アヴェンジャーの少年譚
《原文は改行ナシ》
僕が暴力を振るわれるようになったのは三ヶ月前のことで、僕はそのとき小学四年生にあがってほんの少ししか経っていない。そして母さんは僕が虐待されていることを隠すために僕を学校へは行けないようにし、昼間僕は母とその愛人であるホストをやっているという知らない男が裸で何かをやっているのを自分の部屋で聞いていた。
僕はその間苦痛だった、というのも母さんがけだもののようなうめき声を上げながら必死にもがき苦しんで、それでいて恍惚に浸っている様を聞くたびに心に穴の開いたような気分を味わっていたからだ。僕はいつも母さんに暴力を振るわれる。僕は母さんにとってただの足かせでしかないのだろう。
僕の父さんが死ぬ前はうちは貧乏だった。母さんはホストクラブなんかには行かなかった。僕の父さんは過労死で死んだ。工場の仕事だけだとお金がないから夜にはタクシーの運転手をしていたからだ。それから生命保険が降りて僕の母さんはよく夜遊びをするようになってそのうち愛人を家に連れてくるようになって、それでその愛人は僕のことをほとんど無視して母さんとお酒を飲んだり裸で布団の中で『何か』をしたり煙草を吸ったり、母さんはおかしかったからそのときクスリもやってたかもしれないけど瞳孔はいつもの母さんとは変わらなかったのでやってないかもしれない。
母さんは愛人とうまくいかないたび僕に暴力を振るい、そのうち何もなくとも僕をいたぶるようになった。母さんは父さんと違って昔から性格が悪かったらしいからしかたないのかもしれない、でも僕は痛いのは嫌だ。でも相談しに行く勇気はなかったし学校の先生に助けを求めに行くことはできなかった。それに加えて警察に話に行くのも怖かったから僕は結局何もしない。僕はそうやって生きてきた。
学校に行かなくなってそれは悪いことのような話しぶりをしていた僕だけれど決して学校へ行けなくなったことが悲しいというわけではない、というのも僕はそのときすでにクラスメートからうとまれていて心が折れそうで仕方がなかったからだ。
僕のうちは貧乏だから隣の席の由佳里ちゃんが財布を盗まれたとき僕が犯人だということにされたし、それからは同級生にいろいろな嫌がらせを受けた。僕はまともな社会生活を送ることはできなかったんだ。そういった現実を思い知らされて僕はますます歪んでいった。
そのとき僕の心は急転直下のジェットコースターを髣髴とさせるように周囲を忌み嫌いそんな自分に対して自己嫌悪をする負のサイクルを確立させ最終的に僕はクラスの遠藤といういつも僕をからかい蔑みそして暴力を振るっていた奴の眼球に僕が学校で使っていたハサミを突き刺したが僕は反省しない。僕が社会的に抹殺されたことのほうが重大だと僕は思う、というのも彼は同情の眼を持って社会に復帰できるだろうしいじめを行っていたという事実も僕が危害を加えてしまったために不問となってしまったからだ。
しかし僕が由佳里ちゃんの財布を盗んだといううわさは消えず僕をいじめる行為はさらに正当性を増してしまったというのも僕が反撃したからである。そのことに僕は今理不尽さを感じている、なぜなら僕は貧乏だというそれだけの理由で理不尽な暴力を振るわれ周囲から軽蔑と好奇心の混じった眼差しで見られそれに反撃することすらも許されない。僕は被害者だ。
生前に父さんは言った、「この世の中は力のある者がそうでない者を支配する、そういう狂った世界だ」と。僕はその中で奴隷だった。父さんもその世界が原因で死んだ。僕は父さんが好きだ。ろくでもない女と結婚して奴隷である僕を生んでしまった不幸な成人男性だったけど僕はそんな中で精一杯生きる父さんを尊敬していて今も尊敬していてこれからもずっと尊敬するかもしれないと思っていたが結局父さんは負けてしまったんだ。敗者は人生を辞めるべきだと僕は今思っている、僕はハサミを目玉に突き刺して血液をだらだらと垂らさせて道を踏みはずしてしまったけどそれでも生きているし、あとで母さんに煙草の火を背中に押し付けられてしまったけど僕はすぐに逃げて姿をくらましたので助かった。
