43.美しき誘惑びと
第2王女アップルが向かうのは、ルビーエリア。
ボディガードはコウジ、影武者はアカネ。
そして、やはり100人の兵を伴って進む。
馬車の車室の中には、アップルとアカネが居た。
「ねえ、アカネ」
「なあに、アップル」
「コウジってどんな子?」
「あら、コウジの事が気になる?」
「だって同い年だし。お城にいると、あまり同じ年頃の男の子と話す機会がないんだもの」
「そうなんだ」
「それで、どんな子」
「どんなって……。6人いる男兄弟たちの中ではおとなしい方かな」
「おとなしい?」
「おとなしいというか、物静かというか……。ツヨシ兄さんとコウジはどちらかといえば物静かなタイプね。で、ハヤトとヒロシはやんちゃ。下の弟タダシとダイゴはまだ子どもっぽいって感じかな」
「そうなの」
「そうよ」
「私、ちょっとコウジとお話ししてみたいわ。いいかしら?」
「う~ん……、じゃあ、ちょっとだけね」
透視能力をもつアカネは、車室の中にいても外の様子が分かるので、出てもいい事にした。
アップルは車室を出ると、御者を務めているコウジの隣に座った。
「コウジ、隣いいですか?」
「あれ、アップル? 中にいなくていいのかい」
「アカネに許可をいただきました」
「そうなの」
「コウジは今までいろんな所に行ったのでしょう?」
「まあね」
「うらやましい。私ヒメールランド王国から出た事ないんだもの」
「鎖国してるんだものね」
「今までどんな所に行ったの?」
「そうだな……。地球のあちこちに行ったし……。宇宙にも……、スペースコロニーにも行った。そして、普通だったら入れない、このヒメールランド王国にも来る事ができた」
「いいなあ。私もどこかへ行ってみたい。よその国とか……、宇宙とか!」
「行けばいいじゃないか」
「だめよ。王女は国を出られないもの。それに、これから八虐の魔人の再封印をしなければならないし」
「ああ、さっき話してくれたあの話か。――封印が終わっても、国を出られないの?」
「え?」
「国を継ぐのは1人なんだろう? 君は王位を姉妹の誰かに譲って国を出れば?」
「そんなの考えた事も無かった」
「じゃあ、今から考えてみればいいさ」
「でも、1人じゃいやだな」
「お城には家来がいっぱいいるだろう?」
「家来はいいわ。友だちがほしい」
「友だちか……。それはそうだね」
「ねえ、コウジ?」
「?」
「私とお友だちになってください」
「友だちか……。なるのは構わないけど……」
「けど?」
「友だちって何するのかな?」
「さあ……? 何をするのが友だちなのでしょう? 私お友だちがいた事がないので、実はよく分からないのです」
「それは僕も同じさ。いつも兄弟姉妹12人で旅をしながら行動しているからね」
「コウジは、お友だちが欲しいと思った事はないの?」
「う~ん、さっきの君の台詞じゃないけど、考えた事無かったな。兄弟姉妹が友だちみたいなもんさ。12人もいるからね」
「じゃあ、さびしいと思った事はない?」
「おかげさまで無いよ。いつもにぎやかだし。うるさいと思う事はあるけど。アップルはどうなんだい?」
「私たちは……、うるさいという事はないかしら。いつもおしとやかに過ごすようにしつけられてきたから」
「王女様だもんね」
「男の子の兄弟もほしかったの」
「マサムネがいるだろう」
「8人姉弟で男の子はマサムネ1人。あなたたちは男の子と女の子半分ずつだからちょうどいいバランスよね」
「それはそうだね」
「男の子対女の子でケンカしたりする?」
「う~ん、無いことも無いけど。あんまりけんかはしないよ。基本的に僕らは仲良しさ。君たちだってそうだろう?」
「ええ、私たちは仲はいいんだけれど……」
「そうだったね。後継者争いで城の中がぎくしゃくしているんだった」
「どうしたらいいんでしょう」
「君は王位を継ぎたいの?」
「え?」
「君の人生なんだから。君が決めればいい。繰り返しになるけど、君が王位を継がなくてもいいんだったら、他の姉弟に王位を譲って国を出るっていう方法もあるんだよ」
「ええ。それでさっきの話に戻るんだけど……」
「うん」
「コウジ、私が国を出るとしたら、たとえばあなたもいっしょに来てくれるかしら?」
「残念だけど、それはできないかな」
「ふふ、そうよね。言ってみただけ」
アップルは笑って話をしめくくったが、少しさびしそうだった。
アップル王女の行列は、ダンナー山に差し掛かった。
ダンナー山は、ヒメールランド王国において神聖な場所とされている。
ふと、コウジとアップルは何かに気付いた。
かすかに音楽が聞こえてくる。
その音楽は、アップルの隊列の前進と共に、次第に大きくなってきた。
