10.風のコウジ
深緑色の髪の10代後半の少年を取り囲んでいる10人近くの男たちは皆うつろな表情だ。
1人の男がこん棒をふりかざして少年に襲いかかってきた。
少年はその腕を取り、背負い投げの要領で放り投げた。
後ろから別の男が少年を羽交い絞めにした。
少年はその男の足を思い切り踏んづけた。
苦痛で一瞬ひるんだその男の顔面に少年は頭突きをくらわせ、一本背負いで投げた。
少年は、続々と襲いかかってくる男たちを、体落とし、肩車、すくい投げと、次々さばいた。
男たちは皆たおれた。
林のどこからか声がした。
「ホホホホ……。やるわね。だが次はどうかしら」
物陰から、今度は若い女性と子どもたちが姿を現した。
その数およそ20人。
やはりうつろな表情だ。
手にはナイフや石を持っている。
女の1人が襲いかかってきた。
少年はその腕を取って女を投げた。
女は地面に投げられて気を失った。
「おやおや、相手が女子どもでも容赦なしかい」
女や子どもたちは少年から距離を取ったまま動かない。
「近づくと、さっきみたいに投げられてしまうようね……。おまえたち、手に持っている物を投げつけておやり」
女性や子どもたちは、石やナイフを少年に向かって投げつけた。
跳躍してかわす少年。
石やナイフが、次々と飛んでくる。
しかし少年は建物や木々の間を身軽に跳躍してそれらをかわし続けた。
「すばしっこいね……。やり方を変えるとしよう。おまえたち!」
林に響く声は、うつろな表情の少女や子どもたちに呼びかけた。
「そいつを狙うのはやめよ。持っている石やナイフをお互いに投げ合いなさい」
枝の上にいた少年が、なんだと?という表情になった。
「ホホホホ……。目の前で同じ人間同士、傷つけ合う様を見るがいい」
少女や子どもたちは二手に分かれ、向かい合った。
そして互いに石やナイフを手に、投げる姿勢を取った。
石やナイフを投げた。
だが、その石とナイフは、全て宙空で真っ二つに切断され、落下した。
「なんだと?」
声が響いた。
「おまえ、何かしたね……?」
枝の上で、少年が右手の5本指をそろえて、今、石やナイフが切断された宙空の辺りに向けていた。
「それなら、お互いの首を絞めるのよ!」
少女と子どもたちは、両手を前に伸ばすと、ふらふらと2人ずつ向かい合って近づき、お互いの首を絞め合おうとした。
枝の上の少年が、今度は、両手のひらを少女や子どもたちの方に向けた。
すると――。
少女や子どもたちは、一瞬苦悶の表情を浮かべ、みな地面に倒れ伏してしまった。
「おのれまたしても」
悔しげな声が響いた。
「どうやら、この私自らが手を下さなければ駄目なようね……」
倒れた少女や子どもたちの後ろに、ガ型ガイチュラが姿を現した。
身長は2メートルほど。
今まで保護色で姿を隠していたのだ。
「やっと、姿を現したか」
少年が枝から飛び降り、ガイチュラと対峙した。
「おまえドライバウターだね?」
「察しがいいじゃないか」
少年が答える。
「せっかく村の人間どもを操って連れて行こうとしたのに、余計な真似を」
「俺はこの村に雇われたんだ。雇い主を勝手に連れて行かれちゃ困るぜ」
「だったら、おまえも一緒に連れて行ってあげるわ」
少年の言葉にそう言うと、ガイチュラが羽根をはばたかせ始めた。
その羽根から鱗粉が飛んだ。
「ホホホホ……、この鱗粉を吸った人間は私の思うがままにあやつる事ができる。おまえも直ぐに私のあやつり人形にしてあげるよ」
少年は腕組みをして答えた。
「ごめんだね」
突如、少年の体から小型の竜巻が飛び出した。
その竜巻は、ガイチュラの放った鱗粉をたちまち、散らしてしまった。
「なんだと? おのれ、もう1度!」
