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第十五話 ご契約の際には規約の確認を

ひたすら悩みながらの執筆。あと数話は難産が続きそうです

 

 精霊術の制御は魔術とは別物ではあるが、精神に大きく関わりがあるのは共通している。魔術に必要な魔力は精神力を練り上げて生み出し、精霊術は直接精神力を使う。つまり、魔術の場合は精神と魔術の合間に魔力のワンクッションがあり、精霊術にはそれがない。故に、複雑で強固な精霊術であればあるほど、それが破られたときの影響が術者に跳ね返ってくる。日本の神秘でたとえるなら呪詛返しか。


 瞼を閉じたまま、俺は自分の身に起こった事をぼんやりと思い出す。


 今回は、イメージは単純だが、強固に作った氷の檻が強引に破壊された事により、宿っていた精霊達の悲鳴が俺の体に跳ね返ってきたのだ。レアルとの訓練でも同じような事は度々起こっている。最初の頃は、一日に二度三度と意識が吹き飛んでいた。あいつの攻撃力はちょっとおかしい。


 考えている内に、もやが掛かっていた思考がクリアになってくる。意識はとっくに取り戻しているので、俺は瞼をぱっと開いた。


 …………赤毛さんのドアップ顔である。もうちょいで唇と唇がくっついてしまいそうなほどだ。そんな彼女と、バッチリ目が合う。


「…………近くね?」

「うひゃぁッ」


 謎の奇声を上げながら、赤毛さんはバッと顔を離した。頬は林檎のように真っ赤に染まり、髪との色の境が少なくなる。


 ーーーー惜しいことをしたか? とちらっと考える。


「…………微妙にまだ眠い」


 精神が回復しきっていないのか、頭が重い。それでも俺はどうにかベッドの上で体を起こした。そこで、自分が今までベッドに寝ていたのだと気が付いた。改めて周りを見渡すと、ここは宿で取った俺の部屋だ。俺が意識を失った後、従者さん達は俺の言葉を聞き届けてくれたようだ。


 躯を起こしたが、次に何をするかは一切考えていなかった。・・・・・・とりあえず、レアルを呼んでくるか。隣の部屋にいてくれるだろうか。いなかったら食堂の方にいけばいいか。でも体動かすのがだるい。もうこのままもう一回寝ちまうか?


「あ、あのッ…………」


 二度寝の誘惑に負けそうになった俺に、赤毛さんが絞り出すように言った。先ほどまで赤くなっていた彼女だが、今は打って変わって気弱な表情を浮かべている。


 言いたいことがあるのだろうか。視線を投げ掛けると、赤毛さんはもにょもにょと口を歪ませる。


「…………………………………………その」

「……………………………………………………」

「…………………………………………えっと」

「……………………………………………………」

「…………………………………………あの」


 ループしだしたぞ。


 これはずっと待たなければいけないパターンか? その後何度もループし、待てども待てども赤毛さんは単音のような声を口から漏らすだけで一向に話が進まない。こちらから口火を切るか?


 俺が口を開くよりも早く、宿の扉がドバンっと大きく開かれた。


「ええい、まどろっこしいわっ!」


 俺も赤毛さんもビキュンッと肩を震わせた。扉を壊す勢いで現れたのはレアルと、その背後には赤毛さん従者隊の一人だ。意識を失う寸前まで言葉を交わしていた相手でもある。


「お、おうレアル、おはようさん」

「おはようカンナ。だがもう夕方過ぎだぞ」


 意識を失ってから四時間ってところか。


「全く、驚いたぞ。いきなり走り出したと思ったら、これまたいきなり君が意識を失って運ばれてきたんだからな」

「そりゃ心配かけたな」


 全くだ、とレアルはほっとした風に胸をなで下ろした。


「さてお嬢さん」


 レアルに呼ばれ、赤毛さんはもう一度肩を震わせる。


「君はカンナに言わなければならない事があるんじゃなかったのかい?」


 咎めるまではいかず、大声にも届かずに、レアルは強く言った。


「多分、彼は気にしないだろうな。後ろの従者筆頭さんの話を聞けば、彼の中では既に『勘定』は済んでいるのだからな。行動の根っこは正義感であろうが、実利的な結果を求める強かさは見習いたいところだが」


 迷惑料の謝礼を言っているのだろう。俺としては貰える物を貰えればとりあえず文句は無い。


「しかし、それは彼の中で完結しただけ。本来ならば、真っ先に通さなければならない筋が有るはずだ。ーーーーと、この話はカンナが気を失っている間に終わったと思っていたが、繰り返させるな」