超感覚の持ち主アカネは、車室に居ながらにして、既にだいぶ前からその音楽に気が付いていた。
周囲の兵たちの様子がおかしくなってきた。
顔から力が抜け、だらーーんと気の抜けた表情になっている。
「ああ、いい音楽だ~~」
「気分がいい~~」
「もう何もしたくない~~」
兵たちの間からは、こんな声が聞こえた。
「ど、どうしたのかしら、みんな?」
アップルがいぶかる。
「気をつけろアップル。これは敵のしわざかもしれない」
コウジが油断なく辺りを見渡した。
前方に大きな木があった。
その木陰で1人の美しい女性が腰掛け、ハープをかなでていた。
「ああ~~、なんて心地いい音色だ~~」
「そして、あそこに見るのは何と美しい女性だろう」
「うう~~、たまらない……!」
兵たちは、持っていた剣や盾を取り落とすと、ふらふらとその女性の元へ歩いていった。
「あれは誰……? いったい何が起こって――」
――いるの?と言おうとした時、後ろからアップルは肩をたたかれた。
肩をたたいたのはアカネだった。
「アップル、私と入れ替わって」
「分かりました」
アップルとアカネは素早く入れ替わった。
コウジの隣にアカネが腰かけた。
「姉さん、あいつどう思う?」
「さっきアップルから聞いた八虐の魔人ってところじゃない?」
「だろうね」
兵たちは、ふらふら、ふらふら、美しい女性の元へ近寄っていく。
コウジは立ち上がり、美しい女性に向かってかまいたちを放った。
「!」
女性は、ハープを盾にしてかまいたちを受けた。
ハープの弦が全て切断され、それまで兵たちを幻惑していた音楽は止んだ。
「あ、あれ……?」
「何をしていたんだ、俺たち……?」
兵たちは正気に戻った。
「者ども、退がりなさい」
アップルになりきったアカネが兵たちに命じた。
ハープをかなでていたこの女性が八虐の魔人だとすれば、普通の人間の兵が束になってかかったところで、かなわないだろうからだ。
「賢明な判断ですこと。アップル王女」
ハープの女性が言った。
「おまえは誰だ?」
コウジが尋ねた。
「私は八虐の魔人の一人。ダイフケイ。大不敬とは、神聖な場所をけがす行いの事さ」
「そのダイフケイが何をする気?」
アップルの影武者となっているアカネが問うた。
「ふっ。こうするのさ!!」
ダイフケイが、さっと手を挙げた。
ゴゴゴゴ……と、辺りに地響きが鳴り渡った。
「な、なんだ?」
コウジとアカネが辺りを見回す。
「何をしたの?」
「ふっ。今からダンナー山を崩す。ヒメールランドの聖なる山を、真っ平らな更地にしてやるよ。ついでにその崩れた土砂で、おまえたちは生き埋めだ。一石二鳥だよ」
アカネに問われ、得意げな顔でダイフケイは答えた。
アカネは、その特殊視力でダイフケイの手のひらを見た。
ダイフケイは、その手のひらから振動を放射していた。
その振動によって、ダンナー山を揺らし、崩そうとしていたのである。
「あいつが手からの振動で山を崩そうとしている。中和するわ」
アカネは口笛を吹く表情をすると、ダイフケイの手のひらに向かって超音波を放った。
「ぬっ? なんだ」
挙げていた手のひらに違和感を感じ、ダイフケイはアップル――実はアカネだが――を見た。
目も耳も鼻も、そして口――声帯――も、アカネは超感覚器官の持ち主だ。
アカネは声帯を超振動させ、口笛の要領で、超音波をダイフケイの手にぶつけていた。
「こしゃくな! 貴様、アップル王女――ではないな? 影武者か」
ダイフケイの言葉を無視し、コウジが再びかまいたちの刃を放った。
弦の切れたハープを盾にするダイフケイ。
コウジは、二の刃、三の刃を次々に放つ。
ハープはいくつもの切れ端に細断された。
ダイフケイは、その場から跳躍した。
ダイフケイが今まで立っていた地表に、コウジのかまいたちが、いくつもの亀裂を走らせた。
「おまえら、普通の人間ではないな? ヒメールランド王妃もこしゃくな。用心棒を雇ったか」
離れた場所に着地したダイフケイが、はき捨てるように言った。
馬車の御者台に並び立つアカネとコウジ。
少し距離をとって対峙するダイフケイ。
「2対1じゃ、そっちに勝ち目はないぜ」
コウジが言った。
「ふっ、どうかな?」
ダイフケイはまだ余裕の表情だ。
ダイフケイは、今度は両手を挙げた。
その両手のひらから、今度は催眠音波が周囲に放たれた。
ダイフケイの呪縛から解かれたばかりの100人の兵たちは、再びダイフケイの支配下に入ってしまった。
さきほど、美女の誘惑にふにゃけた感じの表情だった兵たちは、今度は殺気だった表情で馬車を取り囲んだ。
残忍な笑みを浮かべ、ダイフケイが言った。
「ふっ、何が2対1だ。2対100の間違いだろう。味方の兵をお前たちに倒せるか!?」




