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大広間に進むに連れ、エレーンは非常に居心地が悪くなるのを感じた。
何故なら自分を隣でエスコートしているのは、最上級の独身貴公子マティアスだからだ。
周りがエレーンを好奇の眼で見ているのが嫌でも分かる。
聞こえるようにこう言い合っているのが聞こえてきた。
「誰ですの?あのご令嬢は?」
「マティアス様のご親戚?」
「まさか新しい恋人って事はないわよねぇ…」
「まさかぁ…」
エレーンはフロアへ足を進めながらも、どこか遠くへ逃げ出してしまいたいくらいだった。
(コルセットだけじゃなく、周りの視線もキツイなんて、ほんとツライわ。マティアス様は私と一緒にいて迷惑に思っていないのかしら…)
そっと、マティアスに目線だけを移す。
不思議にもマティアスは何も聞こえないかのように、ニコニコ微笑んで歩いている。
今回のエスコートはきっと、王太子の事が関係しているに違いない。
まるで、マティアスが王太子と自分を取り持とうとしているようだ、とエレーンは思った。
王太子に頼まれたとしても、わざわざ舞踏会のエスコート役を買ってまで出席させるだろうか?
しかも明らかに不釣合いの相手なのに……と。
フロアの中央で王太子とベルト公爵令嬢のヘレーネが優雅に踊っている。
宮廷でも特に美男美女の二人のダンスに会場の皆はうっとりとした表情で眺めていた。
(なんて、美男美女の組み合わせなのかしら。それにお二人共ダンスがお上手…)
エレーンもうっとりと眺めていたが、やがて曲が終わり、いよいよ招待客も踊ることになった。
「さあ、エレーン。一曲お願いします」
改めてマティアスがダンスの申し込みをする。
エレーンはダンスが得意ではなかったが、マティアスのリードが完璧だった為、それ程見苦しい物にはならなかった。
(さすが、マティアス様。こんなにダンスがお上手だなんて。マティアス様のお相手をしたい方が沢山いるのに、私なんかが貴重な一曲目の相手をしたなんて申し訳ないわ……)
エレーンは一曲踊っただけで、既に疲れて休みたかったができなかった。
今日のマティアスの連れは誰だろうと興味本位でダンスに申し込んでくる男性が次々と現れたからだ。
エレーンはダンスの間、矢継ぎ早に質問を浴びた。
「初めてお見かけしましたが、どちらのお嬢様ですか?」
「マティアス殿とはどのようなご縁で?」
「お父上の役職は?」
嘘をつく事も出来ないので、エレーンは、郊外のベレー地区に領地を持つ、ジニア大使副官のハルト伯爵の娘と答えた。もちろんそれだけでマティアスの親戚でない事はすぐに相手に分かる。
さすがについさっき踊り始めたエレーンに、必要以上にマティアスとの関係を詮索するような男はおらず、適当な話に会話が流れた。
一旦舞踏曲が終わり、談笑の時間になる。
エレーンがほっと息をついて飲み物を取りに行こうとした時、マティアスが絶妙のタイミングでエレーンにグラスを差し出した。
「エレーン、お疲れ様。実に素晴らしいダンスだったよ」
と、労うのと褒めるのも忘れない。
(マティアス様、完璧過ぎる……)
ようは慣れているのだろうが、それでもマティアスには感心しないではいられなかった。
「落ち着いた? じゃあ、ジルの待ってるバルコニーへ行こうか。彼は君とのダンスがお預けになって拗ねてるよ。機嫌を直してあげて」
(……え? 殿下が拗ねてる、ってどういうこと? それに私、殿下に会う心の準備ができてない!)
ただでさえ、苦手なダンスを初対面の相手と次々と踊ったのだ。彼らよりも格上の王太子に会うのはさらに緊張しなければならない。
一旦息を整えたくても、コルセットのキツさは相変わらずで、エレーンは呼吸困難ながらもマティアスに続きジルフォードの元へ向かった。