僕はまだ負けてはいない。
そうやって僕は少年法に守られたり子供だからといった理由で罪に問われなかったりする今の時代のうちに僕が支配されて奴隷でいる現実をすべて改善していかなければならないと思っている。大人は子供よりも力があるといった固定観念を捨てさせなければならないしそういった考えに支配された現代人をも改変していかなければならない。
僕はまず身の回りの世界を掌握しようと思ったがまずは何事をするにもお金が必要なので僕は本当に由佳里ちゃんの家に盗みに行こうと思った。あれだけ疑惑を持たれて僕はうんざりだったんだ。由佳里ちゃんは心優しい子だから僕に攻撃的感情は見せないけどハサミの件もあるし僕を恐怖するか軽蔑はしているだろう、もしくは同情だなんて馬鹿のするような行為を好意を持ってしているのかもしれないがそれはおめでたすぎるぞ、僕はそんな甘い生き方の上に積み上げられるような思考法は嫌いだ、心底腹が立つ、そう思っている。だから盗む。それが正当化されるとは思ってないが今の僕にはリスクを犯してでもやらなければならないことがあるしそれは僕が人生の勝者になったのならいくらでも返済できるからこれは出世払いということにしよう、僕はそうやって自己を正当化する。
学校に行けなくなった次の日の午後、僕は実行した。僕はそれを成功させるために僕はひとまず由佳里ちゃんの友人を装って家に上げてもらわなければならない。そうしなければ不法侵入であり僕の野望はそんなところで止められてはならないという考えのもとから僕は正々堂々と由香里ちゃんの家――それも僕の家より数倍広いのを目の前にため息をつく。こんな金持ちが財布を盗まれたところでどうってことはないのだしそれより問題はなぜ僕に財布を盗んだという疑惑が持たれたかということだ。僕は普段から貧乏なりに明るく振舞っていたし僕は人付き合いも悪くなかったはずだ、僕が疑われたのは身体から滲み出る貧乏臭さに外ならないのかもしれない。そうなると僕が罪を被せられるのは必然的であり僕が他人から疎まれるのは必然だったわけだつまり僕は生まれながらにして非人間なんだ差別されている僕はもっと社会を憎まなければならない存在なんだ僕は善意の人間すら踏み台にしてのし上がってやる頂点に立ってやると考えていたところで押したチャイムに反応して由佳里ちゃんのお母さんがインターホンの向こう側から話しかけてきたので僕は邪悪をしまい愛想笑いをして由佳里ちゃんいますか、と元気よく答えてやったがどうやら由佳里ちゃんはヴァイオリン教室に行っていて五時までいないらしいので上がらせてもらう流れとなった。
僕は玄関から現れた由佳里ちゃんのお母さんがすごく美人で善良そうな人だというのに気づき彼女が僕が金を奪うためにこの家に忍び込んだと知ったらどんな顔をするだろうかということを考えると僕は嬉しくてたまらない。僕は奪って傷つけてを繰り返して生きなくちゃならないんだ。そういう人生を選び取ってしまったのだから後戻りはできない。由佳里ちゃんのお母さんは広いリビングへと招いてくれて僕にココアと手作りのシフォンケーキを一切れくれて「料理教室で作ったの。うまく出来てるかどうかわからないけど」とどうせうまく出来てるのに謙遜して僕に食べさせようとするが僕はその好意を「まずいかどうか分からないものを食べさせるんじゃない」とつっぱねたくて仕方がなかったのだけれど僕の目的はそこにはない。僕は由佳里ちゃんのお母さんを脅してでも金を奪わなくちゃならない。最悪殺す覚悟もできている、僕は遠藤の目を突いたときにもう吹っ切れてしまったのだ。僕に怖いものなんてない。だから僕は由佳里ちゃんのお母さんが隙を見せるのを窺って付けてもらったテレビのつまらない子供向けアニメをいかにも楽しそうといった表情で見ていた。
