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今際の青  作者: 由科
第一章 灰舞う桜
9/20

黒猫


 今回はちょっと短め。


 話の区切りを何処にするか、いつも悩みます。







 朝を告げるアラーム音がけたたましく鳴り響く。


 それを勢いよく押し止め、まだ半分眠っている体でごろりと寝返りを打とうとする。


 しかし、それは異様に重い体のせいで阻止された。



「……ん……」



 ずしり、と寝ぼけた体に異様な重力がのしかかっている。


 掛け布団をしっかりと掛けて寝ているはずなのに、妙な冷気が全身を包み込んだ。


 うつらうつらした意識を呼び起こしながら、ゆっくりと瞼を開ける。



 すると、目の前は何故か黒一色に覆われていた。


 眉をしかめながらじっと目前の暗闇を見つめていると、その“黒”は微かに蠢き不気味な光を放った。



「―――うわっ!?」



 慌てて飛び起きると、目と鼻の先にへばりついていたそれは綺麗に剥がれ落ちた。


 布団の上に落下したそれは、うごうごと不気味に蠢動し転がり回る。


 布団一枚を挿んでいるとはいえ、膝の上を動き回るその感触には鳥肌が立った。


 が、部屋の暗さに目が慣れてきたことで、それがやけに見慣れた姿形をしていることに気付く。




 リィン。




 首元に輝く鈴が、小さな音色を奏でる。


 オレをまっすぐに見つめる金色の瞳。


 優雅に揺らめくしなやかな尻尾。


 其処にいたのは、紛れもない黒猫だった。



 だが、問題が一つ。


 我が家の主もとい椹木は、大の猫嫌いだ。


 間違っても猫を飼うこともなければ、ましてや野良猫を拾ってきたり招き入れたりはしないだろう。


 ならば何故、この黒猫は我が物顔でオレの部屋にいるのだろうか。



 カーテンを閉めきっているせいか、部屋の中は朝にもかかわらず薄暗い。


 そのせいか、猫の尻尾の先端が暗闇に溶けてゆらりと輪郭を失っているように見える。



「お前、ただの猫か? それとも……、ムゲンか?」



 つい疑問が口から零れるが、猫が喋ることなどなくただその場に座ったまま、ゆらゆらと尻尾を揺らしただけだった。



 昨日の今日だ。


 さすがに警戒心の一つや二つ、発動せずにはいられない。


 しかし、黒猫からは悪意も敵意も伝わってこない。


 何処か憂いを帯びた金色の瞳は、一切揺らぐことなくオレを捉え続けていた。



 ―――すると、黒猫の両耳がピンと立つ。


 ドアの方を見つめ、ナァーと小さく鳴いた。


 次の瞬間、部屋のドアは乱暴に開け放たれ、やけに苛立っている様子の椹木が姿を現した。



「直親! 今日は先に出る、戸締りだの色々頼んだぞ、あと学校にはちゃんと行けよ!」



「あ、うん。何かあったの」



「あぁ、例の果実の件でちょっとな」



 切羽詰まった顔をする椹木は早口にそう呟くと、踵を返しすぐに部屋を出て行ってしまった。


 あっという間に聞こえなくなった騒々しい足音に、なんとなく隣で座っている黒猫へと視線を移す。



 オレの視線を受けて音もなく立ち上がった猫は、小さな鈴の音を響かせながらベッドから飛び降りた。


 くるりと振り返り、行かないのかと言わんばかりに鳴いてみせる。



「……オッサン、お前のこと見えてなかったな」



 ベッドから腰を上げながら小さく声をかけると、微かに鈴の音が転がり金色の瞳と目が合った。



 昨日、志乃が言っていた。


 ムゲンは通常なら目視されることはないのだと。


 それが人の姿を介した者限定なのか、はたまたそれ以外のすべてのムゲンに当てはまるのかは定かでない。


 けれど、幽霊や付喪神もムゲンであるというのなら、どちらにせよこの猫はムゲンである可能性が限りなく高いということになる。



 人がそのようなことを考えているとも露知らず、黒猫はとたとたとUターンしてきた。


 ベッドの方へと戻ってきたかと思えば、オレの足元にすり寄ってゴロゴロと喉を鳴らし始める。


 スウェットの上からでも確かに感じる温もりと、猫特有のしなやかさと柔らかさ。


 目の前にいるのがムゲンなのか、はたまたただの猫なのか、まったく判別がつかず参ってしまった。



「…………はぁ」



 とりあえず、今はもう少し様子を見ることにしよう。



 半ば諦めながらも、ひとまず朝食を取りに下の階へと向かうべく足を進めた。


 その後ろを、軽やかな音色がついてくる。


 その音が、やけに耳に心地よかった。




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