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第百十三話 物理的クーリングオフ

今話から戦闘勃発です。

 

 クロエと戯れていると、それまで熱心にパペトを質問攻めにしていたファイマが、こちらをじっと見ていた。曖昧な感情を覗かせるその表情に、俺はクロエを掴む手を離した。


「ぶへぇぁ……」


 乙女が出してはいけない鈍い悲鳴を上げて、クロエが地面に崩れ落ちた。白目でビクビクと痙攣している駄狼は放っておこう。


「ファイマ」

「ふぇっ!? え、えとあの……な、何かしら?」

「や、聞きたいのはこっちなんだが」


 名前を呼んだ途端、彼女はようやくこちらからの意識が向いていることに気がついたのか、慌てたような反応をした。顔が急激に朱に染まり、取り繕うように手が空を彷徨っている。


「ず、随分と仲がいいわよね、あなたたち」

「ドラクニルに来てからそれなりの間、一緒にいたからな」


 しどろもどろになりながら、ファイマは当たり障りの無い問いを掛けてきた。俺は彼女の不自然な様子に疑問を抱きつつ、普通に答えを返した。


「へ、へぇぇぇ。〝それなり〟に〝一緒〟に──ねぇ」


 だが、俺の答えをどう受け取ったのか、ファイマは大仰な様子で頷いた。無論、その頬は未だに赤く、言葉の端は震えていた。視線は、俺と床の染みになっているクロエを行き交っている。


 その様子は、今朝方に彼女が見せた不自然な様子と合致していた。


 ふと、ファイマの背後でキスカが妙にニヤニヤした笑顔をこちらに向けていた。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。


(ちょっと待て。キスカのやつ、今朝になんて言ってた?) 


 ──二人とも、昨晩はお嬢様ともども・・・・・・・素敵なものを見させて貰ったわ。 


 ブワッと背筋に汗が噴き出した。


「ちょ、ちょっとファイマお嬢様にお尋ねしたいんですけど」

「な、何よ。妙に改まっちゃって」


 強気な態度をとる彼女に対して、俺はグビリと唾を飲み込んでから聞いた。


「……き、昨日の晩。お嬢さまはどこにいらっしゃったのでしょうか?」

「──ッ!」


 俺の質問がファイマの耳に届いた瞬間、今度こそ彼女の顔が耳まで真っ赤になった。


 その反応が、全てを物語っていた。

 

 ──昨晩の野外わんわんタイムを、お嬢様にも見られてたぁぁぁぁぁぁ!? 


「……わふぅぅ、酷い目にあったでござる。ん? カンナ氏もファイマ殿も、どうして顔を赤くしているのでござるか?」

「元はと言えば、お前が原因だろうがこの駄狼が!」


 こちらの状況を理解していないクロエが、可愛らしい仕草で首を傾げた。可愛さ余って憎さ百倍の精神で、俺はクロエの脳天に拳骨を叩き込んだ。


「え? え? なんなんでござるか?」


 頭の痛みを手で押さえるクロエは、涙目を浮かべながらしきりに疑問符を浮かべる。


「……お嬢様がたはどうしたのだ?」

「気にしちゃダメよアガット。君にはちょっと早いから」


 目をパチクリとさせているアガットに、キスカは全てを悟りきったかのような表情で肩を叩く。だが、目は完全に状況を面白がっていた。


 ──そこの出歯亀騎士。お前さんとは一度、ゆっくりと話し合う必要がアルラシイナ。


 キスカの頭にも肉体言語ゲンコツをぶちかましてやろうと俺が足を踏み出そうとしたその時だった。


 頭の痛みに悶えていたクロエが、バッと顔を上げた。


 驚きの表情に加え、狼耳がピンと張り詰めている。同時に、俺の脳裏にピリッとした気配が走った。この世界に来てから幾度となく感じてきた感覚だ。


 俺とクロエは、それまで弛緩していた空気を引き締めながら顔を見合わせた。


「……や、なんとなーくこんな展開になる気がしてたが」

「冷静でござるな、カンナ氏」

「〝慣れてる〟ってのが正しいな。あんまり慣れたい類じゃないがなぁ……」

 

 俺は嘆きに近い言葉を吐いてから、手の内に氷の槌を具現した。

 

