【銀嶺の鼓動】― 【ドン、と鳴ったら気をつけろ】─
9月24日の「ゴリラの日」を記念して開催された清坂正吾様主催の個人企画『ゴリラパーティー』の参加作品です。
最後まで読んでいただけるとありがたいです。m(_ _)m
【銀嶺の鼓動】
──唯一の肉親である、難病の妹を救うためには大金がいる。
密林を切り裂く怒号と銃声、そして悲鳴が入り混じる。
商会が金に飽かして掻き集めた屈強な猟兵たちは、しかし誰一人として満足に獲物へ近づくことすらできずにいた。
「な、なんだこの群れは……統率されてやがる……!?」
四方八方の茂みの奥から次々と現れる屈強な個体たちは、闇雲に襲いかかっては来なかった。
木々を揺らして左右から回り込む──かと思わせて頭上から現れ、時には胸を反らして巨躯を誇示するように立ち上がる。
——威嚇でありながら、絶妙な間合いでの威圧。
猟兵の一人が半狂乱で発砲した銃弾は虚しく樹皮を削るばかりで、次の瞬間には巨大な掌に銃身ごと薙ぎ払われ、悲鳴を上げて藪の中へ吹き飛んでいった。
統制の取れた群れの動きは、まるで最初から「殺さない」ことを目的としているかのようだった……が。
「ひ、退け……退けぇぇ!」
「ひぃ……! にげ、逃げろっ!!」
そんな判断力を失った半数以上の猟兵が、恐慌のままに我先へと逃げ去っていく。
──その喧騒の中心で青年ハンターは、ただ一体の巨影と対峙していた。
彼が追っていたはずの、あの華奢で美しいシルバーの毛並みを持つ長ではない。
それよりも遥かに大柄で、傷だらけの毛皮を纏った異形のシルバーバック——群れの中でも最も過酷な戦いを潜り抜けてきたであろう、森の番人。
「アレが長なら……お前は、群れの盾か」
言葉が届くはずもないその問いに応えるように、異形の巨体が弾丸のように地を蹴った。
咄嗟に猟銃を盾に構えたが、視界が歪むほどの衝撃が青年の肩を捉え、銃は虚しく宙を舞う。
受け身も取れぬまま幾度となく地面に叩きつけられ、鉄の味が口の中に広がった。
——落ちる。
足元の土が崩れ、視界が緑から灰色の空へと反転する感覚。
頭部を強かに打ちつけた瞬間、青年の意識は暗闇の底へと沈んでいった。
◆ ◆ ◆
(あれは……一週間前か……。)
暗闇の中、記憶だけが鮮明に蘇る。
商会長の依頼を受け、鬱蒼とした密林の奥、レオン・バウアーはその個体と初めて相まみえていた。
屈強な雄たちとは似つかわない、噂に聞いていた通りの、しなやかで無駄のない体躯。
背中から腰へと流れる、光を弾くほどに美しいシルバーの長い毛。
銃を構えるレオンの指先が、かすかに震えていた。
──結果は、惨敗だった。
しなやかな体躯は恐ろしいほど無駄のない動きでレオンの死角を突き、飛び交う銃弾を躱し、一瞬にして彼を叩きのめす。
死を覚悟し、静かに目を閉じるレオン。
だが、いくら待っても爪が喉元を裂く感触は訪れなかった。
恐る恐る目を開けたレオンの視線の先で、細身のシルバーバックは立ち上がり、胸を叩いていた。
ドン。
その音に合わせて、木々の陰から幼い子どもたちの影が擦り抜け、奥へと逃げていく。
レオンは息を飲んだ。
ドン。
森に響く音。
それでも、シルバーバックはレオンに襲いかからない。
その背後を、続けて成獣たちが駆け抜けていく。
——ああ。
あの音は、戦いの合図ではなかった。
身勝手な恐怖心と欲から「凶暴な悪魔」と決めつけていたのは、人間の方だった。
鮮明になる痛みと共に、レオンはうっすらと目を開き始めた。
(——あの日、俺は確かに赦された。それなのに俺は、また銃を持ってあの森へ行かねばならない……。今までの方法で太刀打ちできないなら……今度は、群れを分断して……)
その邂逅後、自責と恥辱に苛まれながら、レオンは病の妹のもとへ戻り、森で目撃したゴリラたちの真実を打ち明けていた。
妹、シルビア・バウアーは静かにそれを聞き終えると、兄の手をそっと握り、悪戯っぽく笑ってこう言ったのだ。
