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今際の青  作者: 由科
第一章 灰舞う桜
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謎の少女




「ついてくんなよ!」



 静かな夜の住宅街に、オレの苛ついた声が小さくこだました。



 しかし、不気味なほどニコニコと笑みを浮かべる少女は、「お断りします」と悪ぶれもせず即答する。


 背後から聞こえる足音は止まることなどなく、思わず舌打ちが零れそうになるのを必死に堪えた。



 自分の肩越しに振り返ってみれば、彼女は一定の距離を保ちながら後ろをついて来ていた。


 気付くと、先ほどまではいなかったはずの中学生くらいの少女も増えている。


 やはり身長と比較すると大きめの傘を、今度はオレと歳の近そうな彼女が日傘よろしく差しながら歩いていた。


 不意に目が合うと、青みをおびた銀髪をなびかせる小柄な少女は、紫色の瞳を気だるげに細め睨みつけてきた。



「アナタ、ちゃんと志乃(しの)の言うことを聞いていたんでしょうね?」



「はっ、シノ? 誰だよそれ」



「あ、私のことです」



 控えめに挙手したのは、サイドの髪だけが鎖骨辺りまでの長さがある、栗色髪の少女だった。


 足を止めしっかりと顔を合わせると、彼女は何処か嬉しそうに口角を持ち上げた。



「見えるんですね。哀歌(あいか)ちゃんのこと」



 哀歌というのは、あの目付きの悪い小柄な少女のことだろうか。



 意味深に紡がれた言葉の意味を考え、寒気がゾッと背筋を撫でる。


 たじろぎながら後退ると、志乃は慌てた様子で声をかけてきた。



「あっ、ごめんなさい! 別にさっきのは、怖がらせようと思った訳じゃなくて……」



「失礼ね。このワタシを幽霊と同一視するだなんて、言語道断よ」



「わ、私は哀歌ちゃんのこと『お化け』だなんて言ってないですよ!?」



「……別に、志乃には言ってないわよ」



 哀歌の冷めた目に、うっ、と小さな呻き声を漏らす志乃。


 その様子は、少し年の離れた姉妹のようだった。


 とはいえ、どちらが姉なのかということには触れないでおこう。



 二人の和やかな空気に、中途半端に肩の力が抜ける。


 警戒心は解かないままに、自分の置かれた状況を一度頭の中で整理した。



 つい数分前のことだ。


 この数年見かけることのなかった幽霊の類が、再びオレの前に姿を現した。


 しかし、哀歌の持つ傘を振るった志乃が、それを追い払ってくれたのだ。


 そして、こう言い放った。


 このままだと不幸の“思い”に押し潰され、一週間以内に大切なモノすべてを失う―――、と。


 突然現れた見も知らぬ相手の言葉を鵜呑みにするほど馬鹿ではないと自負している。


 だが、その言葉に脳裏を過った顔がいくつもあり、心に暗い霧がかかったような気分だった。



 ……母さん。それに、秀樹と瞳。



 母は現に、眠り姫病で床に臥している。


 秀樹と瞳に関しては今のところ気がかりもないが、いつ何が起きるか分からない。


 ましてや、オレと行動を共にしているのなら尚更だった。


 いつ、何処で、誰に目を付けられているか分かったものではない。



 兎にも角にも。


 志乃にはこれまで見聞きしてきたあの幽霊の正体や、何故連中に好かれるのが自分だったのか、その理由が分かるのかもしれない。


 しかし、まだ半信半疑ではある。



「……それで? あんたらは、一体何なんだよ」



 信用するに値する人物かどうかは、これから慎重に判断すればいい。


 ただ、細心の注意を払い続けなければならないが、何も分からないままよりは幾分かマシだろう。



 警戒心を隠すことなく尋ねると、志乃は眩しいほどの笑顔を湛えた。



「私達は……直親くん、あなたの心を助け、その“思い”を守りにきたんです」



「胡散臭い。あと、いきなり名前呼びとか馴れ馴れしい」



「えぇ!? だ、駄目でした!?」



「当たり前だろ。訳の分かんないこと言ってる怪しい人に、名前で呼ばれる筋合いないんだけど」



 ピシャリと言い放つと、志乃はあからさまに落ち込んだような顔をした。


 哀歌からはゴミでも見るような目で睨まれ、一瞬ですこぶる居心地が悪くなる。



 とはいえ前言撤回する気はさらさらなく、ただ顔をしかめながら沈黙を貫いていた。


 その時。


 ひどく不愉快そうに顔を歪めた哀歌が、蔑みを込めた目でオレを一瞥した。



「こんな奴、構うだけ時間と労力の浪費よ。志乃、このガキは放っておいて他をあたりましょう」



 カチンときて、思わず口を挿みそうになる。


 しかし、それを遮る志乃の表情は、やけに真剣なものだった。



「それは出来ませんよ。もう、“彼一人の問題”ではなくなってしまっているんですから」



 ……どういう意味だ?



