12.嫌虫花
ジャックとケンが案内したのは、林を迂回する山道だった。
「なるほど、確かにこれじゃ案内無しじゃ道に迷いそうだ」
コウジが言った。
「あら、あれは……」
キイロが草むらの中に咲いている花に気付いた。
「どうしたキイロ?」
ハヤトの問いにキイロは答えた。
「嫌虫花よ」
「ケンチュウカだって?」
ケンが身を乗り出して草むらの中を覗き込んだ。
キイロの姿が一瞬消え、再び現れた。
「ほら」
キイロは、手に持っている一輪の花をハヤトとコウジに見せた。
「本当だ」
「珍しいな」
ハヤトとコウジも意外そうだ。
「その花が、どうかしたのかい? もう少し行った所にもっとたくさん咲いているぜ」
ジャックが言った。
一行がもう少し進んだ所に、その花はたくさん咲いていた。
「そうだったのか……、道理でガイチュラどもがここらに近づかないわけだ」
ハヤトの言葉にジャックが尋ねた。
「どういう事だい?」
「この花をガイチュラどもは嫌うのさ。だから嫌虫花。別にこの花で死ぬわけではないが、ガイチュラどもはあえてこの花に近づいてくる事はしない」
「そうだったのか……、身近にありながら全然知らなかったよ」
ハヤトの説明を聞きながら、ジャックは嫌虫花を2つ摘んだ。
「はい、キイロ」
ジャックはキイロの両耳の上の髪に2つの花を挿した。
「まあ、ありがとう」
にこにこのキイロにコウジが言った。
「よかったじゃん、姉さん」
「あ、そうだ。ちょっと待ってて」
キイロは手早く嫌虫花を摘むと、ちょいちょいちょいとあっという間に冠を編んでジャックの頭にかぶせた。
「はい、お返し」
「あ、ありがとう」
ジャックはちょっと照れて紅くなった。
「姉さん、女の子みたいじゃん」
「あのね」
からかうコウジにキイロが応じる。
「ちぇっ」
とケン。
「いや、こいつは使えるぞ」
ハヤトが言った。
「俺たちもキイロやジャックみたいに嫌虫花を身に付けるんだ。奴らが苦手な物なら、多少は戦いに有利になる」
「なるほど、それもそうだね」
コウジも賛成した。
「そういう事なら……」
キイロはあっという間に、あと3人分のアクセサリーを嫌虫花で作ってしまった。
ハヤトにはたすき。
コウジには両手首に腕輪。
ケンには首飾りだ。
「はい、どうぞ」
「お、おう」
キイロに首飾りをかけてもらい、ケンも少々照れた。
山道の出口に近づいた。
インセクタワーが見える。
人間たちが物資を運ぶのに、働かされていた。
「いよいよか……」
ケンが背中の剣に手を伸ばした。
「ケン」
それを見たキイロが言った。
「はっきり言うけど、君の剣じゃガイチュラには通じないよ」
「う……、わ、分かっているさ、そんな事! え?」
ケンは戸惑った。
キイロが自分のサーベルをケンに差し出したのだ。
「私のサーベルを使って。ネビュラメタル製だかららガイチュラの体を切り裂ける」
「い、いいのか?」
「2つあるから気にしないで」
キイロはもう1本のサーベルをケンに見せた。
「ジャックは俺のを使え」
一方、ハヤトもまた、2本ある斧の内の1本を、ジャックに差し出した。
「すまん。ありがたく使わせてもらう」
物陰から、一向はガイチュラたちに強制労働させられている人間たちの様子をうかがった。
「おら、もたもたするな~~!」
ガイチュラが人間たちを怒鳴りつける。
「村のみんなだ」
草むらの陰から覗き見ながらジャックが言った。
「ようし作業は終わりだ~~」
夕日が沈み始めると、現場監督らしいガイチュラの声が響いた。
「人間どもを収容しろ!」
「は!」
現場監督ガイチュラの指示に返事をし、ガイチュラたちは6本の手足で6人の人間を抱えると飛び立ち始めた。
「あいつらみんなをどこへ連れて行く気だ」
ケンがいぶかる。
ガイチュラたちはインセクタワーのてっぺんまで飛んだ。
てっぺんに牢の入口があった。
「ほら、とっとと中へ入れ!」
ガイチュラたちは、そこへ人間たちを放り込んだ。
そして、どこかへ飛び去ってしまった。
「まだ、ガイチュラたちはタワーに住んでいないようだね」
コウジの言葉にハヤトが続けた。
「見張りもいない。あんなてっぺんに閉じ込められては人間は逃げ出せないと、油断しているんだろうさ」
「これはチャンスね。みんなを助け出すのは案外簡単にできそう。兄さん?」
「うん。みんな、ちょっと俺たち2人で行ってくる」
ハヤトはキイロを抱えると、飛び上がった。
そのまま、タワーのてっぺんまで一気に上昇する。
牢の中に、閉じ込められている人間たちがいた。
100人前後はいるだろうか。
