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第百四十五話 願いを託すは何処に

いつも遊んでるけど、たまには真面目なサブタイトル。


 

 カンナが扉前を警備したレグルスレアルとともに退席した後、皇帝は宰相を伴い皇居内の執務室に戻った。謁見の間は人と会うための場所であり、皇帝は一日の大半をこの部屋で過ごしている。


 己の席に座るなり、皇帝は宰相に聞いた。


「さて宰相。実際に会ってみて、白夜叉という者をどう感じた?」

「……個人的な考えで問題ありませんか?」

「かまわん。むしろそういう意見が聞きたいのだ」

「でしたら正直に言いましょう」


 宰相は己の中の考えを纏めた。


「私の目から見て、あの青年は非常にバランスの悪い人間のように思えました」


 この言葉だけであればカンナが危うい人間に聞こえるが、宰相の考えは違った。

 

「白髪紅眼の容姿こそ珍しくりましたが、実際に話してみれば普通の若者でした。知識は無くとも知恵は働くようなタイプでしょうね」


 人間性も、普通に良心のある若者である、というのが宰相の見解だった。性急に名をあげ始めた者特有の過剰な向上心も無ければ、過度の正義感も持ち合わせていない。


 普段の彼をよく知る人間が最初の意見を耳にすれば、盛大に顔をしかめていたに違いない。珍しく借りてきたような猫のようになっていたカンナなど滅多に無いのだから。


 もちろん、話はこれで終わりでは無い。


「しかし、あの胆力は彼の人間性を考えれば異常・・としか言い様がない。陛下、あなた試すどころか〝本気〟で白夜叉殿のことを威圧していたでしょう?」

「やはりバレておったか」

「長い付き合いですからね。あの場にいた他の者は気づいていなかったでしょうが」


 帝国の要職に付く前は共に冒険者として肩を並べていた二人。周囲の目が無いこともあり、普段よりも気さくな態度で言葉を交わしていた。


 皇帝はカンナの胆力を『騎士団長クラス』と称したがそれは間違いだった。


 元Sランクの冒険者であり、今では一国の長となったケリュオン・ディアガルの本気の威圧を、正面から受け止めてなおも気後れしない度胸。


 皇帝の威圧プレッシャーには、冒険者としての経験に加えてディアガル帝国を背負っている自負が含まれている。それを受け止めるのは皇帝と同等の『何か』が必要だ。


 だからバランスが悪い・・のだ。


 破格のスピードでCランクに上り詰めた人材とはいえ、戦とは無縁の平和な世界から来たカンナ。実力も経験も何もかもが足りないのに、皇帝が放った本気の威圧に正面から対抗した精神力。


「……はっきり言いましょう。彼を囲い込むのは危険です」


 この世界の常識には疎くても、人としての道理を外れるような若者では無い。しかしそれは平時の場合に限られた話だ。


「彼は己のために命を賭けられる人間です。そうでなければ、陛下の威圧を前に抗うことなど出来ないでしょう」


 あの男は、必要となれば皇帝──ディアガル帝国そのものに敵対する道を選ぶだろう。相手がどれほどに強大でどれほどに強力な力を持っていても関係ない。


『義』などというたいそうな理由ではなく、個人的な理由であってもだ。


 そんな者を組織の一部に組み込むなど、恐ろしくて出来ない。下手をすれば組織そのものを崩壊させる原因ともなりえる。


「アレは手元に置くのでは無く、冒険者としてある程度自由にさせておいた方がいい。その方が互いに利益を生む関係を築けるでしょう」


 どこまでも私の個人的な意見ですが、と宰相が最後に付け足した。


 ──勇者とは、世界の危機に瀕した者が縋る最後の希望。弱き者の願いを受け入れて力を振るい、立ちふさがる困難を切り開き未来を勝ち取る者。


 まさに、人の願いを体現する者。


 だが、カンナは違う。


「……人のためでは無く、己のために命を賭ける人間か」


 皇帝は皮肉を混ぜながら笑った。ユルフィリアが異世界より呼び出してしまった『勇者』は、物語に出てくる清廉潔白とは無縁な男だったのだから、笑い話にしかならない。


「勇者召喚で呼び出された者が、勇者とは対極にいるような男であるとはな。皮肉と言うほか無いな」

「逆に聞きますが、皇帝は白夜叉殿にどのような印象を受けたのですか?」

「おぬしとほぼ同意見だな。おぬしほど深くは考えておらんかったがな」


 朗らかに笑う皇帝だったが、その胸中にあるのは二つの懸念であった。


 ──皇帝も宰相も、カンナに対して全ての情報を明かしたわけでは無かった。それはディアガル側の事情だけでは無く、カンナ本人に関してもだ。


「……魔力を持たぬ異世界人──か。果たして、どうやってこれまで生き長らえてきたのか、見当も付かん」


 この世界で『魔力』とは、人間がこの世に生まれる際神から授かった『祝福』とされている。


 魔力を多く秘めた者は、それだけ神からの強い祝福を受ける。すなわち、大きな『運命』を持っていることを意味する。力だけでは無く、周囲の者に強い影響を及ぼし、時代の流れをその手で作り出していく者なのだ。


 理論的に解き明かされたわけでは無い。だが過去の事例を読み解くに、歴史に名を残すような者たちは、善悪の違いはあれど誰もが強大な魔力を持っていた。


 その最たる者が『勇者』と呼ばれる存在。導かれるように異世界より降臨し、世界を滅亡の危機から救い出す様はまさに運命の体現者であろう。


 だが、魔力を持たないと言うことはつまり、『運命しゅくふく』を持たないも同然。より強い『運命まりょく』の前に抗うことも出来ずにやがては消滅──死に直面する。


 なのに、大いなる祝福アークブレスという歴史の裏で暗躍し、世界の運命に干渉してきた存在を相手に、彼は生き残っている。決して偶然の一言で片付けられないのは、レアルの証言からも明らかであった。


「──それに加えて」

「失われた精霊術の担い手、ですか」


 レアルからセラファイド霊山にて氷の大精霊と出会ったと聞かされたときはさすがに度肝を抜かれた。さらには、その大精霊に認められた者がいたのだから驚きだ。


 どこまでも既成の常識が通用しない男。それがカンナという存在であった。


「だが、レアルの連れ合いとなるのは、あのような男であって欲しいと思ったのは本心だ」


 独り言のように、不意に皇帝は呟きを漏らした。 


 カンナにレアルを勧めたのはなにも冗談だけでも打算だけでも無かった。


「あやつが他人を相手にあれだけ感情を発するところを久しく見ておらんかった。本心を見せられるのはこれまで師であるリーディアルだけであったからな」

「陛下……」 

「頂点に立つ者が一人の幸福を願うのは間違っているかもしれん」


 たとえそうであっても、皇帝は願わずにはいられない。


「白夜叉──カンナという異世界の男がこの世界にどのような影響をもたらすかは分からん。だが、あの男との出会いが、レアルの幸福に繋がることを祈ろう」


 そう言って、皇帝は深い黙祷を捧げるのであった。


 ただ一つ。祈りの最中、脳裏に片隅に浮かべるのは。


(この祈りを受け取ってくれる『神』は、果たして誰なのだろうかな)


 皇帝は知っていた。


 ──神は決して、人の願いを叶える存在では無いのだと。


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