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第百五十三話 腰が重い


 皇居で貸し与えられた部屋にはシャワーがあるので、一度そちらで汗を洗い流す。さっぱりしてから身綺麗な服に着替え直し、俺は冒険者ギルドへと向かった。


 太陽も昇っており、町が活気づく時間帯だ。そんな中、俺は重たい腰を引きずりながら足を動かす。腰が重たい理由は……察してくれ。 


「役得よりも罪悪感の方が強いのはどうしてだろうか」


 分かっている。元の世界にいた頃には滅多にお目にかかれないであろう美女と、二人も関係を持ってしまったからだ。しかも、どちらに対しても恋愛感情を誤魔化して接している。後ろめたさを感じない方がおかしい。


 贅沢……どころか、爆死の呪いをかけられる側の悩みだな。不誠実にも程があるだろう。しかも、もし俺が元の世界に帰還してしまえば、自動的に解消されるという素敵に外道すぎる結末が待っている。


「爛れてるなぁ。美咲や彩菜にだけは知られたくない」


 身も心もゲンナリしながらも、俺は冒険者ギルドに到着した。ファイマとの契約を、一時ではなく長期のものに関する更新を行うためだ。既に彼女には一筆したためてもらっており、これをギルドに提出すれば更新は完了だ。


 いつものようシナディさんがいる受付へと向かった。彼女は俺の姿を確認すると頭を下げてきた。


「お待ちしておりました、カンナさん。朝早くにお手数をお掛けします」

「……前もって今日ギルドに来るって知らせてましたっけ?」

「え? リーディアル様の呼び出しに応じて来て頂いたのではないのですか?」

「や、今請け負っている護衛の依頼内容を更新したいから来たんですけど……」


 両者の認識が合わず、俺たちは揃って首を傾げてしまった。


 シナディさんの言葉を頭の中で反芻して、俺は口を開く。


「えっと。つまり、俺って呼び出されてたわけ?」

「リーディアル様からはそのように……。既に言付けは預けてあると仰っていましたが」

「預けるもなにも、呼び出しを受けていた事実が初耳ですけど」


 そもそも呼び出しを受けるような心当たりがない……はずだ。断言できない辺り、己への信用がなくて悲しい。知らず知らずのうちに仕出かした可能性も否定しきれない。だって俺だもん。


「あ、なにか問題があったというわけではありません。ただ、内密のお話があるとのことでして……」


 顎に手を当て眉間に皺を寄せていると、シナディさんがフォローを入れてきた。罰を受けるような話ではなさそうだが、どちらにせよちょっとしたお茶話、で終わるほど簡単には済まなそうだ。


「契約の更新は、婆さんとの話の後にした方がよさそうですかね」

「できればそうして頂けると助かります」


 俺はシナディさんに連れられて、もはや何度目かになるギルドマスターの執務室へと赴いた。


 シナディさんが扉をノックし、返事を待ってから室内に入った。中では婆さんが執務机に座って書類作業をしている最中だった。


 婆さんはシナディさんにお茶を淹れるように指示して下がらせ、部屋の中には俺と婆さんの二人だけになる。


「よく来たね小僧。待ってたよ」

「や、実はちょっと行き違いがあったみたいだ」


 俺は手身近に今日ギルドを訪れた婆さんに伝えた。話を聞いた婆さんは、先ほどのシナディさんと同じように首を傾げた。


「そいつぁおかしいね。ちゃんと、レアルの奴に伝言を預けたはずなんだがねぇ」


 レアルに? だが、俺は彼女からギルドからの呼び出しについてなにも聞いていない。


「ま、どちらにせよあんたの方から来てくれたんなら結果オーライだ。さ、突っ立ってないで座った座った」


 婆さんに促されて部屋のソファーに座ると、いつものように婆さんも対面に座った。


「調子はどうなんだい? また依頼の最中にぶっ倒れたって聞いたが」

「あー、大変だったのは間違いないが、詳しくはちょっと話せないかな……」


 一応、ファイマが王族であり、襲撃者が『大いなる祝福アークブレス』である事実は外部に漏らせない。元Sランクの冒険者である婆さんなら、大いなる祝福アークブレスの名前ぐらいは知っていそうだが、さすがに先日の一件に関わっていると教えるわけにはいかない。


「いいさ、依頼人の情報を秘匿するのは冒険者として当然だ。たとえ相手がギルドマスターであってもね。無理強いして聞き出すつもりはないよ」

「そうしてくれると助かる」


 答えられない時点で察してくれたようで、婆さんはそれ以上は追求してこなかった。


「そういや、レアルの奴とは最近どうなんだい?」

「どうって?」

「ほら、色々あるだろうさ」


 ふわっとしすぎて要領を得ない。

 

 レアルが幻竜騎士団の団長として復帰してから、彼女と接する機会が激減してしまっている。本当に、たまに会える程度だ。


 たまに会えた時の記憶を探ると、レアルと喫茶店に行ったときの事を思い出す。随分昔のように感じるが、あの時の彼女は本当に綺麗だったな。叶うならもう一度あの格好のレアルと仕事の話を抜きにして出かけたいものだ。


「……ふむ、脈がないわけじゃなぁないね」

「は?」


 俺の顔を見た婆さんが上機嫌に呟いたわけが分からなかったが、婆さんはそんな俺に構わず気前の良さそうな笑い声を上げた。


「どうした、遂に痴呆か?」

「私はババアだがそこまで耄碌もうろくした覚えはないよ!」


 年寄りの自覚はあれどもボケはまだ始まっていないらしい。


 記憶力が確かなようなので……というわけではないが、俺はかねてから疑問を口にした。


「そういえば、あんたってレアルの師匠だったんだよな」

「あの子が私を師事してたのは冒険者時代に限るがね」

「レアルは元々軍に入る予定だったんだよな。どうして冒険者を辞めると分かってたレアルを弟子にしたんだ?」


 弟子を取ると言うことは、己の後継を残すための行為だ。なのに、レアルは最初から軍に入ることを前提に冒険者となっている。少し矛盾しているように思えたのだ。


 俺の問いかけに婆さんは少しだけ考え込む。


「……あんまり聞いちゃいけない話だったか?」

「おおっぴらに喧伝して欲しくない部類には入る。ま、小僧になら少しぐらい話しておいても良さそうだ。あの子とは浅からぬ縁だしね」


 なんだか思っていたよりも込み入った事情がありそうだ。ただ、秘めたる思いとはいえ、意中の相手の過去だ。好奇心にあらがえず俺は婆さんの言葉に耳を傾け──。


「──と、その前に茶が来たようだね。まずは一服しようか」


 婆さんが扉の方を向くと、絶妙なタイミングでノック音が響く。お盆に湯気の漂う湯飲みを乗せたシナディさんが入室する。彼女はテーブルに茶を置くと一礼し、退室していった。


 いつも思うが、どうやってタイミングを計っているのだろうか。もしかしてテレパシーか?


次回に、レアルのちょっとした過去のお話。

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