「——兄さん、それなら私にひとつ考えがあるの。……実は、この前の印税で──」
──あの日交わした密やかな約束が、今という日に至る全ての始まりだった。
◆ ◆ ◆
頬に触れる湿った葉の感触と、かすかな痛みで、青年の意識は闇の底から引き上げられた。
「……あ、よかった目が覚めた?」
聞き覚えのある、悪戯っぽい声。
目を開けると、腰まで届く美しいシルバーの髪を持つ妹が、心配そうに——けれど、どこか楽しげに兄の顔を覗き込んでいた。
傍らには、あの長髪のシルバーバックが静かに座り、レオンの様子を窺っている。
「……お前……だったのか……身体は大丈夫なのか?」
「むしろ調子が良いぐらいよ。……やっぱり私は、街よりも森が好きみたい」
妹は笑った。
「兄さんの方こそ、あんな崖から落ちて、こっちがどれだけ心配したと思ってるの。——受け止めてくれたのは、この子よ」
シルビアは、細身の長の肩をぽんと叩いた。
レオンがその異形をまじまじと見つめると、妹は続けた。
「あの子たち、誰も殺してないでしょ?」
「……ああ。──手加減してくれたおかげで、俺も死にそびれたよ」
「約束してくれたの」
シルビアは、異形のシルバーバックの頭を優しく撫でた。
「これ以上、私たちもあの子たちも。誰も殺さないって」
事情を全て理解していたのは、他でもない妹自身だった。
「どうせ死ぬなら、街の中でじっといているより、少しでも動物たちのことを知りたい……そう思って森の中に来たのが良かったわ。」
兄が葛藤する前から、彼女は自著の僅かな印税を手に密かに森へ通い、持ち前の愛嬌と動物への深い共感力で、群れの信頼を勝ち取っていたのだ。
「商会が雇った連中は、もうすっかり逃げ散ったわ。あとは——本命の仕上げよ」
妹はニヤリと凄みのある顔で笑った。
◆ ◆ ◆
「──あのシルバーバックを追い詰める策があります。」
「なんだと!? それは本当かっ!!」
レオンは、意識を取り戻したばかりの体に鞭打ち、商会長のもとを訪れた。
「今ならグラハムさんの手でヤツを直接仕留め、偉大な名士として、ヴァルター商会の名を馳せることができますよ」
「す、素晴らしい! あの悪魔たちには何度も歯痒い思いをさせられている! ぜひとも私の手でっ!!」
欲望に目がくらんだ商会長は二つ返事で大金を提示し、青年とともに鬱蒼とした密林の奥へと足を踏み入れた。
──薄暗い木漏れ日の中、レオンがぴたりと立ち止まり、声を張る。
「今だ!」
直後、揺れる草むらから飛び出した長いシルバーの毛——光を反射して輝く影に向け、グラハムは狂気的な歓喜とともに引き金を引いた。
ドン。
「──あっ」
乾いた銃声が森に響き渡り、影は力無く地面へと倒れ込む。
「やった! 私が銀嶺の悪魔を殺したぞ!!」
喜びに躍り出たグラハムが倒れた影を見下ろし、── 一瞬で顔面を蒼白にさせた。
「シルビアっ──!?」
鮮血を流して倒れていたのは、背中まで届く美しい銀髪を持つ、レオンの妹、シルビアだったのだ。
「な、バカなっ!? なぜこんなところに女が……!?」
「シルビア!──シルビアっ……!」
激昂したレオンは、父の形見である猟銃を商会長の額へ容赦なく突きつけた。
「貴様……俺の妹を撃ったな……、殺す──殺してやる……」
「ち、違う! 狙ったわけじゃない! お、お願いだ! 金だ、金ならいくらでも払う! 命ばかりは助けてくれっ!?」
「──約束の倍額だ。 そして二度と、この森に近づくな……」
「わ、わかった! もうゴリラは狩らん! 森にも入らん! だ、だから見逃してくれ!!」
青年の冷徹な声に恐怖した商会長は、手持ちの小切手と金を投げ出し、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
◆ ◆ ◆
「──シルビア……」
商会長の足音が完全に消え去ると、レオンは膝をつき、朱色を広げ倒れた妹の前に跪いて顔を覆った。
「……ねえ兄さん、もう起きていい?」
