45.湖の3人娘
ジャック目がけて一斉に群がるヒメールランド100人の兵。
八虐の魔人フドーに操られているのだ。
だが、ジャックはやられていなかった。
100人の兵たちが自身に到達するより一瞬早く、垂直に高く跳躍していたのだ。
そのまま、フドー目がけて、一気にジャックは切りかかった。
「もらった!」
ガキッ!
激しい金属音。
フドーは、マントの下から三又の槍を出し、ジャックの剣を受け止めていた。
「誰が“もらった”だって?」
フドーが残虐な笑みを浮かべる。
「命をもらうのはこっちなんだよ」
フドーは槍をなぎ払った。
勢いでジャックがはじき飛ばされる。
何とか着地するジャック。
そこにまたもやわらわらと群がり襲い来るヒメールランド100人の兵。
――と、どこからともなく発せられたレーザー光線が、次々に兵たちの剣の刃を撃ち砕いた。
「? ――これは」
馬車の方を見やるジャック。
御者台には誰も居ない。
12兄弟姉妹一人ひとりの能力について、ジャックは詳しく把握しているわけではない。
だが、これはミドリによるものだろうとジャックは察した。
実際、これはミドリが透明になって放ったレーザーだった。
ジャックは峰打ちで兵たちを次々倒すと、再びフドーに向かっていった。
「けっこうやるじゃないか」
フドーは、槍で突く動作を高速で繰り返しジャックを襲った。
それを剣でさばくジャック。
だが、少しずつ押されてきた。
ジャックの旗色が悪い。
「ジャック……」
透明になったまま、ミドリは案じた。
だが、手を出すなと言われ、了承した以上、ジャックから助けを請われるまでは手を出すわけにはいかない。
ジャックにも戦士のプライドがあろう。
「そらそら! もう後が無いぞ~~」
ジャックはフドーに、太い幹に向かって追い込まれていた。
カーン!
フドーの槍さばきで、ジャックの剣が飛ばされた。
槍を両手で高々と掲げた体勢で一瞬フドーは静止した。
その一瞬をジャックは見逃さなかった。
隠し持っていた短剣を、フドーが首から提げている酒トックリに向かって投げつけたのだ。
酒トックリはバカンと割れ、フドーは酒浸しになった。
「何しやがる! これは、そこらの安酒じゃないんだぞ」
フドーが怒りの声を上げた。
「じゃあ、あの世でゆっくり飲みな!」
ジャックはポケットからライターを出して火を点けると、酒びたしのフドーに投げつけた。
「!!」
フドーの“高級酒”はアルコール度数も“高級”だった。
ライターの火は酒びたしのフドーのマントに引火し、たちまちフドーの体は燃え上がった。
「ぐ……、ぐわ……、くそ!」
フドーの体は八割方、炎に包まれたが……致命傷ではなかった。
いまいち火力が足りない。
「やってくれたな、人間め!」
フドーは、炎に包まれながら、ジャックに襲い掛からんとした。
火の抱擁だ。
魔人のフドーはともかく、そんな事をされたら生身の人間のジャックはひとたまりもないだろう。
その時、またもレーザーが放たれた。
それらはフドーの燃えているマントや衣類をかすめた。
複数のレーザーの熱で、火の勢いが一気に増した。
フドーはたちまち火だるまに。
「ぐ……、ぐわーー、ぎゃああああ!!」
フドーは悲鳴を上げて、のた打ち回った。
「ジャック、今よ!」
姿は見えないまま、ミドリの声がした。
ジャックは、さきほど飛ばされた己の剣を拾うと、フドーに切りかからんと襲い掛かった。
「ち……、勝負は預ける」
フドーの姿は、すうーっと消えた。
煙と焦げ臭い匂いだけが残して。
入れかわるように、ミドリが姿を現した。
「ミドリ――、」
ジャックが言いかけた。
「ごめんねジャック。手を出してしまって」
ジャックの言葉にかぶせてミドリが言った。
「いや、ありがとう。助かった」
ジャックは素直に礼を言った。
ヒメールランド第1王女ベリーの行列はサファイアエリアを目指す。
既に夕刻となり、この日の宿泊地である村に一向は到着した。
この村には王族の遠縁に当たる一家が住んでおり、村長を務めていた。
村長には一人娘がいて、名前はラム。
ベリーと同じ19歳だった。
父親である村長と、ラム、ベリー、そしてアオイとヒロシの5人で夕食を囲んだ。
「ほう、そうですか、この方々が王女様の影武者、そしてボディガードを……」
「ええ、ガイチュラ退治をお仕事になさっているの。今回も八虐の魔人の襲来に備え、無理を言ってお願いしたのです」
ベリーが、村長とその娘ラムに説明した。
「残念ね、ベリー。久しぶりに会えたのに、もう明日、発つだなんて」
「これラム。王女様とお呼びせんか」
親しげにベリーに声をかけたラムを、村長がたしなめた。
「いいのよ。幼い頃からよく一緒に遊んだ仲ですもの。あまりかしこまられると、こちらも何だか具合が悪いわ」
「申し訳ありません、王女様」
ベリーの言葉に村長が恐縮した。
「少しなら時間があるわ。行程も予定通りだし。明日は午後出発でも、じゅうぶんサファイアエリアにたどり着けるもの。ラムと一緒に小さい頃よく遊んだあの湖に行ってみたい」
