21.先生の秘密
「チャコってどこから来たの?」
フォーグナー学園初等部5年生の教室。
転入生のチャコに、同じクラスの女子ニーナとマイが話しかけてきた。
「ん……、私? ラウムよ」
チャコは用意しておいた答えを言った。
彼ら兄弟は、別のスペースコロニー「ラウム」からやって来た事にしてある。
「ラウムはさー、オバケ騒動とか無い?」
「オバケ騒動?」
ニーナにチャコが聞き返した。
「このスペースコロニー『エスパシオ』ってさー、少し前からオバケのうわさが絶えないんだよね」
「うん、特にこのフォーグナー学園都市多いよね」
ニーナの言葉にマイが続けた。
「でも、そんなのうわさでほんとは出ないんでしょ?」
「そんなこと無いよ、あたし見たんだから」
ニーナがチャコに主張する。
「見た? オバケを?」
「学園都市のはずれに今は使われていない教会があるの。たまたまそこを通りかかった時、白いふわっとしたものを、あたし見たんだ」
ニーナはちょっと声のトーンを落としてチャコに言った。
「へー」
相槌を打つチャコにマイが言った。
「あたしは見てないんだけど……」
「私、オバケってまだ見たこと無いんだ。そこ行ってみようかな」
「ダメだよ。学園の先生からもあそこには近づくなって言われているし」
マイがあわててチャコを止める。
「ばれなきゃ大丈夫でしょ」
チャコが言うと、背後から別の声が聞こえた。
「あら、何がばれなきゃ大丈夫なのかな?」
立っていたのは臨時教員で着任したばかりのアカネだった。
「あ、アカネ先生」
着任したばかりのアカネだったが、ニーナとマイはもう名前を覚えていた。
「キミたち、今、教会に行く相談してたでしょ?」
いきなりアカネに核心をつかれ、マイがあわてて否定する。
「違いますよ、その教会は危ないから行っちゃいけないっていう事を、転入生のチャコに教えていたんです」
「ふーん、そうなの?」
アカネがチャコを見た。
アカネもチャコもダイゴも、学園内では他人同士という事になっている。
「はい。でも、そこがどんなふうに危ないのか、安全のためには逆に知っておいた方がいいんじゃないかと思って……。それでちょっと興味をもったんです」
あくまで他人行儀にチャコがアカネに答えた。
「確かにそれは大切よね。生徒にとって危険な場所を把握しておくのは教師としての務めでもあるわ」
てっきり叱られるかと思ったニーナとマイは、話が意外な方向に流れていくのに戸惑った。
「チャコ、あなたが教会に行くのなら私も行きます。教師としてあなたを見守らないと」
「――だって。2人はどうする?」
チャコはニーナとマイを見た。
その教会は、スペースコロニー「エスパシオ」内に住宅や学校、工場、商業施設などさまざまな建造物が建てられる際、工事に関わる者たちの安全を祈願して建てられた物だ。
コロニー内の工事もひと段落してからは無人となり、周辺は人気の無い場所となっていた。
辺りは薄暗くなってきていた。
コロニー内の光はきちんと調整されており、昼と夜が24時間で一巡するようになっている。
ダイゴ、サム、レンは教会近くの茂みに隠れていた。
もうすぐこの辺りは夜に入る。
サムとレンは、もしユーレイが出たら、捕まえる、あるいはやっつけるつもりなのだ。
虫取り網や棒切れを持ってきていた。
ユーレイの正体がガイチュラだったとして――。
外宇宙からやってきた宇宙害虫ガイチュラ――確かに虫は虫だけど、虫取り網で捕まられるような奴ではないんだけどなとダイゴは思った。
「あ、見ろよサム」
レンが向こう側を指差して言った。
薄暗い向こうに、何か動くものがいる。
「お、おい、いよいよ出たんじゃないか」
サムが小声でレンに応じた。
動く影は4つ。
その内1つの影は大きめだ。
「よ、よし行くぞ、レン」
サムは棒切れを握り締めた。
「こいつでぶったたいて動けなくなったところを、網で捕まえる」
「で、でもユーレイにそんな棒が通じるのかな」
レンはちょっと恐くなり始めていた。
「今頃びびってどうするんだよ。行くぞ!」
サムはレンに虫取り網を握らせた。
「1、2の、3で飛び出すぞ。いいな?」
サムの言葉にレンとダイゴはうなずいた。
「1……、2の……、3!」
サムのカウントダウンで、うわああああっという掛け声と共に、サム、レン、ダイゴの3人は茂みから飛び出した。
そして、4つの影に襲い掛かった。
「ユーレイめ、くらえ!」
サムが影に向かって棒を振り下ろした。
影が、その棒を振り下ろすサムの腕を取った。
「!?」
驚く間も無く、サムは取られた腕をひねるような動きをされ、地面に投げ倒されてしまった。
「うわあああ」
やられたサムを見て、レンがやけくそ気味に虫取り網を振り下ろした。
それは、大きめの影の頭にスポッとかぶさった。
「キミたち、よく見なさい!」
虫取り網をかぶせられた影が言った。
よくよく見ると。
それはサムとレンも見た事のある顔だった。
フォーグナー学園初等部に着任したばかりの、臨時の若い女の先生だったのだ。
「あ、せ、先生! す、すみません。えっと……、名前は確か……」
かぶせてしまった虫取り網をあわててはずし、レンはしどろもどろになって言いかけた。
名前は――、何といっただろうか?
