思えないほどに濃密だった。思考がスッキリした今、確信を持ってそう言えた。


「断言できるほど、この世界の人間を沢山見てきた訳じゃねぇがーー」 


 ……………………待てよ?


 確かに、アレほどに濃い魔力の持ち主と今までであったことはない。


 だが、引っかかる。


 …………強いて言えば雰囲気だろうか。


 正直、気配と雰囲気の違いが分からないが、気配と呼べるぐらいに明確ではない。なのに、一度気が付いてしまうと、頭から離れない。気になって仕方がない。


 あの魔力と、似た雰囲気を持った魔力の持ち主と、オレは出会っているのか?


 身近で知り合ったと言えばファイマか? いや、彼女は確かに巨大な魔力を持っていたが、人間を辞めるほどに濃くはなかった。従者さん達に関して言えば、レアルが教えてくれた魔術士と呼べるレベルには至っていなかった。


 この町の住人も、時折飛び抜けて高い魔力量を持つ者もいたが、ファイマほどではない。


 記憶を巻き戻し、霊山の麓村の住人達を思い出すが、そもそも魔術士がいない。精霊の婆さんに至っては、俺と同じで魔力を持っていないが、アレは例外。じゃああのレアルが召喚したあの癒し系飛竜? や、人間ではないが、やっぱり違う。


 もっと戻って…………あまり思い出したくはないが、俺が一番最初に居たあの城だ。なるほど、魔術士と呼べるような魔力を持った者を見かけたのは、あの城が一番多かった。しかし、どれもこれもが違う。


 ここまで思い出して該当者なし。記憶違いを疑うがーー即座に否定。間違いなく俺の中にあの魔力の気配が残っていた。


 ふと、ファイマの顔を思い出した。


 そういえば、彼女と似た気配を持った人物が居たな。忘れていた。 


 ーーーーファイマの顔の陰に、別の人間が見えた。


 ゾクリと背筋が震え、凍り付いく。


 強烈な寒気と吐き気が襲いかかり、顔から血の気が引く。


「ッ、どうしたカンナッ」


 俺の顔が蒼白になり、その尋常ではない様子にレアルが肩を掴んだ。しかし、その彼女に意識を割り当てる余裕が俺にはなかった。


 …………ようやくたどり着いた。


 あの、深い深い闇を瞳の奥に宿した女性の存在を。


 俺をこの幻想世界に呼び出し、身勝手に傲慢に無慈悲に切り捨てた、あの少女の存在を。


 思い出せなかったのではない。思い出したくなかったのだ。


 忘れられるわけがない。ただ、仮初めとは言え忘れるしかなかったのだ。脳裏に浮かび上がる度に、心身が激しい怒りと憎しみを思い出す。


 それは今でも変わらない。


 だが、この世界に呼び出された当初より魔力を感じ取れる今だからこそ、分かることもある。


 まさしく可憐と呼べる美しい美貌の、瞳の底に隠れた深淵。その深淵こそ、俺が感じたあの異質な魔力に繋がっていた。


 こみ上げる吐き気と寒気をぐっとかみ殺し、俺は肩に置かれた相棒の手に触れた。己ではない人の温もりを感じながら、どうにか冷静さを取り戻す。徐々に血の気も戻り、顔色を見て心配そうにしていたレアルが安堵の息を吐き出した。


 その彼女の顔を見る。


「思い出したぞレアル」


 レアルは改めて真剣な眼差しを返す。


「俺の氷をぶち破った奴。あのとき感じた魔力は、俺をこの世界に呼び寄せたクソ女の魔力と似てやがった」

「……………………間違い無いのか?」

「ああ。魔力の量の差が桁違いだから分かりにくかったが、思い出すともう疑いようがない」


 しかし、とするとどういう事なのだろうか?


 ファイマとあのクソ女の気配が似ているのだと今気が付いたが、一方でファイマとあの異様な魔力の気配は別物だ。A=BでB=Cなら、普通はA=Cだ。けれど、そう単純な話でも無いらしい。勘違いの一言、ではすまされない確信が俺の中にはある。


「あの姫は、王族の中で次期君主と期待されるほどの切れ者と同時に、国内では五指にはいるほどの魔術士だ」


 考え込む俺に、レアルが補足した。


「掛け値なしに宮廷魔術士としての実力も兼ねそろえている。彼女であるなら、瞬時に鉄製の武具を破壊できる程の魔術を構築できるだろうな。だが、こんな僻地に次期国王がーーこの場合は女王か。彼女がこの場所にいる理由が分からない」


 そもそも、気配は似ていただろうがクソ女自身があの場に居なかったのは俺自身が知っている。似ているが別物だ。


「あーー、なんかすごい気持ち悪いな、この感覚」


 俺は両者に共通するであろう「何か」に、堪らない不快感を覚えるのだった。

割とシリアスな回です。たまにはカンナもシリアスで通す場面もあるのです。

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