10
いよいよ 舞踏会が始まり、予定通りジルフォードは一曲目を右大臣の令嬢と踊る。
踊りながら彼はフロアを見渡し、エレーンの姿を探した。
一週間前の夕方、任務報告の後にマティアスがこう話し出したのを彼は思い出した。
◇◇◇
『ジル、いい報告がある。 エレーンが舞踏会に出席するんだ。招待客リストに載ってなかったから、早速彼女に会いに行ってオッケーをもらってきたよ』
彼は一瞬意味が分からず言葉に詰まり、マティアスを見るとニタニタ笑いながらこちらを見ている。
早速彼女に会ってきたとはどういうことだ?
黙って勝手に彼女に会っていたのが腹立たしい。
『それは嬉しいが……マティアス、エレーンに余計な事は言ってないだろうな?』
『余計な事? 何だい、それ。で、 その夜は僕が王宮門に彼女を迎えに行ってエスコートすることになってるから。兄のライアス君は用があって来れないらしい』
『それなら私が行く。彼女と話がしたいし』
『それはまずいんじゃないか。君がいきなり行くと、まず彼女がびっくりするだろ? 門番や護衛達もなんて噂するか分からない。僕の方がいい』
その提案にジルフォードは不満だった。マティアスも何かと目立つ。それに彼女がマティアスに惹かれてしまう可能性もなくはない、マティアスは宮廷の中でも人気があって美形だし、気さくで人受けは抜群だ、と彼は心配だった。
『大丈夫。彼女を独占したりしないよ。タイミングを見計らって彼女と話できるようにセッティングするからさ。どこがいい? バルコニー? 客間? まさか密室で彼女を襲ったりしないよね?』
『当たり前だ!』
ジルフォードはマティアスの軽口を受け流せる余裕はなかった。
◇◇◇
その時、マティアスの横でこちらを見ているエレーンの姿が見えた。
緑色のドレスに身を包み、ブロンドの髪を夜会用に高く結っている。
早く彼女の側へ行きたい、彼女と最初から踊れたらどんなによかったかとジルフォードは溜息が出そうになり、つくづく自分の身分が嫌になった。
彼女が王太子の自分に対して、ひどく遠慮していたのを、この前の園遊会で思い知らされた。
彼女は本来はのびやかで堅苦しい事は嫌いな筈だ。自分が王太子という理由で、彼女に受け入れてもらえないのなら、彼はこの地位を捨てても構わないくらいに考え始めていた。
幸い彼には弟がいる。彼は自分より弟の方が文武に優れ、民からも人気があり、将来良き国王となって国を治めてくれるだろうと思っていた。
色々思案しているうちに、ようやく一曲終わった。
その後も社交上、彼は立て続けに高位貴族の令嬢達と踊らなければならなかったが、頭の中はエレーンでいっぱいだった。
私の熱意で必ず彼女を振り向かせたいーー。
ようやく義務的なダンスが終わった後、ジルフォードはエレーンへの想いを胸にバルコニーへ向かった。