11.戦い前夜
ロンの村から少し離れた場所に、人間の建造物である塔をベースにガイチュラたちが巣を作り始めた。
ガイチュラたちは、その巣――インセクタワー(虫の塔)とガイチュラは呼んだ――を作る上での労働力として、あちこちの村から人間たちをさらっていた。
ひと月ほど前、ロンの村からも、約半数の村人が労働力として連れ去られたまま帰ってきていない。
ロンの村からドライバウターへの依頼は、連れ去られた村人たちの奪還と巣の壊滅である。
村の家の一室で、ハヤト、キイロ、コウジの3兄弟は、ジャック、ケン、セシル、ミチルら他、何人かの村人たちから以上の話を聞いた。
「引き受けてもらえるだろうか?」
ジャックが言った。
3兄弟は顔を見合わせた。
ハヤトが言った。
「分かった。食料1ダースで引き受けよう」
「良かった」
村人たちに安堵の表情が浮かぶ。
「引き受けてくれたのはうれしいけど……」
セシルが心配そうに尋ねた。
「ハヤト、確かにあなたたちは超人的な力をもっている。でも、いくらなんでもたった3人でインセクタワーの全てのガイチュラたちを相手にするなんて……」
「まあ、正直ちょっとキツイかもな」
ハヤトが答える。
「じゃあ……」
セシルが言いかけたが、ハヤトが言った。
「心配するな。引き受けた以上は何とかする。今夜はこの村で休ませてくれ。明日の朝インセクタワーに出発するとしよう」
夜。
台所で、セシルが食事の支度をしていた。
「あらセシル、食事の支度?」
ミチルが入ってきた。
「あ、うん。ハヤトたちに食べてもらおうと思って」
「ふーん」
ミチルがセシルの顔を覗き込む。
「な、何?」
「セシル、あなたハヤトの事、気になってるんでしょう」
「な、何を言うのよ」
セシルの頬が赤くなった。
「ハハーン、やっぱり」
「ちょっとミチル、怒るわよ」
構わずミチルが続けた。
「あのコたち、ちょっとかっこいいもんね。あたしもキイロの事、最初男の子かと思っちゃった」
「あら? じゃ、ミチルはキイロの事好きになっちゃったの?」
今度はセシルが逆襲した。
「まさか、女の子同士でしょ」
ミチルがかわす。
きゃ、きゃ、言い合うセシルとミチルの様子を、ケンが影から見ていた。
「セシル……」
あてがわれた一室にハヤト、キイロ、コウジの3人は居た。
コウジが携帯型通信機を耳に当てている。
「どう、コウジ?」
キイロが弟に聞いた。
「うーん、ツヨシ兄さんたちにはなかなかつながらないな……」
コウジが答える。
ハヤトが言った。
「とりあえず、このロンの村とインセクタワーの位置をメールで送っておこう。ただ、今の時代、ネット回線もあちこち断線している。うまく届かないかもしれないがな」
「ああ、やっとく」
兄の言葉にコウジが答えた。
ノックの音がした。
「いいかしら?」
セシルとミチルが食事の盆を持って入ってきた。
「あら? 頼んでないよ」
キイロが言った。
セシルが答えた。
「助けてもらったんだもの。これは私たちからの気持ち」
「あ、もちろん、12日分の食料とは別だからね」
ミチルが片目をつぶって付け加えた。
「いいのかい? 食料は貴重なのに」
コウジが心配げに言う。
「もちろん」
笑顔でセシルとミチルは言った。
「そいつは、セシルとミチルの今日の分の食料だ」
セシルとミチルの背後から声がした。
ケンだった。
「まあ、ケン……」
「どうしたのよ」
セシルとミチルがいぶかる。
「おい、ドライバウター」
セシルとミチルを無視してケンが言った。
「あんたたちには感謝してるぜ。だけど報酬はちゃんと払うんだ。村のみんなの分まで食うのはやめてくれ」
「ちょっとケン、失礼でしょ!」
セシルが制す。
沈黙。
「じゃ、いただきます」
唐突に、ハヤト、キイロ、コウジの3人は食事を食べ始めた。
「お、おい、お前ら今の俺の話を聞いてよく食えるな!?」
ケンが大声を出す。
「聞いたからこそ、なおの事いただくのさ」
ハヤトが言った。
「そこまでしてセシルとミチルが用意してくれたんだもの」
「感謝しておいしく頂きます」
キイロとコウジも続けた。
「ちっ」
ケンは、バタンと戸を閉めて出て行ってしまった。
「ごめんなさい、みんな……」
セシルが詫びた。
「いいのいいの。こういう反応もよくあるから」
キイロが食べながら言った。
「姉さん、レディーは食べながらしゃべらないんだよ」
「自分だってしゃべってるじゃん」
キイロとコウジが言い合う。
「兄弟仲がいいのね、うらやましいわ」
セシルが言う。
「ま、仲はいいけどねーー」
キイロが笑顔で、両脇に座っているハヤトとコウジの腕を取った。
「うわった」
腕を取られて、ハヤトとコウジは食べ物をこぼしそうになった。
食事は終わった。
「もう、ボクたち寝るよ。明日は早いしね」
「食事ありがとう。おいしかった」
コウジとキイロが言った。
セシルが答えた。
「こちらこそ。あなたたちを見ていて、何だか久しぶりに楽しい気持ちになれたわ」
セシルとミチルは食べ終わった膳を持ち、言った。
「じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
ハヤト、キイロ、コウジの3人も応じた。
部屋は3人に戻った。
「部屋にはベッドが1つか」
「大きめだから、2人は寝られるね」
コウジとキイロが言う。
「という事は、誰が床で寝るかだな」
ハヤトがマジな表情で言った。
「ここは互いの能力の限りを尽くして……」
とコウジが言えば、キイロも、
「勝負だね」
――ジャンケンポン!