 流れ的に、赤毛さんがレアルに叱られている感じだ。俺の知らない内に赤毛さんがエルフ耳さんの逆鱗に触れたのだろうか。でも、それにしてはレアルはあまり怒っていない。礼儀のなっていない子供をしかる母親に近い雰囲気だ。年齢的に赤毛さんほどの子供がいるはずはないのだが。


 ーーーー胸の豊満な果実のお陰で、母性は溢れているが。


 いやいやいや。おっぱい=母親じゃねぇだろ。さすがにまだ彼女に母性はない。ワイルド寄りだ。


 ……………………昨日からずっとおっぱいのことばっかり考えてるな。


 レアル、赤毛さんと、立て続けに見事な巨乳さんが現れたせいだ。俺は悪くない。悪いのは暴力的なおっぱいだ。って、また考えてる。


 至極まじめな空気の中、一人だけひたすら馬鹿な思考に浸っていると、赤毛さんは意を決したように俺に顔を向けた。


「わたしの名前はファイマ。身勝手だけど、ファミリーネームは伏せさせてもらうわ」


 赤毛さんは自らを名乗ると、頭を下げてきた。


「………………………………これまでの無礼を許して欲しい」


 上辺ではない、心の底からの言葉だとわかる。


「あなたは一度とならず二度までもわたしの身を助けてくれた。なのにわたしは己の好奇心を満たすことばかり考えていて、最低限の礼すら忘れていたわ」


 確かに、赤毛さんーーファイマからの礼は聞いていなかったな。最初から『期待』してなかったからすっかり忘れていた。


「本当に今更ではあるけれど、助けてくれてありがとう。あなたがいなければ、わたしはあなたに礼をこの場で述べることすら無かったわ」

「……………………どういたしまして」 


 美人さんにお礼を言われるのも悪くはない。自然と頬が緩んだ。



 改めて従者筆頭と交渉しある程度の『謝礼』を受け取る。短期間護衛を雇うよりは多くもらったが、迷惑料を込みと考えれば妥当な値段、とレアルが言う。下手にボッタクったり、逆に遠慮すると互いの関係が微妙になってしまう。妥当な線だろう。


 ファイマは命を救われた礼ともう一つ、不必要に俺を追い回した事への謝罪も述べた。


「そもそも、何であんな真夜中に従者も連れずに出歩いてたんだ?」

「たまには一人で散歩をしたいとおもいまして」


 護衛とは言え、むさっ苦しい男従者が四六時中張り付いていたら、気も滅入ってくるか。


「…………あの後、彼にこっぴどく叱られましたが」


 従者筆頭を目に渋い顔になる。主に言いなりなだけの付き人ではないらしい。既に叱られているなら、俺から言うことはない。


 従者さんの話だと、彼女自身かなり高位の魔術士らしく、万全の状況ならあの程度のチンピラに遅れは取らないらしい。事実、彼女はチンピラに絡まれた時点では冷静に奴らを撃退しようとしていた。だが路地裏に潜んでいた仲間の一人に背後から襲いかかられ、腕で首を絞められパニックを起こしてしまったとか。俺が通りかからなければ、あるいは少しでも遅ければ、ファイマはそのまま締め落とされ気絶していた。そして静かになったところを路地裏の奥深くに引きずり込まれーーと、これより先を語るのも、今となっては意味ない。結果として俺は彼女の危機に居合わせ、チンピラ共を撃退できたのだから。


 ちなみに、俺が(文字通り)叩き潰したあのチンピラ共は、あの後従者達がこの町の治安を維持している兵屯所に突き出してきたとか。奴らの素行の悪さは、ファイマだけでなく町の住民も少なからずの被害を被っていたらしい。婦女暴行未遂こそ今回が初めてだったが、窃盗や無銭飲食、暴力沙汰で何かと目を付けられていた。ただ、小悪党よろしく逃げ足が早く、市民の通報から兵士が駆けつけてくるまでの間に毎回逃げおおせていた。この世界の文明レベルだと、現行犯以外に立件逮捕は難しいのだろう。だが、ファイマの新鮮な証言と気絶した上でしっかりと従者さん達が拘束していたので、身柄の引き渡しはスムーズに行われ、とうとう後ろに手が回ったのがあのチンピラ共の末路である。とりあえず、心の底から反省するまで娑婆に出てこないことを願おう。


