決断
俺は朝飯を途中で食べるのを止め、荷物を持って家を飛び出した。
後ろから母親が何か言っていたが、全く耳に入らなかった。
頭の中でさっきのニュースを思い出す。
『昨夜未明、◎◎町の浜辺にて女性の遺体が発見されました。遺体は曳船数実さん、24歳と見られ死因は焼死。現在警察が事件として調べています。』
あの写真は間違いない。俺は何度もあの人を見た。彼女は、数入サナさんだ。
と、事務所に向けて全力で走っている俺の頭に疑問が浮かぶ。
数入サナ、と彼女は名乗った。
しかし、ニュースで出た名前は曳船数実。全く違う。
頭がこんがらがってくる。そろそろ息が苦しくなってきたので、一度立ち止まった。
呼吸を整えながら、考える。
何故、彼女は嘘を吐いた?
何故、彼女は死んだ?
―――――だが、警察は事件として調べている。
まさか、殺された?だが、何の為に?
彼女は猫を探していただけだ。それも自分の飼い猫を。
途中、何かの事件にでも巻き込まれたのだろうか。
「・・・って、俺が考えてても埒が明かないよな。」
そう自嘲して、俺は目の前にある事務所を見上げる。
ここなら、多分何かを知っている。
そして、俺よりももっとちゃんとした考えも持っている。
知りたい。俺は、今何が起こっているのかを。
俺は2階へと、足を運んだ。
********************************
「そろそろかなあと、思ってたんだな」
にやにやと、楽しいような難しいような、そんな感じの笑顔で所長は俺を迎えてくれた。
事務所の中はクーラーでひんやりとしていて、走ってきて暑くなった俺の体を冷ましてくれる。
席へ荷物を置くと、すぐに東条さんが冷たい麦茶を持ってきてくれた。
俺はお礼をいってからそれを一気に飲み干す。うん、だいぶ冷えた。
「あのニュース、みたんでしょ?」
「・・・・・はい。」
俺はグラスを席に置き、所長の机の前に向っていく。
「教えてください、何があったのか。」
「まるで僕が全て知っているみたいな言い方だよね、それ。」
「知らないはず、ありませんから。」
「・・・・・千種。」
「覚悟はあるのかな?」
昨日と同じ、そっくりそのままの質問を投げかけられた。
「採用しておいてなんだけれど、ここからはまあまあ危険な道に入っちゃうんだな。多分、非日常で、非現実で、非合理な世界。もしも君がこちらへとくるのなら、僕は全部話してあげる。そしてこの事件を一緒に解決する。でもこないなら、今日でお別れ。君はこのまま帰って、全部忘れるんだよ。日常・現実・合理な世界に帰りなさい。・・・・さて、どーする?」
おそらく俺はかなりやばい所に足を突っ込んでいるのだろう。
多分漫画とかドラマによくある、裏の世界とかいうやつだ。
実を言うと、けっこうそんな感じの世界には憧れというものがあった。
高校生の時、何にもやる気が起きなくて、それでも毎日が過ぎていく。日常しかなかった。
非日常は憧れた。空想の中では、俺はありとあらゆる人物になっていた。
だがそれは空想だから楽しいのであって、実際に非日常の世界になったらきっと「やっぱり日常がいいよ!」となるんだろう。
裏の世界に、表はいらないのだ。
そう思っていたのに、今俺はその狭間にいる。
多分、とゆうか絶対、俺は今ここで引き返すべきなのだろう。
けれど。
「俺、知りたいんです。こちらとか、あちらとか関係なくて、何故彼女は、数入サナは嘘を吐いたのか。俺は、真実が知りたい。」
「・・・・真実が君を殺してしまうかもしれないよう?」
「・・・殺されるのはちょっと、嫌ですが・・・・。それでも!俺は、知りたいんです。」
「・・・・・・・・・」
「・・・えへへ。」
それは多分、本当の心からの笑顔だったのだと思う。
ふにゃりと、優しく、年相応の笑顔で、所長は笑った。
「うん、僕の目に狂いはなかった。日比野千種、君は今から本採用だよ。立派なここの社員さん。」
「あ、ありがとうございます!」
「うふふ、まさかこんなに面白い子だとは思わなかったんだな。隼、一里。てな訳で彼は今日から僕らの仲間だよ。」
「嬉しいですね。これからもよろしくお願い致しますね、千種さん。」
「・・・・・・・。」
「は、はい。よろしくお願いします!」
どうやら俺の覚悟が認められたらしい。
俺はもう、おそらくは表には帰れないのかもしれない。
けれどやはり、俺は非日常に憧れていたのだ。
この事務所に入ってすぐ止めなかったのも、この3人が全くの常識外れだったからだ。
こんな人達、日常で会えることなんてない。
俺は、嬉しかったんだ。少しでも非日常に入れて。
なんでだろう、危険なこともあるんだろうけど。
それ以上に、すごく嬉しかった。
「さてさて、それでは本題に入りますか。みんな席についてちょーだい。・・・・座った?では、本題にいきますよ。まずはこれを言っておいた方がいいのかもね。」
「この世界に数入サナなんて人間は存在しないってことを。」




