対決 その2
丸腰の男たちはいきなり銃を壊されたことに驚きを隠せないようで、俺でも簡単に気絶させることができた。
一応合気道はやっていたが、こんな状況になることはまずなかったので腕がなまっていないか心配だった。けど何とかなったみたいだ。俺達を囲んでいた男たち全員が倒れているのだから。
残るは後一人。曳船沃実だけ。
「こんな、簡単に・・・・。」
「準備運動にもなりませんねぇ、これでは。千種さんも、初陣にしては中々でしたよ。」
「あ、ありがとうございます・・・!」
「んふふー3人とも御苦労さま。さて、沃実ちゃん。まさかこれで終わりなんて言わないよね?」
「くっ・・・・!」
その時だった。
にゃあ、と鳴く声が聞こえた。
俺達は全員声の主を探す。辺りを見渡して、暗闇の中を必死に探した。
と、俺は近くにあったコンテナの上に三つの小さな光を見つけた。小さくて良く見えないが、間違いない。
「いた!」
俺が指さす方を全員が注目した。そこには、首に大きな緑色の宝石をつけている、黒い猫の姿があった。
俺の声に驚いたのか、黒猫はコンテナの上からどこかへと逃げてしまった。
「って逃げた!」
「千種なーいす!僕らも追うよ!」
「させないわ。」
大きな発砲音が辺り一面に響き渡った。俺達4人の動きは止まる。
下を見ると、俺の足元には銃弾がめり込んだ跡がある。俺は間一髪、当たらなかった。
銃声の元を辿ると、曳船沃実が銃を構えて立っていた。
「動かないで。次は当てるわよ。」
「・・・・ふうん。やっぱ持ってたか。千種、上手いこと避けれたね。」
「多分偶然です・・・・。」
「猫、見つけてくれてありがとね。感謝してあげる。」
全く感情のこもっていない声でそう言われた。
曳船沃実は俺達に銃を向けたまま懐から携帯を取り出した。
「D班。待機は終了。猫を発見したわ。今すぐ追いなさい。場所は私がいる地点からすぐよ。必ず、捕まえなさい。」
それだけ伝い終えると、直ぐに通話を止め、再び懐に携帯を閉まった。
まだいたのか。周りに倒れている男たち、それと事務所でのびている男たちだけだと思っていた。
俺のそんな考えが読めているのか、曳船沃実は俺ににやりと嫌な笑いを見せた。
「伏兵は用意しておくものよ。それくらいこの世界にいるのなら覚えておきなさい、ボウヤ。」
「・・・ボウヤなんて歳じゃないんだけどな・・・。」
けど今の状況は圧倒的に不利だ。俺は横目で所長を見る。
笑っていた。それもすごい楽しそうに。まるでこの状況を待ってましたと言わんばかりに。
俺はさっきの考えが馬鹿らしく思えてきた。
まだ数日付き合っただけだけど、この人の事はだいぶ分かっているつもりだ。
所長にとって不利な状況など、何一つないのだ。
「んははははは。それも読んでたりして。沃実ちゃんって意外と単純なんだねえ。」
「・・・・その減らず口いつまで叩けるかしら?」
「叩くさ。だってさあ、沃実ちゃん。」
「そんな銃でどうやって戦うの?」
一瞬だった。
俺も曳船沃実も驚いた。銃の先に小さなナイフが刺さっていたからだ。
全く訳がわからない。唯一つわかるのは、それが所長が投げたということだけだ。
「千種!猫捕まえてきて!」
「え!?へ?」
「それが君の仕事でしょ?」
「・・・っはい!!」
俺はその場を離れて猫の逃げた先へと走った。遠くの方で所長の声で「安心して走って探しておいで!」という声が聞こえたので、了解という代わりに右手を大きく掲げた。
猫を探す、それは俺が所長に任された仕事だ。
あの人は俺が猫を捕まえることが俺の仕事だといった。つまりそれは、俺を信じてくれてるんだと思う。
こんな状況なのに、顔がにやけてきてしまう。が、両手で思い切り自分の顔を叩いてやった。
「にやけるのは後でいい、今はとにかく黒猫だ!!」
渇を入れ、俺は猫を追いかけ走った。
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「さて。隼はさっきメールで来た場所に向かってくれる?多分そこにもう一つ伏兵部隊いるはずだから。」