僕は由佳里ちゃんのお母さんがトイレに立ったときに音を立てないようにすばやく移動を始めた。僕はそのときふたつのことを考えていてひとつはお金がどこにあるのかということでそれはたぶんタンスの中なのだろうけど部屋が広くてなかなか探しにくいということそしてもうひとつは由佳里ちゃんのお母さんの裸の姿だった。由佳里ちゃんのお母さんはきっと僕の母さんとは違ってきれいな肌をしているだろうしスタイルもいいはずだそしてなにより顔のつくりがいい。僕の母さんは鼻が低くてファンタジー小説に出てくるような鬼の形相をしているけど由佳里ちゃんのお母さんはそれに対して天使のような安らかな表情をしている、そしてその裸の姿で僕の母さんがしている『何か』を由佳里ちゃんのお父さんとしているとすれば僕には由佳里ちゃんのお父さんの存在がうらやましくて殺したいほどだった。僕はその『何か』を手頃な誰かにナイフを押し付けることで強制したいという考えも生まれてしまった。
僕の悪事は止まらない。
僕はひとまず奥の和室にある大きな桐箪笥に目星を付けてだだっ広いリビングへと舞い戻り由佳里ちゃんのお母さんが部屋へ戻ってくるのを待った。金を取りに行くのは自分が「トイレに行く」などと言って部屋から出てきたときでまったく問題ない。時計の針は四時を指しているため時間には猶予があるようで余裕はない。僕は由佳里ちゃんのお母さんが戻ってくるのを心待ちにしていたが時計の針が四時十分を指してもやってこないので痺れを切らしてトイレの方へと向かったがそこには由佳里ちゃんのお母さんの死体があった。僕はびっくりして悲鳴をあげそうになったがあと一歩のところで踏みとどまりあたりを見回すが誰もいない。それなら仕方がないと桐箪笥を一段一段引き抜いて金を探すとすぐに使える現金が、それも一万円札が二十枚出てきたのでそれをポケットに滑り込ませて死体の方へ。由佳里ちゃんのお母さんは着ていた白いエプロンを朱色に染めてさらにはそれを脱がされた仰向けの状態で全裸で死んでいたので僕は外傷を探したが見当たらないので後ろの面にひっくり返してみると背中に大きな切り傷があった。僕はその傷を別に怖いとも思わずにもう一度ひっくり返して、僕が待ち望んでいた『何か』をしようと試みた。僕は由佳里ちゃんのお母さんの肢体を見て股間のそれをいきり立たせていたので挿入は容易だった。
由佳里ちゃんのお母さんの中に残ったほのかな体温を僕は全身に感じながら恍惚とした表情で腰を前後させる。そして思う。いったい誰が由佳里ちゃんのお母さんを殺したのだろうか、と。答えはおのずと現れた。「俺がやったんだ」その声は僕の中から響く、そして唸るような重低音で語る。そいつは死んだはずの僕の父さんの亡霊だと自己紹介し、僕はそれを否定することもなかったが心にはわだかまりが残る。
本当はそうじゃないのだろうと僕が絶頂に達しそうになりながらも訊いてみるとそいつはあっさりとそれを肯定し、自分が僕の中に宿る殺人衝動だということを伝えた。「しかし父だというのはあながち間違っていないぞ」ともそいつは喋る。僕はもう少しで『何か』を終わらせらせそうなのにそいつのせいで集中できないのでいらいらしながらも相槌を打ってやる。しかし僕はそいつの一言目でキレた。「お前は俺の中に宿る殺人衝動から生まれた」だと? ふざけてやがる。僕の両親が互いに殺人衝動を抱きながら僕が今やっている行為をしたところ悪意の塊であり殺意の王様である僕が生まれましたとさ、なんて納得できるはずがないしそんなくだらないことで『何か』が台無しになってしまうことを考えると僕はそいつを殺したくなって堪らなかったがそいつが僕の精神の中の住人であることはどうやら本当らしいし僕はしぶしぶそいつの言うことを聞き入れた。僕はその数秒後に絶頂を迎えた。
しかしとても気持ちがよかったので僕はその行為を今度は生きている人間としたくなったのだ。僕はせっかくなのであと二十数分で帰ってくる由佳里ちゃんのまだ幼い全裸の肉体を想像しながらも暇だったのでもうほとんど冷たくなっていた由佳里ちゃんのお母さんの露わになった胸や臍や股間を舐めまわして感謝の意を伝えながらもう一度僕のものを由佳里ちゃんのお母さんの中に突き刺した。それからのことはあまりに生々しいので僕はあまり語りたくない、僕にもまだ良心が残っている、というわけではなく、僕はただ由佳里ちゃんのまだ十歳程度の未成熟な肉体から発せられる熱や息遣いや鼓動や喘ぎ声を秘匿したいだけなのだ。