倒れていたシルビアが、クスッと笑って跳ね起きた。
服についた赤い果実の汁を拭いながら、悪戯っぽく微笑む。
「まったく、ハラハラしたわよ。空砲のタイミングに合わせるのは大変だったんだから」
商会長が撃った影——それは細身の体躯と長いシルバーの毛を持つあのゴリラではなく、「長いシルバーの影=ゴリラ」という商会長の思い込みを利用した、同じ髪色を持つ妹の巧妙な演技だった。
「よくこんな作戦を考えるもんだ……お前、動物学者より女優や軍隊の方が向いてるんじゃないか?」
商会長が撃った銃弾も、事前に青年が空砲へとすり替えていた。
「失礼ね、私は根っからの動物学者よ。──これからは、この優しいゴリラたちの本当の姿を、私が世界に知らしめるの」
ガサリ、と葉が揺れた。
木々の向こうから、優美なシルバーの毛並みを誇る長が姿を現す。
その後ろには、幼いゴリラたち、そしてあの異形のシルバーバックも静かに付き従っていた。
「人間の思い込みと、命の重さ……家族の大切さを伝えなきゃ。私と兄さんのようにね」
シルビアを見るなり、一匹の幼子がとことこと駆け寄ってくる。
シルビアは笑って、その小さな頭を優しく撫でた。
「──まあ、これでお前の治療費も手に入ったことだし、俺も手を汚さずに済んで良かったよ……」
安堵のため息をつくレオン。
長はそれを静かに見つめ、ポコ、ポコ、と柔らかく胸を叩いた。
ふと、その長がレオンの前へと歩み寄ってきた。
豊かな毛並みの間から覗く大きな瞳が、レオンをじっと見つめていた。
「な、なんだ?……リベンジマッチなら御免だぞ……?」
レオンがその視線に気圧されていると、シルビアが彼の袖を引っ張り、ニヤニヤと楽しそうに小声で囁いた。
「ねえ兄さん……実はあの子、メスなのよ」
「……だから?」
「群れを率いるメスなんて、とっても珍しいわ」
妹は兄の耳元でいたずらっぽく囁く。
「……お嫁さんにどう?」
「ゴリラだぞ!?」
「あら。種族なんて、愛があれば——」
「あるわけないだろ!」
レオンが思わず叫ぶと、長はまるで返事をするかのように、ドン、と力強く胸を叩いた。
レオンがビクッと体を跳ねさせると、シルビアは楽しそうに声を上げて笑った。
ドン。
密林の奥から、いくつもの音が返ってくる。
ドン。ドン、ドン。
レオンは、その音を静かに聞いていた。
かつては、惨劇の予兆だと思った。
今は——不思議なくらい、温かかった。
シルビアが笑う。
ゴリラたちが胸を叩く。
森が、応える。
それは、もう悪魔の戦鼓ではなかった。
(了)
ドン!
ドン!
ドン!
ドン!
「——って、しんみり終わってる場合じゃないわ!」
静けさを引き裂くように、シルビアがバッと両手を天に高く突き上げた。
「兄さん! 薬代も手に入ったし、誰一人死んでない! おまけに世界一男前なメスゴリラのお嫁さん候補までできたのよ!? そうと決まれば、みんなで——『ゴリラパーティー』よ!!」
「は!? ご、ゴリラ……何だって!?」
レオンが目を丸くした瞬間、シルビアはバナナの形をした木の実をマイク代わりに握りしめ、森じゅうに響き渡る大声で歌い出した。
「——ワン、ツー、スリー、フォー!」
ドン!
シルビアの掛け声と同時に、優美な長が、傷だらけの異形の番人が、そして幼いゴリラたちが一斉に己の胸を力強く打ち鳴らした。
ドン、ドドン! ドスドス、ドン!
密林の地面を激しく揺らす、圧倒的なドラミングの重低音。
♪ウホッ! ウホウホ! ゴリラパーティー!
♪ドラミングはね、愛の鼓動!
♪銃を捨てたら、みんなでおどりましょ!
♪ウホウホッ! ウホウホッ! バナナを手に取れー!
「う、歌い出した……!?」
絶句するレオンの目の前で、信じられない光景が広がった。
「ウホッ! ウホウホッ!!」
「ウッホオーーーイ!!」
優美な長も、傷だらけの異形の番人も、幼いゴリラたちも、一斉に胸をドコドコと叩きながらキレッキレのステップを踏み始めたのだ!
