42.能力限界での戦闘
サーベルと爪が激突した瞬間、キイロは上空100kmの宇宙空間にまで一気にテレポートしたのである。
「こ、これは?」
周囲の景色がいきなり変わり、状況を理解できないフギ。
フギを宇宙に1人残し、キイロは直ぐに地上にテレポートで戻った。
「キイロ!」
戻ってきたキイロにケンが走り寄り尋ねた。
「あのフギって奴は?」
「宇宙空間に置いてきたわ」
「宇宙へ? それじゃおまえ今……」
「ええ。宇宙までひとっ跳びしてきたの」
「宇宙って……、何kmあるんだよ」
「100kmかな。ちょっと限界」
キイロがふらついた。
「おっと。大丈夫か」
ケンがキイロの体を支えた。
フギの支配から解放され、兵たちは正気を取り戻していた。
パイン王女の行列は、元通りの行進を再開した。
馬車の室内では、パインがキイロとケンに八逆の魔人について話をしていた。
――今から400年前。
ヒメールランド建国から100年目の年。
ヒメールランド王国を滅ぼす事を目論む8人の魔人が現れた。
彼らは「八逆の魔人」と称し、攻撃を加えてきたのである。
王国軍は当時の王を中心に勇敢に戦い、ついに8人の魔人たちをそれぞれ8つの宝石に封印した。
そしてその8つの宝石は王国の8つのエリアに分散して隠されたのである。
封印の効力は100年。
以来、100年毎に再封印が施され、王国は平和を維持してきた。
建国500年目の今年は再封印を施す年だ。
ところが、想定より早く封印の効力は弱まり、魔人たちは復活してしまったらしい――。
「じゃあ、建国の式典というのは、再封印の儀式なのね」
キイロがパインに問うた。
「ええ。私たち8人の王子王女がそれぞれのエリアに赴いて再封印を施すはずだったの。封印は王家の血を引く者にしかできないから」
「それが、間に合わなかったというわけか。仲間内で争ってなんかいないで、とっとと再封印しとけば良かったんだよ」
「ケン、よしなよ」
「いえ、キイロ、いいの。ケンの言う通りかもしれないから」
「パイン」
「かつて魔人たちを封印できたのは、王国の者たちが一致団結したからこそなの。ところが今は、王国内が後継者をめぐってもめている。そういった王国内のごたごたが、封印の力に悪影響を与えてしまっていたのかもしれないわ」
「これから、どうすんだよ」
「ともかく私は式典に王女として列席しなければならないわ」
「とりあえずフギは、私が宇宙に追っ払っておいたけれど、まだ倒したわけじゃない。戻ってくるかもしれない。何しろ魔人なんだから。それに魔人はあと7人いるんでしょ? 油断はできないわね……。ともかく先を急いだ方がいいわ」
パイン王女の一行が目指すのは、ヒメールランド王国8エリアの内の1つコハクエリア。
魔人フギが封印された宝石である琥珀が置かれている事から、このエリアがコハクエリアと称されているのだ。
だがフギは、封印されていたはずの宝石から既に抜け出ていた。
他の7人の魔人についても同様の事が予想される。
第7王女グレープの行列は、8エリアの内の1つアメシストエリアを目指していた。
こちらの行列の構成も、パインのものと同じ100人。
馬車の御者はツヨシが務めている。
グレープとチャコは、やはり同じ衣装で車室に居た。
チャコはグレープと同じ色・髪型のカツラをかぶっていた。
「チャコと私って似ているわね」
「顔が?」
「いえ、そうじゃなくて」
「分かっているわ。兄弟が多いところがでしょ」
「ええ。弟が1人というところも」
「そうね」
「やっぱり、ダイゴはかわいい?」
「もちろん! グレープだってそうでしょ?」
「ええ。ウチはずっと女ばかりで……、やっと生まれた男の子だから、両親はすごくマサムネを可愛がったの。もちろん、私たちもだけど。ただ……」
「ただ?」
「どうせなら、兄も欲しかったわ。ウチは姉様ばかりだから。あ、別に姉様たちと仲が悪いっていうわけじゃないのよ。――チャコはいいわね。素敵なお兄様がいっぱいいらして」
「まーね。自慢の兄さんたちだから」
「兄と妹でもけんかとかする?」
「そりゃするわよ」
「ツヨシさんみたいな大きなお兄さんとも?」
「たまにね」
「どんなふうになるのかしら? まさか取っ組み合いとか」
「想像に任せるわ。グレープだって姉さんたちとけんかするでしょ。やっぱり取っ組み合うの?」
「ずっと幼い頃は、そういう時もあったようだけれど……。王女としてふさわしく振舞うようにしつけられたから、物心ついてから取っ組み合いをしたという記憶はほとんどないわね。けんかをする時も、気持ちをおさえながら、落ち着いてけんかしなければならなかったという感じかしら」
「王女様はたいへんね」
「ここだけの話」
「?」
「普通の人に生まれたかったわ。お城の暮らしはきゅうくつでたいくつ」
「ありがちな話ね」
――と、馬車の歩みが止まった。
「どうしたのかしら?」
チャコは、車室から顔を出して、ツヨシに声をかけた。
