1.剛力のツヨシ
肉食昆虫の巨大な口が襲ってきた。
その口の先には幼い少女の姿が。
肉食昆虫の口が勢い良く閉じられた。
口が咀嚼の動きをする。
――が。
その動きは途中で止まった。
口の中が空だったのだ。
「?」
体調5メートルはあろうかというムカデ型肉食昆虫は自分の餌になるはずだった少女を探す。
見上げると――、
いた。
崖の上で、幼い少女は、たくましい体格の青年の両腕に抱きかかえられていた。
「あいにくだったな」
ニヤリと笑って青年が言った。
「!」
怒った肉食昆虫は、崖を登ってきた。
「おっと、あいにく今はオマエの相手をしているヒマは無いぜ」
青年はポケットから小さな袋を取り出すと、登ってくる肉食昆虫の顔に向かって投げつけた。
袋はみごと肉食昆虫の額に命中。
もうもうと白い煙が上がった。
数秒後、煙が消え去ると。
青年と少女の姿もまた同時に消え去っていた。
「おのれ……。生意気な人間め……!」
肉食昆虫がいまいましげに喋った。
青年と少女は森の中を歩いていた。
「ケガは無いか?」
青年が少女に尋ねた。
少女は黙ってうなずいた。
ショックからか、まだ口がきけないようだ。
森の出口が見えてきた。
森を出ると、そこには小さな人間の村が広がっていた。
青年の姿を見ると、何人かの屈強な男たちが出てきて、青年の行く手をはばんだ。
「とまれ! 何者だ」
「怪しい者じゃない。長老に会わせてくれ。俺はドライバウターのツヨシだ」
青年が屈強な男たちに答えた。
青年の背後から少女が顔を出した。
「ナオじゃないか!」
「心配していたんだぞ!」
ナオと呼ばれた少女の顔を見て男たちがさけんだ。
「ナオ~~!」
村の中から別の男が走ってきた。
「パパ!」
ナオが叫んで駆け出した。
父親は、ツヨシたちの目の前でナオを力強く抱きしめた。
「もしかして、あんたがナオを助けてくれたのか」
「ああ、肉食昆虫に襲われていた」
ツヨシの答えに、
「なんだって?」
「よく無事で……」
男たちは驚愕した。
「さすがはドライバウターじゃの」
屈強な男たちの背後から声がした。
「あ、長老」
屈強な男たちが道を開けた。
髭をたくわえた老人が杖をついて現れた。
この村の長老だ。
「村の者が無礼な態度をとってすまなかった。また、ナオを助けてくれた事、礼を言う」
長老はツヨシに向かって頭を下げた。
「気にしないでくれ。通りがかったついでだ。俺にも同じくらいの妹がいる」
「立ち話もなんじゃ。どうぞ、中へ入ってくれ」
長老がツヨシを村の中へうながした。
未来の地球。
地球は外宇宙からやってきた宇宙害虫ガイチュラの侵略戦争に敗れた。
ガイチュラは人語を解する昆虫型知的生命体だ。
ガイチュラは地球にはびこり、人間を襲った。
生き残った人間たちは、あちこちで小さな村を作り、何とか抵抗活動を続けていた。
そんな地球に、少し前から害虫駆除屋「ドライバウター」の存在が噂されるようになった。
その名の通り、害虫をドライバウト「drive out(駆除)」するのが仕事だ。
「で、俺は何をすればいい?」
長老の部屋でツヨシが言った。
部屋の奥に長老、少し離れて向かいにツヨシ、そして2人の周囲に数人の男たちが座っていた。
長老が語った。
「この村の近くに、最近ガイチュラどもがやってきて、巣を作り始めた。
ムカデ型の手強い奴等だらだ。
村の者も何人もやられてしまった。
巣が完成すれば、いずれガイチュラどもは大挙してこの村に押し寄せ、わしらを滅ぼしてしまうだろう。