牢の中の1人が、鉄格子の外から中を覗き込んでいるハヤトとキイロに気付いた。
「わ、わ、わ、誰だ!?」
「しっ」
キイロが人差し指を口に当てて制す。
次の瞬間、ハヤトとキイロは、牢の中にテレポートしていた。
「な、なんだ、おまえたちは!?」
驚く牢の中の人間たち。
「俺たちは、ロンの村から頼まれて君たちを助けに来たものだ」
「ええー!」
「本当に?」
「やったーっ」
ハヤトの言葉に、牢の中の人間たちの顔が喜びに輝いた。
「大きな声を出さないで。さ、みんな全員手をつなぐのよ」
「手を? どうして?」
1人の村人の疑問にキイロが答える。
「今、私たちがどうやって中へ入って来たか見たでしょ? これから全員を一気にロンの村までテレポートさせるわ」
「お、オッケー」
「分かった」
村人たちは、たちまち全員手をつないだ。
「キイロ、こんなにいっぺんに大丈夫か?」
ハヤトに問われてキイロが答える。
「うーん……。多分」
「俺だけでも残ろう。1人でも少ない方が負担が減る」
「うん、ゴメンね。直ぐ迎えに来るから」
「心配するな。いざとなったら自分で壁をぶち破って出る」
「じゃ、行くね。――みんな! しっかり手をつないだ?」
キイロと共に全ての人間たちの姿が消えた。
ハヤトは小型通信機で、下のコウジに連絡した。
「こちらハヤト。村人たちはキイロが村へ送り届けた。俺はこれより上からタワーを破壊する」
下で通信を受け取ったコウジが兄に尋ねた。
「姉さん、あの人数をいっぺんに?」
「ああ」
「無理したな……」
兄の言葉を聞いてコウジはつぶやいた。
コウジはジャックとケンに向き直って言った。
「村人たちは姉さんがテレポートで救い出したよ」
「何だって?」
「本当か!」
ジャックとケンの顔が喜びに輝いた。
「兄さんは上からタワーを破壊すると言っている。ボクらは下から行こう」
「よーし」
「分かったぜ」
既に夜になっていた。
コウジ、ジャック、ケンは、インセクタワーの入口の扉の前に立った。
コウジの手刀が空を切った。
かまいたち現象が生じ、扉がいくつかのかけらに切り分けられた。
中に入る。
3人はたいまつをともした。
中は広いホールのようになっていた。
「火を放てば終わりだな」
「案外、簡単だったな」
と、ジャックとケン。
しかし、コウジが言った。
「いや、そういうわけにはいかなそうだよ」
闇の中に複眼が不気味に光っていた。
「ク、ク、ク、ク……。グモォ~~、グモォ~~」
たいまつに照らされて、声の主が姿を現した。
メスのクモ型ガイチュラだ。
昨日、キイロが倒したものより一回り体が大きく更に強そうである。
「フ、フ、フ……。罠にかかったね人間ども……」
「罠だと?」
ガイチュラにコウジが返す。
「わざと手薄に見せかけて、お前らをタワーにおびき入れたのさ。お前らはあたしが片付けてやる」
「ふん、片付けらるのはどっちかな?」
コウジは身構えた。
ジャックとケンも、それぞれハヤトとキイロから借りた斧とサーベルを身構えた。
「あたしに食われな!!」
クモ型ガイチュラが襲ってきた。
コウジ、ジャック、ケンは三方に跳んだ。
「むっ?」
「う!」
「な、なんだ」
跳んだ3人は宙空で動かなくなった。
目が慣れてくると理由が分かった。
クモ型ガイチュラは、ホール内にクモの巣を張っていたのだ。
3人はそれにかかってしまった。
「く……、しまった!」
「動けない」
ケンとジャックは狼狽した。
一方、タワーのてっぺんの牢では、牢の鉄格子の向こうから入ってくる月明かりを浴びて、ハヤトが何者かと向かい合っていた。
「フン、人間。今の奴らと一緒に逃げなかった事、公開するぞ」
その何者かが言った。
「やっぱり、わざと逃げさせたってわけかい」
ハヤトが応じる。
「戦いに巻き込んで人間どもを傷つけてしまっては貴重な労働力を失ってしまうからな。なあに、またロンの村から連れてくればいいだけの事。空を飛べる我々には造作も無い」
声の主が影から姿を現した。
「人間、昨日やられた仲間のうらみ、はらさせてもらうぞ」
オスのガ型ガイチュラだ。
「こっちこそ、地球を侵略された我ら人間の怒りを思い知らせてやるぜ」
ハヤトは身構えると、高速でガ型ガイチュラに襲い掛かった。
だが、ガイチュラの体を切り裂いたかと思ったハヤトの斧は、空を切っただけだった。
「む、これは? う……」
ハヤトはめまいを感じた。
「かかったな人間。さきほどから俺の鱗粉をこの牢内に少しずつ撒いておいたのよ」
「なんだと……」
「じわじわとさんざん苦しめてから食ってやる!」