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「まもなくご到着です」
御者の声にエレーンは落ち着こうと大きく息を吸おうとするが、それは失敗に終わった。 あまりにもきつくコルセットで腰を締め付けているからだ。
(うぅ、なんて苦しいの、もう限界だわ……)
一週間前のマティアスの訪問の後、早速ライアスは舞踏会で着るドレスを従姉妹のロレーンから借りてきた。しかし、華奢な従姉妹用に繕われたドレスは、エレーンにはきつすぎ、普段以上にコルセットで腰を細くするはめになった。結果ほぼ呼吸困難な状態になったが、ライアスは
『気合いと根性で乗り切れ』
と訳のわからない精神論を持ち出してきた。
しかも従姉妹の栗色の髪に緑の目、華奢な身体に合うドレスは白のレースが特徴的なモスグリーン色で、自分には全然似合ってないとエレーンは嘆いた。
『ドレスはキツすぎだし、全然似合ってないし、ほんと惨めだわ、宮廷の馬車なんて来なかったらいいのに』
しかし、マティアスが約束した通りに迎えの馬車はやって来た。
ドレスを着るため、朝食も昼食も取っていないエレーンは、馬車に揺られ気分が悪くなるのを心配したが、さすがに宮廷の馬車は揺れが少なく、最高級の皮張りのソファは坐り心地が抜群だった。
しかしそれでも息苦しいのに変わりはなく、せっかくの宮廷馬車で寛ぐことはできなかった。
(とにかく、舞踏会は早めに切り上げたいわ。大丈夫、ダンスに誘ってくる人なんていないし、マティアス様はお忙しいだろうし……」
その時、馬車がゆっくりと止まり、ノックの後で扉が開いた。門番の護衛がエレーンに手を貸し、馬車から降りた。
「ここは…」
普段出入りする門とは違う。反対側の王家専用の通用門だ。上級貴族でさえ使用は許可されていないのに、自分がそこを使っていることにエレーンは恐れ多いと恐縮してしまう。
しかしそのおかげで貴族たちが出入りする門の混雑にも巻き込まれず、無駄に人に会うこともないのはありがたかった。
「やあ、エレーン。今夜は一段と綺麗だね!」
マティアスの陽気な声が聞こえてきた。視線の先には相変わらず輝くようなマティアスの姿があった。
「マ、マティアス様! あの、この度はご招待を賜っただけでなく、その、このような立派な馬車までご用意していただいて…」
エレーンはコルセットのせいで、かすれるような声しか出せなかったが、力の限り声をしぼり出して言った。やはり息苦しくて、顔色が悪いのは気付かれているだろうか。
「いやー馬車なんて、王家の人間が少ないせいで、たくさん持て余してるから、気にしないでくれ。御者も久しぶりに仕事が出来て喜んでる筈だよ」
マティアスは満面の笑みで答えている。その気さくな態度に、緊張気味のエレーンもつられて笑みがこぼれた。
「では早速だけど舞踏会へ向かおう。さあ、お手をどうぞ」
そういうとマティアスはエレーンに腕を差し出す。
エレーンは一瞬戸惑いを見せたが、マティアスの腕を取り一緒に歩き始めた。
(マティアス様の横に並んで歩くなんて、現実かしら。不釣り合いにも程があるし、誰かに見られたら、なんて言われるかしら…)
エレーンは、マティアスに迷惑ではないか、何を思っての待遇なのかと、口を開こうとしたが、マティアスの方が早かった。
「実はね、舞踏会の間にジルが君と話をしたいらしいよ。頃合いを見て案内するから、君もそのつもりでいてほしい」
「え? あの、王太子殿下が…?」
「ああ、別に君に変な事するつもりじゃないだろうから。そこは安心して大丈夫」
そう言うとマティアスはエレーンにウインクしてみせた。その慣れた様子にエレーンはどぎまぎしてしまった。