 場にいるクロエ以外の全員が驚くが、俺は構わずに続けて氷の砲弾を生み出す。


「──ッ、総員警戒態勢! 我々はお嬢様を! 残りの者はガイドの二人を守れ!」


 俺の突然の行動にいち早く状況を悟ったランドが叫ぶと、武器を持つ者全員が指示の通りに動きだす。


 ──バリンッ! とこの部屋にある唯一の窓が外から破られた。


 高い位置にある窓から飛び込んできたのは、外套で全身を覆った──不審者だれかだ。なぜ詳しい外見がそれ以上判別できなかったかといえば。


「玄関から出直してこいやぁ!!」


 乱入してきた何者かは、その直後に俺の発射した氷砲弾を喰らい、飛び込んできた窓にそのままご退場して貰ったからだ。


 突然の乱入者の無慈悲な退場劇(クーリングオフ)を最後まで見届ける前に、俺は叫んだ。


「クロエ!」

「承知でござる!!」


 俺の声が届く前に、クロエは既に走り出していた。彼女が向かう先、廊下の曲がり角から、やはり外套を纏った二名の不審者が飛び出してきた。手には剣を携えている。


 不審者たちは突っ込んでくるクロエに対して剣を向けるが。


ッ!」


 クロエはさらにもう一段加速すると腰の柄に手をかけ、不審者たちが剣を振り下ろす間もなく、擦れ違った・・・・・。すると、不審者たちが剣を振り上げたままの格好で硬直した。


「──やはり、良い刀でござるな」


 不審者たちの背後で足を止めたクロエは、新たな得物(カタナ)を目に、嬉しそうに呟いた。そして、軽く振るってから鞘に刀身を納めると、動きを止めていた不審者たちがばたりと倒れた。もしかしなくても、クロエが抜き放った刀によって切り裂かれたのだろう。彼女が駆け出してから立ち止まるまで目を離していなかったつもりだが、いつ刀を抜いたのか、まったくわからなかった。


「おっと、感心してる場合じゃ無い」


 俺は最初の不審者が飛び込んできた窓の下に駆け寄る。新たな乱入者が飛び込んでくる前に、俺は精霊術で壊れた窓枠を分厚い氷を作って塞いだ。窓が高い位置にありさほど精霊を集中させなかったが、厚みを持たせただけあり強度は中々。俺の意識下になくとも並大抵の攻撃では破壊出来ないはずだ。


「これでよしと──おっさん、そっちは大丈夫か?」

「ああ、こちらは問題無い」


 氷の槌を斧に変化させてから肩に担ぎ、俺はランドの元へ向かう。襲ってきたのは窓からの侵入者と廊下の奥から飛び出てきた二名だけだったようだ。


「さすがだなクロエ。剣を抜く瞬間がまるで見えなかったぞ」

「やぁ、最近妙に調子が良いんでござるよ。体のキレが冴え渡っているというかなんというか」


 照れ臭そうに笑うクロエだったが、さすがに状況が状況だけに表情を引き締めると、己が斬り伏せた不審者の一人に近寄った。


「とりあえず、狼藉者のつらを拝むでござる」

「生きてるのか?」

「一応、急所は外しておいたでござる──」


 彼女が不審者の顔を拝もうと手を伸ばすと、倒れていた二人の体が突然大きく痙攣し、直後に糸が切れたように弛緩した。クロエは慌てて不審者の様子を調べるが、やがて手を離して首を横に振った。


「事切れたでござる。そこまでの深手を負わせたつもりはないのでござるが……」


 クロエは冒険者という仕事柄、魔獣相手とはいえ命の遣り取りに触れてきている。険しい表情でありながらも、落ち着いた様子で不審者の死を告げた。この場にいるほとんどの人間も同じだろう。


 とりあえず危機は去ったが、これが一時的なものであるのは誰もが感じていた。

『邪剣伝説』

 http://ncode.syosetu.com/n4184dl/

 十万字を目処に書いている、短期連載中の小説。

『カンナ』に比べるとエロ少なめシリアス多め。そして主人公が割と無双系。そんな物語を読みたければこちらもどうぞ。


 エロを求めたければ『カンナ』の三十三話と百話に飛ぶべし。

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