9.瞬間移動のキイロ
「きゃああ!」
林の中を歩いていた金髪の若者の耳に、女性の悲鳴が聞こえた。
一見、男の子のようにも見えるが、外見がボーイッシュなだけで女性である。
年齢は20歳ぐらいか。
若者は、声のした方に走った。
「!」
若者は頭上に、自分と同い年ぐらいの女性が、クモ型ガイチュラの巣にかかっているのを発見した。
「ク、ク、ク……、うまそ~~。食べちゃうぞ~~」
体長7~8メートルくらいのガイチュラが獲物の女性に迫っていく。
「助けて!」
獲物となった女性は叫んだ。
金髪の若者は腰のサーベルを抜いた。
そして木々の間をジグザグに器用に跳躍しながら樹上へ向かうと、そのサーベルで木々とつながっているクモの糸を次々切断した。
「わわ!」
バランスを崩し、ガイチュラが声を上げた。
木々とつながっていた糸の半分が切られ、巣はだらんと半分落下した。
獲物となっていた女性は巣にからめ取られたままぶら下がる形となり、地上への落下は避けられた。
一方、ガイチュラは地上に着地。
対峙するように金髪の若者も着地した。
「何だよオマエ~~、ボクの食事時間を邪魔して~~」
ガイチュラが言った。
「私は、ドライバウター。人間がガイチュラのエサになるのは見過ごせない」
「何、ドライバウタ~~!?」
若者の答えを聞いてガイチュラが叫んだ。
「ドライバウター? それじゃ、あの人が」
宙づりになった網状の糸の中で、女性が言った。
「ドライバウターだろうが何だろうが、ボクの食事の邪魔をする奴は許さな~~い!!」
ザザザザッと音を立てて、ガイチュラが尖った8本の足で襲ってきた。
カンカンカンカン!
若者はサーベルで、フェンシングのようにそれらの攻撃をさばいた。
しかし、1対8。
若者は徐々に押され、後退した。
「そらそら、もう後が無いよ~~」
ガイチュラは徐々に若者を太い木の方に追い詰めながら言った。
若者の背が木の幹に着いた。
「とどめだ!」
ガイチュラの尖った1本の足が若者の顔面を貫かんと襲った。
若者は上へ跳躍してそれをかわした。
ガイチュラの体を踏んで再び跳躍すると、ガイチュラの背後に着地した。
「身軽だね~~。そらそらそら~~」
再びガイチュラが8本の足で襲い掛かる。
それを巧みなサーベルさばきでかわす若者。
しかし、やはり徐々に後ろへ追い詰められ、さっきとは別の木の幹に背中が着いた。
すると今度は、ガイチュラは足で攻撃するのではなく、口から糸を吐いた。
「!」
それが若者を捕らえ、若者は木の幹に糸の網で捕えられ、はりつけのようになってしまった。
「いくら身軽でも、これじゃ動けないよね~~」
自由を奪われた若者は、黙ってガイチュラをにらみつけている。
「串刺しにしてから食べてやるうう~~」
ガイチュラの尖った足が若者に迫った。
だが、ガイチュラの足が刺さったのは、若者ではなく、その背後にあった木の幹だった。
若者の姿は消えていた。
網状に若者を捕らえていたクモの糸だけが残っていた。
「あれぇぇぇぇ? どこ言ったぁぁぁぁ?」
ガイチュラがキョロキョロ辺りを見回した。
「こっち、こっち」
若者はガイチュラから少し離れた場所に木を背にして立っていた。
「ク、ク~~~~!!」
ガイチュラは咆哮すると、再び糸を吐いた。
だが、またも若者の姿は消え、糸はむなしく木の幹のみを捕えただけだった。
「ふふふ」
またも若者は別の木を背にして立っていた。
若者が余裕の笑みを浮かべた。
「おのれ今度こそ~~!!」
ガイチュラは8本の尖った足で同時に若者を襲った。
しかし、またも若者の姿は消え、木の幹にガイチュラの8本の足が刺さっただけだった。
「どこを狙っているの?」
若者はガイチュラの背中に立っていた。
「くがあっ~~!!」
ガイチュラは奇怪な咆哮を上げ、両の2本の足で背中の若者を狙った。
若者の姿は消え、ガイチュラの2本の足は、自分の背中を刺してしまった。
「グモオ~~!! 痛てててて!」
ガイチュラが悲鳴を上げた。
若者の姿は、また別の場所に現れた。
「自分で自分を串刺しにして食べるつもり?」
若者は言った。
ガイチュラは木の幹や自分の背中から8本の足を抜くと、若者に向き合い、言った。
「高速移動……、いや瞬間移動だな……」
「その通り」
若者の答えに、ガイチュラの表情が先ほどまでより真剣になった。
「そんなら、戦い方を変えるまでだよ~~」
ガイチュラは向きを変えると、糸の網で宙吊りになったままの女性に向かって、ザザザザツと走り出した。
「お前ら人間は、人質を取られると弱い! あいつを人質にしてやるぅぅ~~」
「ひっ」
迫り来るガイチュラに、宙吊りになったままの女性の顔はひきつった。
若者の姿が消えた。