「兄さん?」
「チャコ、様子が変だ」
ツヨシは前方を見たまま答えた。
「ぐ、ぐわあ、体が重い……!」
「剣が……、盾が……、重くて持っていられない」
「手足が重くて動けぬ」
「い、一体どうしたというのだ?」
兵士たちが声を上げながら苦悶していた。
「グレープは、ここから出ないでね」
チャコに言われ、グレープは黙ってうなずいた。
「みんな、どうなっているの?」
ツヨシの隣に座り、チャコがたずねた。
「分からん。が……、こちらに敵意をもった者の仕業である事は間違いあるまい」
ホホホホホ……。
前方上空から、女の高笑いが聞こえてきた。
ツヨシとチャコは顔を上げた。
20~30メートルほど上空に、年のころ十代半ばぐらいの若い女が浮かんでいた。
黒いマントを羽織っている。
「……。」
ツヨシとチャコは無言で上空の女を見上げた。
「グレープ王女の一行だね?」
女はツヨシとチャコを見下ろし、言った。
「だったら何だ?」
ツヨシがぶっきらぼうに応じた。
「ふん、愛想の無い御者だね。まあいい。直ぐに、泣いて私にわびを入れる事になる。私は『八逆の魔人』の1人『フキョウ』だ」
フキョウは、地上5~6メートルのあたりまで降りてきた。
「八虐の魔人だと……?」
「八虐とは、国に対する8つの罪の事さ。私の名は『不孝』。不孝とは親に仇なす事さ。グレープ王女、おまえ、最大の親不孝は何か知ってるかい?」
グレープ王女になりすましているチャコが答えた。
「魔人と話す事など無いわ」
フキョウの表情が険しくなった。
「生意気な小娘だね!」
フキョウはマントを一振りした。
「ぐ、ぐわああああっ」
「お、重い~~~~」
「苦しいいいいーー!!」
兵士たちの悶絶の度合いが増した。
「あいつ、さっきから兵たちに何かをしているぞ」
ツヨシが小声でチャコに言った。
「兵たちの苦しみを解かなければ……。でも、どうやって?」
チャコも小声で応じた。
「ホホホホ……、私が何をしているか気になるようだね?」
優越感に満ちた顔つきでフキョウが言った。
「私は重さを自由に操る事ができるのさ。兵どもは、やがて何倍にもなった自分自身の体重で押しつぶされてしまうだろうよ」
「そういう事か……。チャコ」
小声でツヨシが言った。
「分かった。兄さん」
「キイロにダイゴ……。妹・弟のおまえたちにばかり無理をさせて、すまないな」
「いいよ、後でなんかごほうび頂戴ね」
チャコは馬車から飛び降りた。
チャコはしゃがんで地面に手を置くと、念を込めた。
チャコの念は、大地を経由して、増加した自身の重さに苦悶している兵士たちに伝わった。
チャコの壁抜けの能力により、100人の兵と60頭の馬たちは、ずぶずぶと地面に沈み、大地と分子レベルで一体となって静止した。
(な……、なんだ?)
(どうなっているんだ?)
地中に潜り、大地と一体となって動けなくなってしまった事に戸惑う兵たち。
大地と、地球と一体となった彼らは、もはやフキョウの魔力の支配は受けなかった。
「……。」
冷や汗をびっしょりかいたまま、チャコはそのままの姿勢で気絶していた。
かつてのキイロが100人テレポートをやってのけた時のように。
「兵士たちが……、地中に沈んで消えた? 一体どういう事だ?」
いぶかるフキョウ。
ツヨシは、御者台を降り、優しくチャコを抱き上げると、馬車の車室に入って座席に寝かせた。
「チャコ……、大丈夫なのですか?」
グレープが心配してツヨシに声をかけた。
「気を失っているだけだ。グレープ、君はここから出るな」
ツヨシは、車室から地上に降り立った。
フキョウを睨み上げる。
フキョウは相変わらず、地上5~6メートルの宙空からツヨシを見下ろしていた。
「さっきから、どうも様子が変だね……。おまえ、ただの御者じゃないね」
「さあな」
「さっきの娘も王女じゃないんじゃないの……。本物は馬車の中かい……」
フキョウは、マントを一振りせんと構えた。
今度は、馬車本体に対しに重力攻撃を仕掛ける気だ。
「させるか!」
ツヨシは、右拳を勢い良くフキョウに向けて突き出した。
凄まじい拳圧がフキョウめがけて放たれた。
「くっ!!」
フキョウはのけぞり、すんでのところで拳圧をかわした。
だが、ツヨシからの拳圧攻撃は一発だけではなかった。
無数の拳圧攻撃が、立て続けにフキョウを襲った。
フキョウはかわしきれずに、何発もの直撃をその体に受け、地上に落下した。
「く……、馬鹿な。八虐の魔人の1人のこの私が、こんなあっさりと……」
フキョウは痙攣しながら、何とか起き上がろうとしたが、上体を起こす事もままならなかった。
ツヨシが、ザッ、ザッ、とフキョウに歩み寄ってきた。
「おのれ……、この場はいったん退く……」
フキョウの姿は、すうーっと消えた。
「逃げたか」
しばらくして、チャコは意識を取り戻した。
兵たちへかけられていた“壁抜け”の念は解除された。