かつて人間を恐怖させた「悪魔の戦鼓」は、いまや最高にハイテンポでグルーヴィーなパーカッションへと変貌を遂げ、森全体を巨大なダンスホールへと変えていく!
しかし、それだけではない!?
ガサゴソと草むらが揺れたかと思うと、どこからともなくオランウータン、チンパンジー、さらには森のインコやグリズリー、アフリカに生息するライオンや巨大なゾウ、北極に住むシロクマまでがワラワラと集まり、リズムに合わせて尻を振り、ステップを踏み出し始めた!
「待て待て待て! なんだこのカオスは!? どんな生態系だ!?」
混乱するレオンの手を、あの細身で美しい長のメスゴリラがガシッと掴んだ。
「ウホッウホ!(さあ、踊るわよ!)」
「えっ、ちょ、お前——力強いな!? うわ、うわああぁぁ!?」
強烈な力で輪の中心へと引きずり込まれたレオンは、長ゴリラと手を繋ぎ、言われるがままにステップを踏まされる。
「ほら兄さん! 足が止まってるわよ! ウホウホッ!」
「無理があるだろ! ……くっ、なんだこのステップ、妙にノリノリになれる……!? こうなりゃヤケだ!……ウホッ! ウホウホッ!!」
ついにヤケクソになったレオンまでがノリノリで胸を叩き、長ゴリラと息の合った華麗なダンスを披露し始めた。
そして、熱狂の渦は留まることを知らない!
ゴリラたちの打楽器のようなドラミングと動物たちの鳴き声が、森を越え、丘を越え、とうとう街にまで波及していく。
「な、なんだあの音は……!? 密林から猛獣どもが押し寄せてくるぞーっ!」
命からがら逃げ帰っていた猟兵たちや、妹を殺っちまって青ざめていた商会長グラハムが、街の広場で腰を抜かしていた。
だが、森から現れたのは襲撃者ではない!
最高にイカしたリズムに乗ってステップを踏む、人間と動物の大サーカス団だった!!
「さあみなさん! 銃を捨てて手を取り合って! 今日は無礼講の『ゴリラパーティー』よーっ!!」
シルビアの叫びとともに、幼いゴリラたちが街の人々に熟したバナナや甘い果実を次々と手渡していく。
「あ、甘い……! うまいぞこのバナナ!……ウホっ!」
「なんだか分からんが、体が勝手に動くぞ……! ウホッ! ウホッ!」
「わ、私も……私も仲間に入れてくれぇぇ! こんな愉快なパーティーは人生で初めてだぁぁ! ウホッ! ウホッ! ウホホっ!」
涙目になっていた商会長グラハムまでが、巨漢の番人ゴリラに親交のバンダナとベルトを贈り、がっしりと肩を組んで「ウホウホ」と大爆笑しながらラインダンスを踊り始める!
恐怖も悪意も、すべての隔たりがバナナの甘さと圧倒的なテンポの前に吹き飛んでいく。
大空に打ち上がる果実の汁の弾ける音、響き渡るドラミング、そして人間も負けじとタルを叩き、動物たちの歓声が広がる。
「ねえ兄さん、最高ね!ウホっ!」
「……ああ、最高だ! もう何がなんだか分からんがな! ウホッ!!」
街と密林を巻き込んだ空前絶後の宴は、朝日が昇るまでいつまでも、いつまでも盛り上がり続けるのだった。
【ドン、と鳴ったら気をつけろ】
(本当の 了)
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました!m(_ _)m
……まさか「銀嶺の鼓動」というタイトルから、最後にこんなゴリラパーティーになるとは思わなかった方もいるかもしれませんね?(笑)(*´艸`*)<我々に足りなかったのはゴリラ!、ゴリラは万病に効く!w←マテ
前半は少し真面目に、恐怖や誤解、そして「ドン」というドラミングの意味が変わっていく物語として。
そして最後は、すべてを吹き飛ばす勢いで、みんなでウホウホ踊ってもらいました!(笑)
(人≧▽≦)<少しでも笑っていただけたなら、作者としてこれ以上うれしいことはありません。
企画主の清坂正吾様を始め、皆様ありがとうございました!
それでは皆さまも、よろしければご一緒に——
ウホッ! ウホウホッ!!∩(ˊ̆ῗ ̀̆ )∩ウホッ!w
ご意見募集|・ω・`)<某所で作中視点(三人称視点)などについて話されており、今作も視点バラバラなんですけど、どうでしたか?良ければそちらにもご意見いただけますとありがたいです。




