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「一体どうなってるんだっ!? エレーン!!」
マティアスが去って先に我に返ったのは、兄のライアスの方だった。
「マティアス様、つまりは王太子殿下の側近がわざわざうちに来て、舞踏会の招待をしに来るなんて、うちじゃ前代未聞のことだっ! ひいお祖父様が爵位を貰った時だって、使いが来て書状を置いていっただけだと聞くのにっ! しかもえらくお前のことを気にいっていたようじゃないか! 昨日何かあったのか?」
ライアスの大声に、エレーンはハッと我に返った。
「ーーあ、え? 何か? ……ないっ! 何もなかったわ!」
「じゃあなぜだ!? マティアス様のお相手はいつも年上の人妻、お前みたいなガキを見初めるわけはないし。何か目的があるのか?あぁ、わからんっ! お前、何か心当たりはないのか?」
「……ええ」
「とにかく、お前がマティアス様に気にいられているうちがチャンスだ。この機会にやんごとなき方を紹介してくださるかもしれん! ところでお前、まさか、そんなドレスで舞踏会に出るつもりじゃないだろうな? いいか、宮廷の馬車が迎えにくるんだぞ! うちとしては馬車を用意しないで助かるが、そんなボロドレスじゃ、御者の方がいい物着てるぞ! かと言って昨日着て行ったドレスをまた着せる訳にはいかない。しかし一週間後じゃ仕立てが間に合わないッ!」
「……ええ、でも仕方がないわ。去年作ったドレスで間に合わせます」
「ダメだ! ただでさえ見映えのしないお前が去年の流行遅れのドレスなんかで済ませたらひどいことになる。 そうだ! ロレーンのドレスを借りろ! この前伯父さんの所に行った時、新しいドレスを作ったって見せられたんだ。ただこの前階段で足を捻ったらしい。おそらく舞踏会には行けないだろうから借りるといい」
「駄目よ! ロリー姉様ってかなり細いんだもの。わたしには着られないわ!」
「そんなこと言ってられないだろ! マリーにコルセットで締め上げてもらえ」
ちょうどその時、年若い女中のマリーゼが茶を持って客間に入ってきた。
歳の頃はエレーンと同じ、青い瞳にこの国には珍しい黒髪の組み合わせだ。小柄なので茶器を運ぶワゴンが非常に大きく重そうに見える。
「お待たせしました。……もしかして、もうお客様はお帰りになりましたか?申し訳ございません!この家で一番高いお茶を奥から出して、お茶菓子も切らしてましたから、どうしようかと色々思案しながら、ご用意するのにすっかり時間がかかってしまいました……。間に合わずに申し訳ございませんでした」
「いや、いいんだ。うちで一番高価な茶といっても、宮廷の物とは比べ物にならなくて口に合わなかったろうしな。マティアス様もあっという間に帰ってしまったし」
「それにしましても、ここへお通しする際拝見しましたが、マティアス様ですか、男性なのにすごくお綺麗な顔立ちをしてらっしゃいましたね。端正と言いますか、本当にに素敵なお方でした……」
みるみるマリーゼの頬が赤く染まり、表情も夢心地になっていく。
「マティアス様の母君、そして殿下方の母君の故王妃様のご実家オルト家は代々美形の家系だからな。男の俺だって見とれるぐらいだ。とにかく早くロレーンの所へ行ってドレスを借りてくる。これもエリー、お前の縁談の為だ。舞踏会でマティアス様が誰とお前を会わせて下さるかわからんからな。マティアス様の親戚なら大変な玉の輿だぞ!」
興奮して大急ぎで支度するの兄を見ながら、エレーンは昨日の王太子とのやりとりは黙っておこうと決めた。