ガイチュラがさきほどよりも多量の鱗粉を放った。
少年が今度は、片腕をガイチュラに向けた。
腕から竜巻が生じ、やはり鱗粉を吹き散らしてしまった。
「貴様……、風を……、空気を操るのか?」
「その通り。俺は気圧を自在にコントロールできる」
「それでか……」
さきほどからの現象が、ガイチュラにも合点がいった。
石やナイフを切断したのは、かまいたち現象によるものだったのだ。
「へえ、そうなの? でも、風なら……」
ガイチュラは先ほどと違って激しく羽根をはばたかせた。
「私も起こせるのよ!!」
突風が少年を襲った。
少年だけではない。
村の木々がたわみ、家々がきしんだ。
少年は、走って逃げ出した。
「逃がしはしないわ」
ガイチュラが宙を飛んで少年を追った。
少年を追いながら、ガイチュラが羽根をはばたかせて作り出した空気の塊を少年に向けて放った。
ジグザグに走ってかわす少年。
地面に、ボコッ、ボコッと穴が開いた。
少年は村を出て林に入ると、振り返って迫り来るガイチュラを見上げた。
「ホホホ、逃げるのはあきらめたの?」
林の木々が、ザワザワ揺れた。
突風が起き、木の葉が舞った。
周囲に舞った無数の木の葉がガイチュラの視界をさえぎった。
「むう? あじな真似を」
突然、ガイチュラの斜め前から、かまいたちの空気の刃が飛んできた。
「う!?」
ガイチュラは紙一重でそれをかわすものの、顔にかすり傷を負った。
空気の刃は次々飛んできた。
上下左右に動いてすばやくかわすガイチュラ。
しかし、刃のいくつかは、ガイチュラの羽根を、外甲を切り裂いた。
「いい加減におし!」
ガイチュラはひときわ強くはばたくと、舞っていた木の葉を皆吹き飛ばした。
向こう側に少年が立っていた。
「逃げたり、目くらましをしかけたりしても、この通り私にはむださ」
「別に逃げたわけじゃないさ」
「?」
「あのまま、風と風のぶつかり合いで戦っていたら、村がめちゃくちゃになっていからな。戦いの場所を変えさせてもらった」
「なんだと……、私をおびき出したと言いたいのかい?」
「ああ、簡単に引っかかってくれたよ」
「ふん、無意味ね。めちゃくちゃになる順番がおまえが最初になっただけよ」
「いや、めちゃくちゃになるのは、おまえが最初で最後さ」
「いちいち気に触る奴だね。私の力を思い知るがいい!」
ガイチュラははばたいた。
轟音とともに、竜巻が起きた。
少年も片腕を掲げた。
その腕を軸に竜巻が生じた。
竜巻と竜巻がぶつかり合う。
地上の草が激しく揺れた。
林の木々が大きくしなった。
竜巻がぶつかり合う中を、少年とガイチュラが激突した。
爪と牙で襲いくるガイチュラ。
それをかわし、少年が空気の刃を放つ。
ガイチュラもそれをかわし、再び爪と牙で少年を襲う。
暴風の中で繰り広げられるドライ バウト(Dry Bout 冷徹な戦い)。
林の中を、ロンの村に向かって歩いていたハヤト、キイロ、ジャック、ケン、セシル、ミチルの一行は、行く手に竜巻が上がっているのを見つけた。
「兄さん、あれは?」
キイロにハヤトが答える。
「ああ、おそらく」
「私たちも行かなきゃ!」
キイロは突然ハヤトに抱き付いた。
「きゃっ! 兄妹で何?」
それを見たセシルが顔を赤らめ、両手で口元を抑えた。
「待て、キイロ」
抱きつかれたまま、はやる妹を兄が制した。
「2人ともここを離れるのはまずい。ジャックたちだけになってしまう」
「そっか」
「俺が行く。キイロはこっちのみんなを守ってくれ」
「うん、分かった」
キイロはようやくハヤトから離れた。
「じゃ、行くぜ!」
ハヤトは超高速で、竜巻目指して走り出した。
ハヤトが居た場所には、風圧で飛ばされた木の葉が舞った。