僕はそのあと由佳里ちゃんを浴槽に沈めて殺した。僕はそれから興味を持ったので息絶えた由佳里ちゃんとそのお母さんを食卓に並べて解体ショーを始めようと思った。可愛い由佳里ちゃんとそのお母さんを夜な夜なベッドで蹂躙していた由佳里ちゃんのお父さんが憎くて憎くて堪らなかったからだ。僕の中に潜むあいつは僕に注意を促す。「本当の目的を、よもや見失ったわけではないだろうな」僕はそれを余裕そうに返す。「大丈夫だよ、父さん。僕は使命感でいっぱいで、そのためたまに道を逸れてしまうかもしれないけど、十全だ。何もかもね」
それから僕はまだ死んだばかりで肌も柔らかい由佳里ちゃんの右腕を切り落としていった。僕が由佳里ちゃんのお父さんの帰宅に気づいたのは由佳里ちゃんのお父さんかどうかは知らないけどガレージに車の止まった音がしたときだった。僕はいつも由佳里ちゃんの家がそうしているようにいくつかの部屋の明かりを点けテレビの音を響かせながら獲物を捕えるワニのようにじっと由佳里ちゃんとそのお母さんが横たわっているリビングのテーブルの下に隠れていた。もちろん手には切れ味の悪くなったナイフを研いでおいたものがあり、いつでも準備万端だ。そして由佳里ちゃんのお父さんが玄関を開けた音、死のにおいからか本能的に異変に気づいて廊下を駆けた音、そして絶望に打ちひしがれる絶叫。僕はすかさずテーブルの下から飛び出して由佳里ちゃんのお父さんの心臓を刺した。スーツに覆われていたせいか致命傷には至らなかったが僕が二人を殺したと瞬時に理解して僕を蹴り飛ばし息絶え絶えになりながら受話器を取る。警察にかけるのだろう。僕は蹴り飛ばされて痛む腹部を押さえながら鼻からの出血を服の袖でごしごしとふき取る。解体ショーのときに血滴の飛び散って赤くなった服が余計に白い地を失い、そしてそれと同時に由佳里ちゃんのお父さんは激昂する。僕はあらかじめ電話線を切っておいたのだ。それに彼の携帯電話は通じない、というのも僕は人を殺した時のために着替えを持ってきていて、ランドセルの中にしまってあったそれを一度着替えて近所の電気屋さんで電波を遮断する機械を買っていて、それをこの広い部屋に隠している。よって、ここは『圏外』だ。
僕は痛みをこらえながらほくそ笑み、そして台所から取ってきた包丁で由佳里ちゃんのお父さんをめった刺しにする。気づくと、由佳里ちゃんのお父さんは息絶えていて、それは僕がこの家の支配者になったことを意味していた。僕は勝ったのだ。しかし長い期間潜伏していても仕方がないので次の計画を立てる、僕は遠藤に復讐をしたがそれでもまだ足りないのだ。僕はその夜遠藤の家に謝罪をしに行くふりをして遠藤家を皆殺しにしてやろうと企んだ。僕は遠藤ごときで野望を大成させる必要はなかったが、それでもけじめはけじめだ。遠藤と母さんの愛人を殺したらこの地元から離れてもっと強大な敵と戦わなければならないのだ。ひたすらに向上していかなければ僕は井の中の蛙としてもっと大きな存在から見えない支配を受け続けなければならないし、僕はそれを願ってはない。僕はもっと高みを目指して、少なくとも日本は制覇しなければならないと思っている。
僕は悪意から生まれて悪意を進むべき道としている悪意のサラブレッドだ。だからこんなところで小休止しているわけにはいかない。そう決めると、僕はすぐに服を着替えて遠藤の家に向かった。しかし遠藤の家には誰もいないので、僕は遠藤が入院しているのではないかと思いその日はひとまず今は僕の家となった由佳里ちゃんの家へと戻った。一度やってみたいことがある。僕には以前からひとつの疑問があったのだ。それは人間の肉がどんな味をしているかという一種の知的好奇心であり残酷嗜好だった。まだ解体を終えていない由佳里ちゃんのお父さんの死体を台所へ持っていくのは難しいのでとりあえずホットプレートを出して食卓で焼いてしまう作戦を行使することに思い至る。僕は広い家の数多い棚から三十分かけてホットプレートを探し出し、人を何人も殺したための疲労困憊に立ち向かいながらも夕食を摂ることにした。まずは脂肪の多い部位から食べることにしようと思い由佳里ちゃんのお母さんの太ももをホットプレートに置く。由佳里ちゃんのお母さんの大腿の黄色みがかった脂肪が油を跳ねさせながら程よい色づきの焼き肉へと変貌していく。