その前に、ガイチュラどもの巣を破壊し、ガイチュラどもを駆除してほしいのじゃ」
「ムカデ型か。さっき会った奴の仲間だな」
長老の説明にツヨシが答える。
「引き受けよう。報酬の件はご存知だな?」
ツヨシが言った。
「分かっておる。食料12日分だったな?」
「ああ。1ダースの食料で、害虫駆除を引き受けよう」
「持って来い」
長老が部屋の外に呼びかけた。
男が4人がかりで大きな箱を持ってきた。
男たちは、長老とツヨシの間にドスンと箱を置き、開いて中身を見せた。
缶詰や箱詰の食料がぎっしりつまっていた。
12日分はあるだろう。
それを一瞥しツヨシは言った。
「分かった。ガイチュラの巣の場所を教えてくれ」
村からツヨシは出ていった。
長老や村の男たちが見送った。
男の1人が長老に言った。
「あの青年。ツヨシとか言いましたが、本当に1人でガイチュラどもを倒せるのでしょうか?」
「いくらなんでも1人でなんて信じられん」
「それに、仮にガイチュラを倒して戻ってきたとして、1人であの1ダースの食料をどうやって運ぶつもりなのだろう?」
男たちの言葉に長老が言った。
「分からん。あのツヨシという青年が、本当に噂どおりの者なのかどうか。だが、それはいずれ分かる事じゃ」
「た、大変だ、ナオがいない!」
あわてた声に振り向くと、ナオの父親がおろおろしていた。
「なんじゃと? まさか、あのツヨシの後をついていったのでは……?」
長老たちが、心配げにツヨシの去った方角を見つめていた。
村から少し離れた場所に、巨大な樹木があった。
かつては人間のビルだったものにいくつものツルがからみつき、巨大な樹木のようになっている。
ムカデ型ガイチュラどもが巣を作っている最中なのだ。
作業中のガイチュラの一体が何かに気付いた。
向こうに人影がある。
その人影とは――。
ツヨシだった。
「ムム、ムカ、人間、人間だぞ」
ガイチュラが叫んだ。
「何、人間?」
「人間だと?」
10体あまりのガイチュラたちがたちまち集まってきて、ツヨシを取り囲んだ。
「集まってきたな、ガイチュラども」
ツヨシが言った。
「人間がたった一人で何の用だ」
「我々のエサになりに来たか」
ガイチュラどもが大声でわめいた。
「俺はドライバウターのツヨシ。お前たちを駆除しに来た」
「何、ドライバウター?」
「ドライバウターだと!」
ガイチュラたちが色めきたった。
「噂は聞いているぞ。人間の分際で我らガイチュラに刃向かっている、ドライバウターとかいう人間どもの噂を」
「事実かどうかは知らんが、ドライバウターに滅ぼされた、ガイチュラの巣もあったと聞く」
「噂じゃない。事実だ」
ツヨシが言った。
「ムム、ムカ、何だと!」
「生意気な口をききおって」
「ゆるさんぞ、ひ弱な人間の分際で」
1体のムカデ型ガイチュラがツヨシに襲いかかってきた。
「これでも……」
言いながらツヨシは、右のこぶしを襲いかかってきたガイチュラの眉間に叩き込んだ。「ひ弱かあ!!」
ツヨシのこぶしを受けたガイチュラは後方にはじき飛ばされた。
そのガイチュラは額が割れて体液が流れ出し、もう動かなかった。
「ムム、ムカ、これはどういう事だ?」
「きさま、ただの人間ではないな!」
ツヨシのこぶしの威力に、ガイチュラたちは驚愕した。
「人間さ。ただ、少しばかり力が強いんだがな」
ツヨシが言う。
「ええい、まとめてかかれー」
ガイチュラたちが一斉にツヨシに襲いかかってきた。