3人は能力の限りを尽くしてじゃんけんをした。
「やっぱチョキを出しておけば良かった~~」
床で寝る事になったのはハヤトだった。
キイロとコウジは仲良くベッドに並んで寝た。
翌朝、出発するハヤト、キイロ、コウジら3人の見送りに村人たちが出ていた。
「じゃあ、行ってくる」
「みんな気をつけて」
ハヤトの声にセシルが言った。
「俺も行くぜ!」
声が響いた。
声のした方を村人たちが見る。
武装したケンが居た。
「ちょっと、ケン、どうしたのよその格好?」
セシルの問いにケンが答えた。
「俺も一緒に行く。インセクタワーにな」
あきれてセシルが言った。
「何言ってるのよ、昨日、林で襲われて分かったでしょ。私たちではガイチュラにかなわないわ」
「確かにまともに戦ったらかなわないかもしれない。だが、援護ぐらいなら俺にもできるぜ。それに安全なルートでインセクタワーまで行くには、案内が無ければ無理だ」
「でも……」
ケンを制しようとするセシルの声を、今度はジャックがさえぎった。
「確かにケンの言う事も一理ある」
「まあ、ジャックまで」
今度はミチルが言った。
構わずジャックが続けた。
「ハヤト。君たちは真っ直ぐインセクタワーへ?」
「ああ、ここからも塔の先端は見えている。最短コースで行くつもりだ」
ハヤトに対してジャックが言った。
「少々回り道になるが、ガイチュラどもが近づかない安全なルートがある。いくら君たちが強いとはいえ、余計な戦いは避けるに越した事はないだろう? そこは分かりにくいルートなので案内があった方がいい。――俺も一緒に行こう」
「ちょっと、ジャック兄さん!」
セシルは半分怒っていた。
ハヤト、キイロ、コウジは互いに顔を見合わせた。
「分かった。ジャック、ケン、案内を頼む」
ハヤトが言った。
「ハヤト……」
戸惑うセシル。
「決まりだな」
ケンは、ずかずかとハヤトたちに近づいてきた。
「あらためてよろしく頼むぜ」
ケンが怒ったような笑ったような表情でハヤトに右手を差し出した。
「はい、よろしく」
横からキイロが笑顔で握手に応じた。
ハヤトに対して挑戦的な態度だったケンは、はぐらかされた感じになった。
「ボクも」
その上にコウジが手を載せた。
「こちらこそな」
さらにその上にハヤトが手を載せた。
「足手まといにはならないようにする」
ジャックがその上に手を載せた。
村人たちが、声を上げた。
「みんなーー! 大声援で5人の勇者を送り出そう!!」
「おおーーー」
村人たちの期待を背に、ハヤト、コウジ、キイロ、ケン、ジャックの5人はロンの村を出発した。
インセクタワー。
塔内の1室に、3体のガイチュラたちがいた。
トンボ、クモ、ガ型のガイチュラだが、昨日、ハヤト、キイロ、コウジが倒した同型ガイチュラたちより明らかに強そうな雰囲気をかもし出していた。
「ト、ト、ト、ドライバウターめ……」
メスのトンボ型ガイチュラが言った。
「ク、ク、ク、苦しみを……、仲間が味わった苦しみを……」
メスのクモ型ガイチュラが言った。
「ガ、ガ、ガ、返してやる……。何倍にもして返してやるぞ!」
オスのガ型ガイチュラが言った。