「そういえばカンナ。おまえもどうして一人で外に出てたんだ?」


 簡単な事情説明は終わっており、レアルも昨晩の経緯はもう知っている。その発言は至極当然の疑問だった。


 ……………………言えるわけがない。エロいねーちゃんの元にナニしに行きましたなどと。


「確か、彼はあのとき何か叫んでましたね。えっと、ニャンニャーー」

「ファイマさんすとぉぉっぷ!」


 危うく赤毛さんが口走りそうになるのを、絶叫で遮る。


「どうしたカンナ、急に大声を出して」

「…………レアルよ、男には黙って一人になりたい時もあるんだ」

「…………? ……………………そうか」


 俺の真剣な声色に、レアルはそれ以上詮索せずに話を打ち切った。


 あ、あぶねぇ。昨晩はかなりはっちゃけた台詞を叫びまくっていた。思い返すと自分でもどん引きするレベルだ。ファイマも俺の必死さに飲まれて口を噤んだ。



「ところでお二人とも。見たところ旅をしていらっしゃるように見えますが」

「ああ。この町には物資の補給に立ち寄っただけだ。明日には出発する」


 レアルが端的に述べると、ファイマはさらに聞いてくる。


「あの…………差し支えなければ、行き先の方を伺ってもよろしいでしょうか?」

「うん? 我々が向かう先はディアガル帝国の方だが?」

「本当ですかッ」


 うぉぅ。行き先を告げた瞬間、赤毛さんがすごい食いついてきた。


 失礼しました、とファイマは咳払いを一つ。


「実は、あなた方二人の腕を見込んでお願いがあるのですが」


 ファイマは魔術に対する並ならぬ熱意があるようだ。家に仕える従者を引き連れ、今はその造詣をさらに広めるための旅にでているという。今回は俺の使った氷の魔術そういうことにしておくが異端すぎて、好奇心が振り切ってしまったとか。


 現在彼女が目指しているのは奇しくも俺らと同じディアガル帝国。かの地に伝わる魔術の秘伝を得るための旅の途中なのだ。


 ディアガル帝国とは、他でもなくレアルの故郷である。多分、ここまで目的地の名称が出てこなかったので補足しておく。


「ですが、今回の襲撃で護衛の一人が戦えなくなってしまいました」

「そんなに重傷だったのか?」

「命こそ助かりましたが、剣を握る方の利き腕を深く切り裂かれていました。元通りには戻るでしょうが、最低でも二、三ヶ月の治療期間が必要になると、治療術士が言っていました」


 元通りになる時点ですごいな。現実世界だったら、骨の接合や神経の縫合とか、それなりに設備の整った医療施設でないと、最悪は腕を切断して他の組織を守る処置になる。さすがは治療魔術。ただ、すぐさま元通りというわけにもいかないか。


「一週間程度ならともかく、一ヶ月以上をこの町で過ごすわけにはいきません。彼には申し訳ないとは思いますが、この町で治療に専念してもらい、我々は先に向かいます。もちろん、その間の生活費や治療費は負担しますが」


 役に立たなくなったらポイ捨てにするつもりは毛頭無いようだ。どこぞの真っ黒黒姫も見習って欲しいね。


「ですが、彼が抜けた穴も小さくはありません。かといって、名も知らぬ誰かを新たに雇うつもりもありません。名前こそ明かせませんが、我が家は確かに『そこそこ』に名のある家系です。それを目当てによからぬ企みを抱く者が近寄ってこないとも限りません」


 贅沢を言っているのか、慎重なのか判断に困るな。だったら素直に家に帰れば良いじゃんといってやりたい。身も蓋もない言い方ではあるが。


「そこでお二人にお話があります」

「…………つまり、我々と契約を結びたいのか?」


 レアルが先んじると、ファイマは「はい」と頷いた。


「幸いというのも変ですが、お二人ともディアガルへ向かう途中。であるならば、その道中に私の護衛も引き受けて貰えないでしょうか。もちろん、報酬の他、その間の生活費や、戦いで怪我を負った場合の治療費もこちらが全面的に補償します」

「至れり尽くせりだな」


 人間一人を雇うに当たり、必要経費を全て負担するとなると、安くはない額になる。それを全面的に補償するとなると、破格の待遇だ。


「ふむ、路銀が多いに越したことはないか。どうするカンナ?」

「俺に振るの?」


 レアルはそれまで聞くに徹していた俺に目を向ける。


「相棒の意見も聞かずに、私の独断で契約を結ぶわけにもいかないだろ」


 俺からすれば、レアルは『保護者』なのだが、いつの間にやら対等な関係に昇格していたらしい。


「つってもなぁ…………」


 俺はとりあえず頬を掻くしかなかった。

前回投稿したときのアクセス数が千名を超えていてびっくり。読んでくれた方ありがとうございます。ブックマークもジワジワと増えているようで、モチベーションあがります。次も一週間以内には出す予定です

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