「いいわね、ベリー、ぜひ!」
ベリーの提案に直ぐにラムがのってきた。
「いいでしょう、アオイ?」
ベリーがアオイにたずねる。
「いいも何も……、あなたの決める事に私たちは口出しするつもりはないわ。構わないわよ」
アオイが答えた。
ヒロシは黙って食べ続けていた。
翌朝早く、ベリーとラムは、お供の兵を10人伴い、その湖にやって来た。
「へえーー、確かにきれいな湖ね」
アオイが感心した。
「ラム、泳ぎましょう!」
「オッケー、ばっちり水着は着てきたから」
ラムとベリーは、手早く服を脱いで水着姿になった。
「姫様、はしたのうございます」
初老の兵があわてて制すが、ベリーもラムも聞かない。
「アオイもどう?」
ベリーがアオイを誘う。
「んーー、どうしよっかな」
アオイはちらりとヒロシを見た。
「いいんじゃないの? 俺が見てるぜ」
「私を?」
「違うよ! 魔人の襲来に備えてるって事さ」
「分かってるって」
アオイも王女の衣装の下は水着だった。
ベリーに言われていたのだろう。
アオイ、ベリー、ラムの3人は、水をかけ合ったり追いかけ合ったりしながらはしゃいだ。
アオイは普段そんなにきゃぴきゃぴした感じではないのだが、ベリーとラムに合わせているのだろう。
そんなアオイの姿を「めずらしいな」と思いながら、ヒロシは3人を見るともなしに見ていた。
兵たちが、何となく目のやり場に困っているのに対し、姉妹が6人もいるヒロシは慣れたものだ。
「ねえ、なんだか水がぬるくなった気がしない?」
ラムが言う。
「そういえば……、ぬるいというより、これじゃお湯よ」
ベリーが言う。
アオイが異常を察した。
「おかしいわ。ベリー、ラム、早く水から出て!」
3人は急ぎ、水から上がった。
突如、湖面中央にうずができた。
うずの中央がくぼみ、縦に円筒形の穴ができた。
その縦穴空間から、ゆっくり上昇してきた黒マントの男があった。
「八虐の魔人か……?」
ヒロシは立ち上がり身構えた。
「クックックッ……、いかにも。我輩は八虐の魔人の一人アクギャク。『悪逆』とは尊属殺の事。ベリー王女の命を貰い受けに来た」
アクギャクと名乗った魔人は、見かけは人間の二十歳ぐらいの若い男の姿をしていた。
だが、鼻の下に長い髭を生やし、言葉遣いもなんだか古臭かった。
「尊属殺だと……?」
「さよう。尊属殺とは血縁者により命を奪う事だ。ベリー王女とこの村の長の娘ラムとは、遠いとはいえ血縁者同士。ベリーの命は、ラムに奪わせる事にするよ」
アクギャクの目が妖しく光った。
「う……」
「ああーー」
お供の兵たちは、みな次々にバタバタと気を失って倒れた。
例によって、八虐の魔人はヒメールランドの兵に対し、影響力をもっている。
ラムもまた正気を失った。
だが、倒れたわけではない。
異様な殺気を放ち、ベリーの前に立ちはだかった。
「ど……、どうしたの、ラム?」
幼馴染みの異常な状況に、ベリーが心配げに声をかける。
問いに答える事無く、ラムはベリーに襲い掛かってきた。
「危ない!」
ベリーの前にアオイが割って入り、ラムの突き出してきた拳を受け止めた。
そしてそのまま一本背負いの要領で、アオイはラムを投げ飛ばした。
ラムは宙で体をひねって回転すると、着地した。
腰を低くして、直ぐにでも飛び掛ってこられるよう構えるラム。
「ベリー、ラムに格闘技の経験は?」
ラムに対して構えながらアオイがベリーに問うた。
「格闘技だなんて……。そんな事は一切やっていないはずよ」
ベリーが答える。
「となると、彼女はあのアクギャクという奴に操られているのね」
と、顔はラムに向けたままアオイ。
「ふむ」
髭を指でひとなでし、湖面上空に浮かんだままアクギャクは言った。
「両方青い髪なので、どちらがベリー王女かと思ったが……。私が操るあの女ラムが襲い掛かった方だな。割って入った方は、さしずめ影武者というところか。よし、まずはその影武者から倒せ」
アクギャクの目が再び妖しく光った。
アクギャクに操られるラムは、手刀を、突きを、蹴りを、次々アオイに向かって繰り出した。
アオイは攻撃を受けながら後ずさりした。
一方、湖面からは、水流による幾本もの槍が放たれ、アクギャクに襲い掛かった。
ヒロシの能力によるものだ。
「む?」
アクギャクの姿が一瞬消えた。
そして、ヒロシの前に現れると、その顔を、ぬっとヒロシに近づけて聞いた。
「今やったのはオマエか?」
バク転、後方宙返りと、一連の動作でアクギャクと距離をとるヒロシ。
だが、今度はアクギャクはヒロシの真後ろに現れた。
「なんだと?」
再び横に跳ぶヒロシ。
「瞬間移動ができるのか……?」
ヒロシがつぶやいた。
余裕の表情でアクギャクが言った。
「さよう、このアクギャク、数々の魔能力を使いこなすのだ。おまえも少しはやるようだが、果たしてそんなちんけな力でこの我輩に勝てるかな」