 その言葉の意味を訪ねようとするが、哀歌の鋭い視線に喉元まで出かけた言葉を呑み込んだ。


 しくじった、と思ってももう遅い。


 志乃はどうか分からないが、既に哀歌からはかなり敵視されてしまっていた。


 それだけのことを言ったのだからと、今さらどうこうする気もまったく起きなかった。



 本当に、妙なところばかりが正直で嫌になる。



「はぁ―――」



「直親ぁ!」



 溜め息に被せるようなどすの利いた男の声に、地上から微かに足が浮くほど大きく体が飛び跳ねた。



 ぎょっと体を強張らせたまま振り返ると、無精髭によれよれのスーツ姿でやつれた男が、夜にもかかわらずけたたましい足音を立て爆走していた。


 その男は瞬く間に目の前までやってきたかと思うと、そのままオレの首にラリアットを決め込んだ。



「―――ッ!」



 喉と背中を襲う激しい衝撃に、一瞬呼吸が止まる。


 やっとの思いで肺から絞り出した空気を吐き出し噎せ込んでいると、乱暴に胸倉を掴まれ無理やり立たされた。


 寝かせたいのか立たせたいのか、行動の意図がまったく読めず混乱する。



 痛みと理解不能な現状に目を白黒させながら、視界にチカチカと浮かぶ小さな光を眺める。


 唖然とその光景を見つめている志乃と哀歌は、何処かよそよそしく距離を取っていた。


 つい先ほどあんなことを言った手前言える立場ではないが、出来ることなら助けて欲しかった。


 いくら虫がいいと言われたとしても、ここまでの仕打ちを受けて泣き言の一つも言うなという方が無茶である。



 未だに残り続ける喉の違和感に、数回咳を零す。


 鈍い痛みを抱える背中を労りながらジトリと睨み上げると、オッサンはオレの頭を鷲掴みにして乱暴に振り回した。



「このクソガキが、病院飛び出してったつーから家を覗いて見りゃ、何処にもいやしねぇ! 仕舞いにゃ俺の嫁と娘から心配だから捜して欲しいって頼まれるわ……、ただでさえ仕事が立て込んで疲れてるっつーのに、街中どれだけ捜し回ったと思っていやがる!?」



「嫁ってそれ、『元』だろ。つか、瞳のやつ余計なことを……」



「うるせぇ! 今年中には『元』が取れる予定なんだよ、復縁目指して頑張ってんだぞ馬鹿野郎!!」



 鈍器で殴られたかと思うほどの重々しい衝撃が、激痛と共にすさまじい勢いで降ってきた。


 悲鳴を上げる余裕すらなく、痛みに悶絶しながら頭を抱える。


 あまりの痛みに涙目になっていると、突然明るい声が間に割って入ってきた。



「あの。ここだと近所迷惑になってしまいますし、続きはお家でされてはどうですか?」



 ぎょっとして勢いよく顔を上げる。


 志乃の提案に目を丸くしている姿を横目に、考えの読めない彼女の笑みを睨みつけた。


 しかし、その隣から限りなく殺気に近い睨みが飛んできたため、即刻目を逸らす羽目になる。



 そんなことをしているうちに、話は妙な方向へと転がり始めた。



「おぉ、そうだな。嬢ちゃんはさっき、うちのと話してたみたいだが……友達か何かか?」



「はい。なお―――、……刀祢くんと同じ学校の高等部に通っていて、其処で知り合いました」



「ほぉ? じゃあ、これよりも年上の姉ちゃんか。……へぇ?」



 ニヤニヤと視線を送ってくるオッサンに顔をひそめながら、適当な嘘をのたまう志乃の意図を必死に探ろうとする。


 しかし、彼女は相変わらず表面的な笑顔を浮かべるばかりで、一切の綻びも見せなかった。


 隣でぶっきらぼうにそっぽを向いている哀歌も然り、一向に何を企んでいるのか汲み取ることが出来なかった。



 本当に、何を考えているんだ……?



 キリのない思考にも嫌気が差してきた頃、オッサンが飛んでもないことを口走った。



「そうかそうか。……そうだな、もう時間も時間だ。よければ家で晩飯でも食っていくか?」



「は!?」



「え、いいんですか? それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます!」



「ちょ、なん……っ!?」



 一人困惑するオレを置いて、二人は一足先に家へと向かって歩き始める。


 呆然とその後ろ姿を眺めていると、隣から至極満足げな声が飛んできた。



「諦めなさい。あの子、ああ見えて結構したたかよ」



 傘に隠れて口元しか窺えないが、その表情は実に腹黒く性格の悪そうな笑みを湛えていた。





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