「アカネです!」
わざと叱るようなそぶりでアカネが言った。
顔は笑顔だ。
今、サムを投げたのは――チャコだった。
「あ、ねえ――」
――さん、と言いかけてダイゴは口をつぐんだ。
アカネ、チャコ、ダイゴは、他人同士という事になっているからだ。
「つつつつ……、なんだ人間かよ」
腰をさすりながら、サムが体を起こした。
「大丈夫かい、サム」
ダイゴがしゃがんで答えた。
「いきなり殴りかかってくるからよ」
チャコが言った。
「すごーい、チャコ」
「格闘技でも習ってたの?」
今の動きに驚いて、ニーナとマイが言った。
「まあ……、まぐれよ」
チャコは適当にはぐらかした。
「キミたち、学園の生徒よね? きまりを破って教会にやって来たのね」
先生らしくアカネが言う。
「いや、それは」
「その……」
サムとレンはしどろもどろになったが、
「て、いうか、そっちこそ、どうしてここにいるんだよ?」
サムが反撃した。
「オバケを見に来たからよ」
あっけらかんとチャコが答えた。
「なんだよ、そっちだって同じじゃねーか。先生まで一緒でいいのかよ」
「いいのよ。先生は、危ない場所をきちんと把握しておく必要がありますから」
すましてアカネが言った。
「こんなに大騒ぎしてちゃ、出るものも出ないんじゃない」
ユーレイが出ない事に逆にほっとした感じでマイが言った。
マイは本当は来たくなかったのだが、成り行き上いっしょに来る事になってしまい、ちょっと後悔していたのだ。
「あら?」
アカネが何かに気付いた。
「どうしたの? アカネねえ……いや、先生」
ダイゴがたずねる。
「ダン先生だわ」
「え?」
教会の建物の向こうに1人の男性の姿が消えていくのが見えた。
ダンはこちらに気付いていない。
「ダン先生がどうしてここに……?」
担任の先生を思わぬ場所で見かけた事をいぶかるサム、レン、ダイゴ。
5年生のニーナ、マイ、チャコ、そして同僚教師アカネも同様だ。
一行は、そーっと近づき、建物の陰から様子をうかがった。
ダンは、もう1人の意外な人物と一緒に居た。
それは、サム、レン、ダイゴのクラスメート、アンナだった。
「アンナ君。キミ、昼間、私との約束を破ったね」
ダンは昼間の教師の時とは打って変わった凶悪な笑顔を浮かべている。
「ああ、先生、お願いです……」
「お願いしているのは私の方なのだよアンナ君」
「もうイヤです……。許してください」
アンナは必死の表情で許しを請うていた。
「あのダイゴという転校生、せっかく久しぶりの“純粋な”人間の子どもだったのだ。私は食らうのを楽しみにしていた。その楽しみをキミは奪ったのだ」
「ならば、どうか私を代わりに……」
「“おまえたち”はまずくて話にならん。分かっているだろう。食えないおまえたちを生かしてやっているのも、我々の役に立てばこそだ」
聞いている物陰のダイゴたちには話の意味が分からない。
「でも、もうできないんです」
懇願するアンナにダンは容赦なく言った。
「『できない』ではない。『やる』のだ。あのダイゴをうまく言いくるめて、この教会にやって来させろ」
なんと、2人が話題にしているのはダイゴの事だったのだ。
どういう事だろう?
一同はダイゴの顔を見た。
見られてもダイゴにも訳が分からない。
「やれません」
アンナは拒絶した。
「ここまで言ってもだめか……。では、おまえの家族はかわいそうな事になるな……」
「それは……、そんな事は……」
アンナの体がまばゆく輝き始めた。
やがて光が収まると――。
そこには、アンナの姿は無く、代わりにメタリック調ボディの1人の人物が立っていた。
そのメカニカルな風貌は、ロボットあるいはサイボーグか。
形態は明らかに戦闘用のスタイルである事が見て取れた。
「そんな事はさせないわ!」
姿かたちは変わっても、声はアンナのそれだった。
「フッフッフッフ……、窮鼠猫を噛むというが……。オマエごときにこの私が倒せるかな?」
ダンの体が変貌を始めた。
顔や胴体、手足が細長く伸びた。
手足の数は2本増えて6本に。
ダンの正体はガイチュアだった。
ナナフシ型ガイチュラが、人間の教師ダンに化けていたのだ。
「おもしろい。久しく戦いから放れて退屈していたところだ。たかだか人間のできそこないサイボーグだが、退屈しのぎぐらいにはなるだろう」
サイボーグだって!
アンナがサイボーグ?
心の中で、ダイゴたちは驚きの声を上げた。
アンナが叫んだ。
「私が先生を倒す!」