僕はそれを恐る恐る食べてみるが、それは決して美味しいものではなかった。
しかし僕は死者の尊厳さえも奪ってしまうようなその食事方法に満足していた、そして気づけば大腿骨のみを残して完食していた。それから、残念なことにお腹がいっぱいになってしまったので、残りの肉が腐ってしまわないように大きな冷凍庫へと収納した。ほかの食品は邪魔なので台所に投げておく。最後に残ったのは由佳里ちゃんのお父さんだった、身の丈百八十センチほどの肉塊。これを解体するのは非常に骨が折れるので、僕はきっと男の肉は骨と筋肉ばかりで美味くないだろうと踏み、死臭や腐臭を防ぐために広大な庭の隅に埋めておいた。結局解体するのとは変わらない労働量だった。それからつい数時間前、由佳里ちゃんがもがき苦しんでいた浴槽の横でシャワーを浴びて、高そうなボディーソープとシャンプー、コンディショナーを湯水のごとく使ってべっとりと貼りついていた血糊と脂汗を洗い流し、僕は由佳里ちゃんの寝ていたベッドに顔を埋めて寝た。その日以来安眠は訪れないのに、僕は二度寝したいほどに気持ちいい眠りへと就いてしまった。
ヒュプノスはもしかすると、僕を嘲笑っていたのかもしれない。
そしてタナトスは僕を呼んでいた。
集中力を高めるために朝は由佳里ちゃんの脳みそを昨日出しっぱなしにしていたホットプレートで焼いて食ってから病院へと向かうことにした。きっと受付の看護婦さんは僕が遠藤のクラスメートだということを知ればすぐに面会させてくれるだろうし僕はそのあと悠々とベッドにいる遠藤を殺すことができるだろうから、僕はそれを読んで着替えの服と刃渡り十センチほどのナイフを持っていった。
遠藤がもし個室でなければ同じ部屋の奴らも皆殺しだ。病人が全部死体になってるのを見ると人生の勝者か何だか知らないけど年収数千万円のお医者様方もさど驚かれるだろうな。愉快愉快。それでもって僕が遠藤の見舞いに行ってやったら案の定看護婦さんは僕を通してくれた。そのとき僕はちらりと看護婦さんの左手の薬指にある結婚指輪を見る。清楚に見えていろいろやることはやってるんじゃないか。僕はそういう幸せそうな人間が大嫌いなんだ。だから僕はそんな幸福に生きている人間を絶望の淵に落としてやるんだ。僕は死の神だ、タナトスは僕だ。
そして病室に入っていくと遠藤は突然の来客に片方しかない目を白黒させたかと思うと視線を僕をに合わせて驚愕の表情を浮かべる。僕はにやりと嗤う。お待ちかねの殺りくの時間がやってきました、ぼくが今持っている凶器はなんでしょう? そう聞いてやると、遠藤は訳がわからなそうに叫ぶ。聞いている僕にも聞き取れない訳のわからない言葉だったので不正解ということにしてやった。
回答。
僕が持っているのは狂気でした。みんな正解できるわけないよね。だって正解させるつもりなんてないんだしそんなことでわざわざ粋がらせたところでどうせこいつは三分後には活動を停止しているんだ。僕は懐からナイフを取り出しわざと一撃で殺さないように遠藤の耳を抉った。病院内に遠藤の声が届いてはいけないことを僕はそのあと瞬時に思い出し喉を掻き切ってやる。そうするとあとはひゅうひゅうという呼吸の音しか聞こえなくなって遠藤は死んだ。でも僕はこいつがあっさりと死ねたことに怒りを感じ、死体をばらばらにしてやろうかと思案したが気付かれてもいけないので逃げようと思った。
