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今際の青  作者: 由科
第一章 灰舞う桜
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負の“ムゲン”

 今さらですが、ホラーチックな描写が多いことに気付きました。





「それで……どうしてオレが、“大切なモノ”すべてを失うってことになるんだよ」



 あの路地で、ムゲンの少年に襲われかけた時。


 第一声、志乃はそう言った。


 その言葉に母や幼馴染達の顔が過ったことも確かだが、それらの繋がりが未だに見えてこない。


 しかし、それはただオレの目に見えていないだけで、何処かで必ず繋がっている。


 そしてそのことに気付いた時には、周りにあったはずのモノはすべて消えてしまっているような、そんな気がしてくる。



 その繋がりが、まだ断たれていないだろうか。


 ちゃんと、まだ繋がっているのだろうか。



 漠然とした不安と恐怖に、ポケットの中にある携帯へと手が伸びる。


 指先に触れるひやりとした感触に、痛いほどガチガチになっていた体の強張りが微かに緩んだ。



 じっと膝の上に置かれた手に視線を落としていた志乃は、何処か言いにくそうに間を空けてから口を開いた。



「原因は、よく分からないんですけど……刀祢くんは、悪意から生まれたムゲンを異様なほど引き寄せているんです」



「引き寄せてるって……、どうして?」



「だから、それは分からないって言ってるじゃない。その耳はただの飾りのようね」



 馬鹿にするような哀歌の声に、カチンとくる。


 しかし、現状そんなことを言っている場合でもない。



「それって不味いのか?」



「不味いなんて次元じゃないわ。普通ならとっくのとうに、負のムゲンに取り込まれて『化け物』に成り果てていてもおかしくないのよ」



 一寸の狂いもなくまっすぐオレを指差す哀歌は、やはり奇妙なものでも見るような眼差しを向けてくる。


 そして、彼女は何故かニヤリと口角を吊り上げ、嫌に意味深な黒い笑みを張り付けた。





「なのに……、どうして“それ”にまとわりつかれても、アナタは平然としていられるのかしら?」





 哀歌は微かにオレから指先をズラし、肩の辺りを睨みつけるように見据えた。


 恐る恐る首を回し、彼女が指差す場所を確認する。


 先ほどまで何もなかったはずの肩には、おどろおどろしい色をしたゼリー状の物体がべっとりとこびりついていた。



 その存在を意識した途端、それがついている左肩がやけに重くなり、謎の寒気が襲ってきた。


 振り払おうにも粘着質なそれはちょっとやそっとではびくともせず、引き剥がそうにも直接触れることが躊躇われる色をしている。


 ただのゼリー状のものならまだしも、不定形の中に人の目や口のような部位が窺えてこの上なく不気味だった。




 ――クスクス――



 ――キャキャキャッ――




 子供なのか、それすらも判別出来ないほど様々な音が混ざり合ったような、薄気味悪い笑い声が肩から響いてくる。


 その反面、悶え苦しむ呻き声や悲鳴のような阿鼻叫喚も混ざって、思わず耳を塞ぎたくなるような不協和音が全神経を震わせた。



 耳を塞いでも、頭の中に直接音が流れ込んでくる。


 頭蓋骨の中で音が反響し、胸の奥からせり上げてくる不快な塊が喉元まで上ってきた時。


 肩が脱臼するのではないかと思うほどの衝撃と痛みが、突如左肩を襲った。


 痛みの直後、全身を支配していた謎の不快感は綺麗に取り払われていた。



 ……な、何が起きたんだ……?



 目を何度もぱちくりとさせて唖然としていると、目と鼻の先に傘の先端が突きつけられた。


 ぎょっとして仰け反ると、如何にも鬱陶しそうに顔をしかめた哀歌がオレをじっと見下ろしていた。



「……この調子だと、周りの人間が死ぬ前にアナタが死にそうね」



 傘を大振りに横へと振り払うと、床に飛び散った黒い物体は短い断末魔を上げて消滅した。


 はっとして自分の肩を確認するが、其処には微かにゼリー状の物体の残骸は残っているものの、恐怖に体が動かなくなるほどのものは跡形もなくなっていた。


 頭が追い着かないながらも安堵していると、腰を屈めた志乃が肩を払うように優しく触れてきた。


 その手がやけに温かくて、情けなく顔が歪んでいくのが分かる。



 深く俯くと、手の平が面白いほどに震えているのが見えた。


 肌は血の気が引いて青白くなり、急に心臓が喧しく鳴り立て始める。


 先ほどとはまったく違う、熱い塊がせり上がってくるのを眉間に力を込め堪えていると、顔を覗き込んできた志乃と目が合った。



「今、刀祢くんが見たものが、負のムゲンなんです。人間の負の感情から生まれた、歪んだ“思い”……これを引き受けすぎると、とてもじゃないけど正気じゃいられなくなる」



 眉頭を寄せながら呟く彼女は、震える手を優しく包み込んだ。


 オレの目の前にしゃがみ込むと、ゆっくりと目を細めながら手を握る力を強めた。



「もう時間がありません。だけど、必ず……刀祢くんのこと、守ってみせますから」



 そう断言する彼女は、真摯な眼差しをオレに向けた。


 しかし、その瞳は別の何処かを見据えているように思えた。





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