「な・・・!?」
曳船沃実は動揺を隠せなかった。確かに、この場所から少し離れた場所に伏兵のE班を待機させてある。元々待機させる予定は無かったのだが、万が一にも考えて置いていたのだ。
それがあっさり見破られてしまっている。一体いつわかったのか曳船沃実は全く分からなかった。
「了解しました。それでは、失礼致します。」
そう言って執事は主である石投命の手の甲に唇を落とすと、走って伏兵部隊のいる場所へと向かっていった。
曳船沃実は小さく舌打ちした。もういい、あの場所はあの執事にくれてやる。
先ほど見た動きから、あの執事が只者でないことくらいわかっていた。
ならばあの執事が少しでも離れている間に、この二人を始末すればいい。
「一里はなるべく僕から離れててね。」
「・・・・。」
巨体な男は頷くと自分達から数メートル離れた場所で腕を組んで立っていた。
先ほど見ていたが、あの男は敵を、自分たちを倒してはいない。
彼は石投命に武器が当たらないようにガードしていただけだ。実際に自分たちを倒したのはあの執事とボウヤだけ。
ならばあの男は相手にするまでもない。曳船沃実は目の前の少女を見据える。
自分が相手をするのは、この少女だけだ。
「・・・何故、もうひとつ伏兵部隊があると知っているの?」
「単純な人の思考を読むのは案外簡単だったりして。」
「っ!人を馬鹿にするのもいい加減になさい!!」
「・・・馬鹿を馬鹿にして何が悪いのさ。残念だよ沃実ちゃん、僕はもうちょっと貴方はできる子だと思ってたんだけどな。期待はずれにも程があるね。あららー。」
「・・・・もういいわ。貴方は殺す。何が何でも殺す。大体、年上にちゃん付けしないでくれる?」
「殺す・・・ねえ。」
「私が銃を一つしか持っていないと思って?」
曳船沃実はジャケットの後ろからもう一つ忍ばせておいた拳銃を取り出し、石投命に向けた。
少女は驚いた様子もなく、唯銃を見つめるだけだった。
「・・・・・。」
「私はね、いつも二丁持ち歩いているの。こういった事態に備えてね。覚悟してくれる?これでも命中率は良い方だから。」
「・・・・・。」
「急にだんまり?さすがに銃を向けられると大人しくなるようね。もう貴方を守ってくれる人はいない。【燕】はここまで飛んでこれないし、狙撃手の気配ももう無い。あの執事はいないし、あの巨体の男は見ているだけみたいだし。あのボウヤももういない。今度こそ本当にチェックメイトよ。」
「・・・殺してみなよ。」
「・・・え?」
急に恐怖が曳船沃実を襲った。目の前にいる少女の態度が先ほどとは違うからだ。
自分に対してあんな軽口を叩いていた少女には思えなかった。
「僕ね、殺されるって思ったことないんだよね。けど、殺してって思ったことは沢山あった。けど死ななかった。死ねなかった。なんでだろうね。」
「・・・・?」
「この間ようやくわかったよ。僕はいつだってそちら側だったからさ。」
「そちら側?」
「殺す側。」
少女は懐からナイフを取り出し、こちらへ刃を向けた。
銃を構えた自分と、ナイフを構える少女。お互い武器を向けたまま、まだ動かない。
「沃実ちゃんさあ、僕の事ちゃんと知ってんの?」
「?何のこと?」
少女、石投命のことについては部下に調べさせた。
AMC石投事務所の所長であり、裏の世界では厄介な人物。少女の様な外見でありながら、これまで数々のそういった事務所をつぶしてきた人物。
「それくらししか出てこなかったけれど?」
「ふーん。やっぱつっくんがいじってくれてんのか・・・。まあいいや。今度はちゃんと情報屋さんに頼んで調べてもらうといいよ。まあ、今度なんてもうないけれど。」
「・・・言ってくれるわね。でもどう考えても貴方の方が不利よ?そのナイフではリーチが短い。私の銃は貴方にまっすぐ向けられていつでも発砲できる状態。貴方がこちらへナイフで向かって来ても、私の銃のが早いわ。」
「・・・・在り来たりな答えだなあ。でもね、それは不正解。僕に君の銃はきかない。」
「・・・・?」
「それじゃあ、ばいばい。沃実ちゃん。妹ちゃんと仲良くね。」