対決 その3
曳舟沃実が生まれたのはそういった世界の家だった。
昔から家にはそういった関係の人間が出入りしていたし、自分も幼いころからそういった景色は見慣れていた。
小学生のころ小さい妹と共に父に連れられて拷問されている手下を見せられた。
彼女は泣きもせず、笑いもせず、唯その拷問風景を見つめていた。妹は泣いていたが、曳舟沃実はなんとも思わなかった。なんとも思えなかった。
自分がいるこの世界では、これは当たり前の光景なのだと、幼い彼女は理解していた。
彼女は学校に行きながら、少しずつ裏の世界で仕事をするようになった。高校生の時には周りが青春している中で、既に何人もを自ら手にかけていた。
無愛想で何を考えているか分からない彼女は、クラスで浮いた存在だった。
友達もいなかった。けれど曳舟沃実はそんなものは必要としなかった。
高校を卒業すると彼女は父に紹介され、大蔵組に入ることになった。
数年後妹も同じく大蔵組に入った。しかしその頃には、曳舟沃実は既にトップクラスの幹部へと上り詰めていた。
曳舟沃実の毎日は充実していた。それが、とある事務所が起こした事件により一変する。
共闘関係にあるとある組合が、たった3人の手によって壊滅状態に陥ったのだ。
彼女は調べつくした。そこで、一つの事務所に辿り着いた。
AMC石投事務所
直ぐに部下に調べさせた。そして、潰してしまうことを決めた。
どうやって潰そうか考えている途中、事件が起きた。
妹が宝石を持ちだして逃げたのだ。
驚きを隠せなかった。衝撃を隠せなかった。はじめて裏切られてしまった。
部下に探し出させ、すぐに見つけた。話を聞いたら、「一般人と付き合うことになって足を洗いたかった。お金が必要だったから管理を任されていた宝石を持って逃げ、換金しようと思ってた。けど逃げられなかった。だから隠した。詳しい事はAMCが知っている。」と言われ、自分で妹の頭を銃で撃ちぬいた。
だが一つ妹に感謝した。AMCを潰せる絶好の機会だと。
直ぐに実行に移した。そして所長を閉じ込めておく事に成功した。ここまでは良かったのだ。
だが、計画は全て壊された。目の前にいる少女に。
自分の計画が狂う事は曳舟沃実にとって何より許されない事だった。
だから殺す。この少女を殺す。何が何でも殺す。そう決めていた。
なのに。
彼女は自分の体を凝視する。
全てが赤く染まっていた。体中から血が溢れていた。体中から痛みが走った。
目に映る世界は、赤い。
「・・・・・・ぇ」
「・・・これね、僕のお気に入りのナイフ。ボウイナイフっていってね、切れ味抜群なんだ。あ、さっき投げたナイフはダガーね。僕は主にナイフ使うんだけど、この二つは特にお気に入り。まあこの二つしか使わないけど。それで、どうかな?痛い?」
痛い。けれど体中が悲鳴をあげており痛みの感覚がわからなくなってきた。
体が言う事を聞かず、そのまま倒れていく。手を伸ばす事も出来なかった。
少女の言葉だけが、耳に聞こえてきた。
「沃実ちゃんは銃の命中率がいいといった。けどそれはいつから?銃持って最近の話でしょうそれ。そんな人間の命中率がいい訳ないじゃない。実戦で使ってても動けない相手にだけでしょう。動く相手に対してはきみの銃なんて命中どころじゃないんだよ。命中しない銃なら、ナイフの方が早いんだ。それに僕はナイフに関してはまあまあの自信がある。勝負は始まる前から決まってたんだよ。残念だね、本当。じゃ、あの世で妹ちゃんと仲良くね。今度は普通の一般家庭に生まれるといいね。・・・ってもう聞こえてないか。死んでんじゃん。」
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「・・・・。」
「一里、髪乱れちゃった。直して。」
「・・・・。」
「ありがと。さてと、【烏】に連絡しないとね。」
「もう手配しております。」
「お、隼。おっつかれー。」
「所長こそ。こちらの方は既に処理して下さいましたよ。間もなくこちらに見える頃かと。」
「そっかーありがと!んじゃ、一里は車の準備しといて。隼は、千種を迎えに行ってあげてね。」
「・・・。」
「承知しました。」
一里は車が置いてある所へ、隼は千種の元へそれぞれ向かった。
残された命は、血に染まったナイフを一里にもらったハンカチで拭い元の綺麗な銀色へと戻した。
ナイフをしまい、携帯を取り出す。
画面を見た瞬間、携帯が震える。ディスプレイに表示された番号に軽く不機嫌になりながらも、通話ボタンを押した。
『おっつー石投サン!ご機嫌如何かにゃ?』
「・・・・・・この電話はー現在使われておりませーん。死んでから出直してくださーい」
『辛辣!!俺っちそんなに嫌われてんのー!?』
「そのテンションの高さがこっちにもあると思ったら大間違いなんだよ。後嫌われてるじゃないよ嫌いなんだよ。」
『えーそんな事言ったらいい情報あるのに教えてやんないぞー。とってもとっても素敵な情報なのににゃー。』
「・・・・何。」
『大蔵組潰しちゃったから。』
「・・・・何のつもり?」
『いやー今大蔵組にいるんだけど死体ばっか倒れてんの。弱いねーこいつら。ねー石投サン俺っちとバトろうよー弱い奴潰すの飽きちゃったにゃん。』
「質問に答えないのなら切るよ。」
『ごめん!待ってにゃ!えっとームカついたから。』
「・・・・・実に君らしい理由だな・・・。」
『元々ご主人様が大蔵組目障りだったみたいでさー。俺っちももう必要にゃいとか言われちゃったからいらっとしてつい殺しちゃった。ご主人様もいいって言ったし。それにこいつら石投サン達に復讐する気満々だったみたいよ?余計な体力使わずすんでよかったっしょ?』
「・・・・・・。」
『沈黙は肯定と受け取るにゃん。あ、宝石はあげるってさー。こっちには必要のないものだしね。・・・それにしても俺っちの番号覚えててくれたのね。ありがと、アイシテル。』
「たまたま出ただけだし、僕は愛してなんかない。・・・・まあ、一応君の飼い主にはお礼伝えといて。誰かはよく知らないけど。じゃ、今度こそほんとに切るよ。」
『おっけーい。伝えとくー。じゃあねーん石投さん。俺っちまた会いに行くからー!』
「・・・・会いに来るなよ・・・・。にしても、まあ余分な敵増やさずに済んでよかったか。さてと。そろそろ千種と隼も来るし、一里の車も来るかな。いつの間にか片付けも済んでるし。んじゃ、海でも眺めながら待ちますか。」