23.シャドウセブン
物語は少し前後して、中2女子たちの水泳授業の時に戻る。
女子生徒たちはアオイ先生の指示のもと、25メートルを泳ぐ事を繰り返していた。
「ねえ、モモコ」
25メートルを泳ぎ終え、プールサイドをスタート台まで歩いていたモモコに、後ろから同じクラスのサキが話しかけてきた。
「なあに?」
振り返ってモモコが返事する。
「モモコってスタイルいーよねー。うらやましい。着やせするタイプ?」
「そんなコトないよ」
モモコは謙遜した。
「そんなコトあるって。最初見た時ちょっと男の子っぽいっていうかボーイッシュな印象だったけど、すっごく女らしいよ」
「それはどーも」
ボーイッシュという事は、姉キイロ同様、モモコもよく言われる事だ。
「もうすでに、モモコ、後輩たちから人気なんだよ。知ってた?」
「そーなの? 知らなーい」
「そーなんだって。1年の女子たちの間で評判なんだから」
モモコは苦笑してかくっとなった。
「はいはいそこ。おしゃべりしてないでどんどん泳ぐ!」
アオイ先生が、モモコとサキに注意を促した。
サキが今度はアオイのところへ行って言った。
「アオイ先生」
「何かしら?」
「アオイ先生って、スタイルいいですね。どうすればそんなふうになれるんですか?」
また同じような事言っててサキったら可笑しい――モモコは思った。
「あら、ありがと。そーねー。やっぱりよく食べ、よく運動する事よ」
先生っぽくアオイは答えた。
「よく食べ……ですか? でも、食べると太っちゃうし」
スタイルを気にする年頃だ。
アオイはサキに言った。
「そんな事ないわ。私だってキミたちぐらいの時は、たくさん食べていたのよ。成長期なんだから、しっかり栄養取らないと大きくなるものもならないわ」
「そうかなーー」
食べる事を促されて、サキはちょっとうれしそうな顔になった。
「そうよ。でもその分、しっかり運動もしないとね。はい、それじゃ泳ぐ!」
アオイは再び教師の顔になり、生徒たちを促した。
放課後。
学校中を掃除するハメになったアランたち中1男子。
ゴメル先生に叱られた中にタダシは居なかったが、付き合いでタダシもアランたちと一緒に掃除をしていた。
「タダシ、そんなのするコトないのに――」
マロンはちょっと不満そうだった。
廊下の窓を拭いている中1男子たちのそばをアオイが通った。
「おや、キミたち、こんなトコまで掃除してくれているの? 感心ね」
アオイはアランたちに話しかけた。
「い、いや、それほどでもないですけど」
「やっぱ、学校は大切な学びの場所ですから」
「オレたち、一生懸命やらせていただいています」
男子たちは、とたんに手を止めて、アオイの前に群がってきた。
「うん、感心、感心」
そんな男子たちをおかしそうに笑って見ているアオイ。
「バッカみたーーい」
それを遠巻きにマロンたち女子が見て言った。
マロンはタダシの様子を見た。
タダシは――というと、アオイの前に群がる男子たちと一緒にはいるが、いちばん後ろの方に何となく苦笑しながら立っていて、まあ男子たちに調子を合わせているという感じだった。
よかった――マロンはちょっとほっとした。
「あ、ねえ、マロン見て」
マロンの友達のリンがささやいた。
2年生の女子たちが通ったのである。
通った女子たちとは、モモコとサキであった。
「あの、ピンクの髪の人だよ。男子たちが大騒ぎしてたのって」
サキに言われてマロンはモモコを見た。
確かに可愛い――というか、かっこいいかも。
これじゃ評判になるのも分かる。
マロンはちょっと悔しかった。
アオイの前で大騒ぎしている中1男子たちを横目にモモコとサキは通り過ぎていった。
その時、モモコとタダシはちらっと目を合わせたが、もちろんお互い知らん振りだ。
下校後、モモコとサキはハンバーガーショップにいた。
モモコは寮住まい、サキは自宅生だ。
一旦帰宅し、私服に着替えて待ち合わせたのだ。
プールでアオイからされた話を受けて、サキは今日はガマンはやめて好きな物を思いっきり食べる事にしたのである。
「はい、お待ちどおさまでした」
カウンターから緑の髪のアルバイトの女の子が、注文の品をトレイにのせてモモコとサキに渡してくれた。
この緑の髪のアルバイトの女の子とは――モモコの姉のミドリだ。
ここでもお互いは他人のフリ。
いつも兄弟いっしょだったから、こういうのも新鮮でちょっと楽しいかも――モモコは思った。
「ねー、モモコも知ってるでしょ? 夕べの落雷騒ぎ」
サキがモモコに話を振ってきた。
「あーー、なんか聞いたかも」
モモコは適当に調子を合わせる。
知ってるも何も、その騒ぎを起こしたのは自分と弟タダシなのだから。
「モモコが前に居たというスペースコロニー、ラウムだっけ、そこでもそんな事あった?」
「うーーん……。まれにあったような気もしないでもないかな……」
そう言ってモモコはシェイクのストローを口に含んだ。
「なんかさー、こわいよね。このエスパシオだってあちこち老朽化してきているってうわさもあるし……。もし壊れたりしたら、あたしたち宇宙空間に放り出されちゃうわけだから。考えただけで食欲無くなっちゃう」
そう言いながらサキはハンバーグをぱくぱく食べた。
「うわーー!」
「きゃーー!」
突然、表通りが騒がしくなった。
「何の騒ぎかな?」
モモコとサキは、持っていた物をトレイに置くと、店の外に出た。
外には――、なんとガイチュラが飛んで来ていた。
体長10メートルのカブトムシ型ガイチュラ。
エスパシオに来る際、モモコたち兄弟が乗ったスペースシャトルを襲ってきた奴だ。
角が折られている事からそれが分かる。
「ガイチュラだーー!」
「助けてーー」
人々は悲鳴を上げて逃げ惑った。
戦わなければ――モモコは思った。
――が、
サキがモモコの腕をぎゅっとつかんだままだ。
これでは動けない。
ミドリ姉さんは――?