「ね、ね、ねえ、ちょっとキイロ?」
セシルがキイロに聞いた。
「あ、あなたハヤトの妹なんでしょ? 彼女じゃないわよね?」
「へ? そうだけど」
きょとんとした顔でキイロが答える。
「ど、ど、どうしてお兄さんなのに、今、抱きついたりしたの?」
「え……、ああ、それは……」
キイロは説明を省略した。
「まあ、仲いいから」
セシル、ミチル、ケン、ジャックはずっこけた。
「あ、あのねえ……」
怒ったような困ったような顔で喋ろうとするセシルをミチルが制した。
「違うのよ、セシル」
「?」
言われてセシルがミチルを見た。
「キイロはテレポーテーション(瞬間移動)ができるの。抱きついたのは、ハヤトと一緒にテレポートしようとしたのよね?」
念を押すように尋ねたミチルにキイロが答えた。
「まあ、知らない場所には行けないんで……。今は、あたしの方が兄さんに連れていってもらおうとしたんだけどね」
少年とガイチュラは激しい戦闘を続けていた。
少しずつ少年がガイチュラを押している。
たまりかねて、ガイチュラは上空に逃げた。
「逃げる気か!?」
少年が言った。
「ふん、私はむだな戦いはしない。おまえより一足先に村に戻って、村をめちゃくちゃにしてやるよ。腹いせだ!」
「む、待て!」
少年は叫んだが、ガイチュラは飛び去っていった。
「く……」
少年は駆け出そうとした。
「コウジ、あとは俺に任せておけ」
いつの間にか少年の隣にはハヤトが来ていた。
「ハヤト兄さん」
コウジと呼ばれた少年がハヤトを見て言った。
「空ならお手の物だ」
ハヤトは飛んだ。
「跳んだ」のではない。
「飛んだ」のだ。
ハヤトは空を飛ぶと、ロンの村に向かわんとしていたガイチュラの進路をさえぎった。
「待ちな、ガイチュラ」
行く手をはばまれたガイチュラが驚く。
「おまえ、さっきのとは違う奴だな」
「ロンの村には行かせないぜ」
ハヤトが斧を構えた。
「ふん、私の催眠鱗粉で、操り人形にしてやる!」
ガイチュラがハヤトに向けて鱗粉を放たんとした。
「遅い」
ハヤトはガイチュラの横をすれ違うように高速で通過した。
「?」
一瞬、何が起きたか分からないガイチュラ。
次の瞬間、ガイチュラの羽根はハヤトの斧でぼろぼろに刻まれていた。
「うわあっ!」
飛ぶすべを失い、ガイチュラは落下し始めた。
下にコウジが来ていた。
「う、貴様?」
ガイチュラがコウジに気付いたが、ここまでだった。
コウジが数枚の真空の刃を放った。
ガイチュラの体はいくつにも切断され地面に落下した。
ハヤトが着地した。
「ハヤト兄さん、キイロ姉さんは?」
コウジの問いにハヤトが答えた。
「今、村の人たちと来る。――『おねえちゃん、心配したよ』ってちゃんと言えよ」
「え、またぁ?」
コウジが、もーしょうーがないなーという顔をした。
ロンの村の広場では、ハヤト、キイロ、コウジ、ジャック、ケン、セシル、ミチルの7人が、倒れている村人たちを起こしていた。
「そうだったの、あのガイチュラの催眠術で……」
「ああ、だから、一瞬真空状態を作り出して、皆を気絶させたんだ」
最後の1人に活を入れながら、コウジがミチルに答えた。
目覚めると村人たちはみな正気に戻っていた。
「ありがとう。正式に仕事を頼む前からずいぶん助けられてしまったね」
ジャックがハヤト、キイロ、コウジに礼を言った。
「この人たちは一体……?」
正気に戻った村人たちが、見慣れない3人を見て言った。
「自己紹介するぜ。俺はドライバウターのハヤト」
「その妹キイロさ」
「2人の弟コウジだよ」
コウジ18歳。
12兄弟姉妹の6番目、三男。
身長175cm。
髪の色、深緑。
空気を操る。
竜巻やかまいたちを発生させ、武器とする。