ツヨシの左の手刀が、右足の蹴りが、左足のかかと落としが、次々とガイチュロたちを撃破した。
たちまち、ツヨシの周囲には10体のガイチュラたちが倒れていた。
「さてと……。あとは、この巣に火を放てば、終わりだな」
ツヨシがポケットから小型の火炎放射器を取り出そうとすると――。
「待てい、人間!!」
聞き覚えのある声がした。
声のした方を向く。
たった今倒したガイチュラたちより、一回り体の大きい、ムカデ型ガイチュラの姿があった。
体長は5メートル。
さきほど、ツヨシが森で出会い、目くらましの袋を投げつけた奴だ。
こいつがこの巣のボスだった。
「人間……、また会えてうれしいぞ。さっきの借りを返してやる」
ボスガイチュラの言葉にツヨシが言った。
「無駄だな。オマエは俺には勝てない」
「なるほど、確かにおまえは普通の人間とは違うようだ。だが! これならどうかな?」
ガイチュラは無数にある手足を使って背後に隠し持っていたモノを出した。
それは――、ナオだった。
「ナオ!? おまえどうして」
驚くツヨシ。
「ごめんなさい。でも、ツヨシがもしやらちゃったらと思うと、あたし心配で」
ナオが涙ながらに言った。
「そうか。心配してくれてありがとよ。すぐ、助けてやるぞナオ」
「ムカカカ、馬鹿か、おまえ」
ツヨシの言葉にボスガイチュラが笑った。
「この人間の娘は人質だ。きさまら人間は、人質を取られると手も足も出せん。この俺の体に指1本でも触れてみろ。たちまち、この娘は俺様の無数の手足で穴だらけになるぞ」
ツヨシが腰を落として、右のこぶしを引いた。
ツヨシが何かをしようとしている気配を感じ、ボスガイチュラが焦って叫んだ。
「分かっているのか? この俺に触れたら、娘の命は無いぞ!」
「オマエに触れなきゃ……、いいんだろ!」
言うと同時に、ツヨシは勢い良く右のこぶしを前に突き出した。
ツヨシのコブシからはものすごい威力の衝撃「拳圧」が放たれ、それがボスガイチュラの胴体に命中、貫通した。
「ム……、カ……、そんなバカな」
ボスガイチュラの手足から力が抜け、かかえていたナオを取り落とした。
ツヨシは素早く駆け寄り、ナオが地面に落下する前に抱きとめた。
ボスガイチュラの巨体が轟音と共に地面に倒れた。
「ツヨシ……、ありがとう」
「気にするな」
ツヨシは巣に火を放った。
「それじゃ、食料はもらっていく」
村に帰ってきたツヨシが、取り囲んでいる村人たちに言った。
「だが、あんた、こんな大量の食料を一人でどうやって持っていく気だ?」
1人の村人の言葉にツヨシはニヤリと笑った。
「問題ない」
ツヨシは、巨大な箱を軽々と片手で肩にかついだ。
「な、なんと」
「なんて力だ」
「これなら、ガイチュラどもを倒せるわけだ」
驚く村人達を尻目にツヨシは歩き出した。
「ツヨシ、行っちゃうの?」
ツヨシの前にナオが走り出た。
「ああ。俺には、ガイチュラどもを駆除するドライバウターとしての仕事がある。ナオ。お前には村のみんなやお父さんがいる。今度はついて来るんじゃないぞ」
ツヨシは歩き始めた。
「ツヨシ、また会える?」
父親に肩を抱きかかえられながら、ナオが言った。
「ガイチュラどもがまた現れたら、ドライバウターを呼べ。食料1ダースでいつでもやって来るぜ」
ナオや長老、村人達に見送られ、ツヨシは村を去っていった。
ツヨシ25歳。
12兄弟姉妹の1番目、長男。
身長185cm。
髪の色、黒。
その超能力は強靭な力と肉体。
パンチやキックの衝撃(拳圧、蹴圧)で、離れた敵にも攻撃を加える事ができる。