モモコはハンバーガーショップ内のミドリを見た。
ミドリも大混乱になった店内の収拾で、戦いに出てくるどころではなさそうだった。
ミドリもモモコを見た。
自分も今は動けないと、その目が言っていた。
どうすれば――?
その時、一陣の風が吹いた。
天候が完璧に調整されているコロニー内で突風が吹く事など無い。
これは――
吹いた風は、真空かまいたちとなって、飛来するガイチュラの外甲に傷を付けた。
「!?」
想定していなかった事態に、ガイチュラが驚いているのが見て取れた。
次に小型の竜巻が生じた。
竜巻はガイチュラを飲み込んだ。
ガイチュラはそのまま上空高く巻き上げられた。
竜巻が止んだ。
ガイチュラは目が回ったのか、跳び方がよろよろしている。
コウジ兄さんだ。
そう思い、モモコは周囲を探した。
いた!
人ごみの中に紛れている。
エプロンをしているのは、アルバイトの関係だろう。
コウジは通常の立ち姿勢のまま風を操り、ガイチュラを攻撃していたのだ。
あれなら周りに気付かれない。
ガイチュラは敵の姿が見えない事にリスクを避けたのだろう、飛び去っていった。
ほっとした人々がざわざわと騒ぎ始めた。
「ガイチュラだ」
「このコロニーに再びガイチュラがやって来た」
「先の大戦以来、ほとんど姿を見せる事は無かったのに……」
「一体どうして――?」
「それに今の竜巻は何なんだ?」
「大丈夫なのか? このエスパシオ……」
人々はみな不安そうだ。
「サキ、ちょっと痛いかも」
モモコが腕をぎゅっとつかんだままのサキに言った。
「あ、ごめん、モモコ」
サキはモモコの腕から手を離すと謝った。
モモコとサキはハンバーガーショップに戻った。
「大丈夫ですか? お怪我をした方はいませんか?」
店内では、パニックになりかけた客たちをミドリたち店員が落ち着かせていた。
「ガイチュラが現れるなんて……。こわいよ、モモコ。地球本星と違ってスペースコロニーなら安心だってみんな言ってたのに」
サキは小さく震えていた。
「とにかく今は行っちゃったから――。落ち着きなよ、サキ」
その震えている手に、モモコがそっと手を載せてやった。
コロニー内には地球と同じような自然環境が再現されている。
森もあれば湖もある。
山の中腹に、街から逃げてきた先ほどのカブトムシ型ガイチュラは着地した。
ガイチュラは人間の姿になった。
なんと、その姿はフォーグナー学園中等部教師ゴメルだった。
「アンナも敵も姿を見せなかったようだな」
姿を現したのは同じくフォーグナー学園の初等部教師ダンだった。
ゴメルが答えて言った。
「いや、攻撃をしてきた奴がいた。そいつが誰なのかは分からなかったが……。あの場に我らの敵が居た事は確かだ」
「街中で騒ぎを起こせば姿を現すかと思ったけれど、そんなにさっさと逃げ帰ってきたんじゃ、しょうがないわね」
女の声がした。
スリムな20歳ぐらいの年齢の女性が立っていた。
「け、こっちだって1人で危険を犯してやってんだぜ。安全な場所に居た奴が、えらそうに言うな」
ゴメルはその女性に反論した。
「仲間同士でよさないか」
別の声がした。
やはり20歳ぐらいの年齢の若い男だった。
「我ら『シャドウセブン』、ひそかにこのエスパシオで暮らしていたというのに……。我々の平安を脅かす者たちが現れたのだ」
男の背後には他に2人の若い女性と1人の男児が居た。
女性は双子なのだろう、同じ顔をしている。
「逃げたアンナの事も放ってはおけん。エスパシオに侵入した我々の敵を見つけ出し、倒すのだ」
男の声を受けて、双子の女たちが言った。
「敵はどんな奴なのだろう、純粋な人間なのか?」
「混じりっけなしの人間なら、食べちゃえばいいんだもの。楽しみよねーー」
男児が言った。
「ボクは成長期なんだからたくさん食べなきゃいけないんだ。みんな、ちゃんとボクには多めにちょうだいよ」