僕が病室から出るとさっきの受付の看護婦さんがトイレに入っていくのが見えたので僕は後をつける。いやつけようとしたのだが正確にはつけていないといったほうがいい途中で僕は思いとどまって僕の計画に僕が邪魔をすることがあってはならないと僕自身に叱咤したのだから。僕の目標はもっと大きいところになくてはならないしこの街からもそろそろ出なくてはならないというのもそのうち警察の追手がやってきて僕を捕まえようと必死になるに違いないのだからだ。僕はそう思い立ったときその場から百八十度ターンして、まあいわゆる踵を返すってやつなんだけれど病院をあとにしたら外には、というか病院から少し離れたあたりにある由佳里ちゃんの家の周りでは警察官と警察の所有するパトカーなる車輌と警察に勤めている警察官らが顔をしかめたり青ざめたりあるいは馴れたようなさまざまな顔つきをしながら鑑識を進めていた。僕はそれを見たあと警察に見つかったら厄介なので細い路地を通って迂回する。もう由佳里ちゃんの家には戻れないなぁと少し残念に思いながら警察官の方々のお仕事に感謝する。だって物語にはライバルがいないと面白くないからね。せいぜい指紋や頭髪や体液からDNAを検出して僕を楽しませてください。そしたら皆殺しにしてあげます。
そんなことを考えながらも、向かった先は自宅。僕をこの街から遠ざけなかった元凶であり僕がついこの間まで母さんとその愛人と寝食を共にしていた由佳里ちゃんの家とは比べ物にならない質素なところである。でも僕はこの家が好きだ。思い出が詰まっていてそれらすべてを逐一取り出して行くには脳の切開手術か必要なくらい、まあつまるところ膨大な量の情報がこの家には宿っているのだ。だから僕はこの家を焼かなければならない。僕は今までの負け犬だった自分から脱出しなくてはならないしそのためにここで体験したすべてのことに関する記憶を、そして僕の過去を消し去らなければならないのだ。僕はおんぼろな玄関のドアを蹴破って押し入る。
まだ昼だからそこには母さんとその愛人がいて愛人は殺人鬼の目をした僕を見るなり激昂して掴みかかってこようとしたので僕は手に持ったナイフでそいつを殺した。僕はナイフ、これ一本で無敵になれるのだ。それには揺るぎない自信があってそれが僕を蛮勇であらせる確固たる原因なのだろうと思う。愛人が崩れ落ちるとその綺麗な顔、母さんをたぶらかした顔を切り刻んでやる。愛人はもう虫の息なので抵抗はおろか叫び声すら出さない。それから僕は母さんに向き直る。母さんは僕を叱らないしいつもの不機嫌な表情をおくびにも出さない、暴力を振るっていたときの面影はない。
僕は母に向かって尋ねる。「母さんはこいつと毎日何をしてたの」母さんは声を震わせながらとぼける。「何のこと?」僕はナイフを母さんの首筋に当ててやる。母さんは小学生の僕に聞きなれない単語を教えた。「セックスよ」と。
僕は一瞬解き放たれた気持ちになる。すべての真理が自分の頭に流れ込んできたような、それから僕は由佳里ちゃんのお母さんに教わったように母さんとセックスをする。大人の言葉で言うなら、つまりは死姦だ。母さんは決して由佳里ちゃんのお母さんほど美人というわけではなかったしスタイルもよくなかったが僕は母さんの乳首を吸いながら僕の幼かった頃に逆行していくような妙な感覚を覚えた。
僕は気付く、これが僕が本当に欲しかったものなんだ。
ただただ母性がいとおしい。僕は本当は母さんに優しくしてもらいたかったんだ。心ではそう感じながらも、証拠の隠滅を謀るために母さんを犯したあとに僕は家に火をつける。灯油をまいて火をつける。母さんの死に顔はなぜかやすらかに見えた。僕はそれが錯覚だったのか現実だったのかはよくわからないが、母さんは僕の新しい門出を祝ってくれているようだった。
僕の思い出。それをひとつひとつ、噛みしめるように思い出して、僕はそのまま母さんの亡きがらに身を寄せて眠った。パトカーのサイレンが聴覚を刺激したけど関係ない。火の粉が僕に降りかかっても別に何とも感じない。僕は勝ったんだ。つらく苦しい人生から逃れることが出来たんだ。それを、身をもって教えてくれた母さん。
生んでくれて、本当にありがとう。感謝しています。
そしてさようなら。