消えた若者は、女性の直ぐ隣に姿を現すと、女性の体にタッチした。
ガイチュラが2人の直前まで来た。
ガイチュラが8本の足で、宙吊りになっていた女性と金髪の若者をガッシと捕まえた。
――ように見えたが、ガイチュラが捕まえたのは、だらりとぶら下がり、もぬけの空となった、自分の糸による網だけった。
若者と女性は、ガイチュラから離れた場所に瞬間移動していた。
「くっそ~~。だが、あちこち逃げ回っているだけじゃ、このボクは倒せないよ~~」
「心配しなくても、倒してあげるよ!」
若者が何かを投げた。
手投げ弾だ。
手投げ弾は、ガイチュラの体に当たって爆発した。
もうもうと爆煙が立ち上がり、やんだ。
「ムダだね~~。そんなものボクらガイチュラには効かないよ~~」
ガイチュラの体には傷1つついていない。
「確かに外側からは無理みたいだね。だけど、内側からならどうかな!?」
若者が2こ目の手投げ弾を投げた。
――ように見えた。
若者の手を離れるか離れないかの瞬間、手投げ弾は消えたのだ。
一瞬の静寂。
「ん? 何だい? 何をしたのかなあ~~?」
ガイチュラが言った。
「今、爆弾を、おまえの体内にテレポートで送り込んだ」
「は?」
ガイチュラには、若者の言葉の意味が分からない。
「私は、一度さわれば、その中にテレポートで物を送り込めるの。今、おまえの体内に爆弾を送り込んだというわけ」
「はあ? 一度さわればだと?」
若者の言葉を聞いて、ガイチュラは先ほど若者が自分の背中に立った時があった事を思い出した。
「何ィ? ボクの体内に爆弾を? そんな嘘だろ? おい!」
半信半疑で狼狽するガイチュラ。
「嘘じゃないさ。もうじき分かる。3、2、1……」
若者が
「ゼロ!」
というと同時に、ガイチュラは内部から爆発した。
体が粉々になったわけではないが、目や口や、足と胴体の接ぎ目などから爆炎が噴出した。
ガイチュラは動かなくなった。
「大丈夫?」
気遣う若者に女性が尋ねた。
「あ、ありがとうございます。ドライバウターってあの……?」
「そう。ドライ バウト(Dry Bout 冷徹な戦い)でガイチュラどもをドライブ アウト(Drive Out 退治)するドライバウター」
言いながら、若者は女性の体のあちこちに残っているガイチュラの糸の残りを取ってやった。
若者が胸の辺りの糸を取った。
女性が少し胸をかばうようなしぐさをした。
どうやら男性と勘違いされたらしい。
男性に胸の辺りを触られたら、女性は誰でも抵抗があるだろう。
誤解を解かねばと若者が言った。
「あ、あのさ、一応言っておくけど私、女だから」
「え……」
「名前はキイロ。よく男の子に間違えられるんだよね。髪が短いからかな」
そう言ってキイロと名乗ったドライバウターの若者は笑った。
確かに少年のようにも見えるが、やっぱり女の子の顔立ちだ。
「ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」
「いいのいいの。で、あなたの名前は?」
「私はミチル。この林を抜けたロンの村の者です」
「ロンの村? ちょうど良かった。あたしたち兄弟3人でロンの村へ向かっていたんだけど、さっき別のガイチュラと戦っている内にはぐれちゃって」
「まあ……。」
「ま、大丈夫だとは思うんだけど」
その時、遠くから声が聞こえてきた。
「ミチルー」
「おーい」
「無事かー!?」
声を聞いてミチルの顔が輝いた。
「あれは、ジャックたちだわ」
向こう側の木々の間から、ジャック、セシル、ケン、そしてハヤトが現れた。
「あれ、キイロ!」
「ハヤト兄さん!」
ハヤトとキイロも兄妹の再会を果たした。
「この人が、君たちが探していた?」
ハヤトが、ジャックたちに聞いた。
「ああ、もう1人の仲間のミチルだ」
「そうか、無事で良かったな」
そう言うハヤトに対し、キイロがおどけて言った。
「ちょっとお兄様。可愛い妹に心配のお言葉はありませんの?」
「そうだった、そうだった。キイロどの、大丈夫でござったか?」
ハヤトもおどけて応じた。
「はぐれたご兄弟というのはこちらの方なんですね?」
セシルの問いにハヤトが答えた。
「ああ、妹のキイロだ」
今度はミチルがキイロに言った。
「確かご兄弟は3人では?」
「うん、あと1人ね」
ロンの村の広場では、1人の少年が敵に取り囲まれていた。
少年の年は十代後半。
髪の色は深緑。
そして少年を取り囲んでいる敵とは。
無表情な感じで、こん棒やら短剣やらを持った――。
人間の男たちだった!
キイロ19歳。
12兄弟姉妹の5番目、三女。
身長165cm。
髪の色、金。
その能力は瞬間移動。
腰の両脇にサーベルを2つ備え、武器とする。