帰って寝たい
なんてこった。
俺が脅威から受ける攻撃は痛くもないし怪我一つしない。だが、俺が、相楽寿志が怪我をし、痛みを感じていたら、それはそのままだった。
つまり、俺は今、全身打撲。左鎖骨骨折。肋骨も二本折れてて一本が肺を傷つけている。その他擦り傷切り傷。死に損ないで身体中痛くて動けない。その上…医者がくれた鎮痛剤のせいで気を許すと眠くなる。突然飛ばされた見知らぬ山の中は薄暗くて、巨大な木の枝や根のようなものがわらわらとうねっている。変身したってことは、これは脅威で倒せるやつ。でも今はどうにかできる気がしない。立っているだけで息が上がる。地面がぐらぐらと揺れる。わらわらしてる木の根のせいか、俺の頭のせいかわからん。犬みてーにはあはあしながら膝から崩れ落ちる。早く帰って寝たい。でもどうやって?何ができる?意識が細切れになる。わらわらしてる手近な木の枝をちぎってみた。なんてことなく、何も変わらず、わらわらとうねっている木の枝は、俺の手に持たれてわらわらとうねっている。眠い。俺は死に損ないの体を引きずり、今度は木の根一本を辿ってみた。息が上がる。意識が細切れになる。終わらせたい。何度も動けなくなったが、それでも木の根の元らしきに辿り着いた。
それはうねっている枝や根とは反対にピクリともせず、ただ地面に突っ立っている。見上げてみる。触ってみる。ざらついた感じ。木。木のような感触。いや。
それは、木だった。
大蜥蜴、ぶるぶるした超エッチな女の体、そして木。その時、足元がぐらつく。俺が気がつかないうちに俺の足元にうねる根が伸びてきて来ていた。あっと思ったが、死に損ないの思い通りにならない体ではどうする事もできず、足に絡みついた根に地面に引きずり込まれてしまった。木の根は俺を拘束し、ずりずりと俺の体を這い回る。殺すつもりなのか。だが、こいつらにそれはできない。俺は必ずこいつらを殺せる、こいつらは必ず俺に殺される。じゃんけんより理不尽なグーとパーしかない関係。グーであるこいつらのどこがこの世界を滅ぼす脅威なんだろう?そんな事はどうでもいいや。早く終わらせたい。真っ暗でぬるい地面の中で、木の根が俺の体を這い回る。抗おうにも死体の体だ。動かす事もままならない。油断すると、眠ってしまうのか失神してるのか知らんが意識がなくなり、木の根が這い回るままになっている。何してんだろう?時々、逸物やら乳首やら、女にしか触らせないようなとこを掠めていくが、すまんな、そんなセクハラされても今の俺には構ってる余裕はない。大体何のためにそんなとこ触ってんだ?しかしいつまでもこれじゃダメだ。終わらせたいんだ。帰って寝たいんだ。くそ、また寝てた。目が覚めても何も変わってない。時間が溶けてってる。何時間経ったのか?何分経ったのか?俺はどれ位こうしているんだろう。全身打撲で左鎖骨骨折、肋骨も二本折れてる。一本は肺を傷つけて。死に損ないの体。情けない。得意な暴力が振るえない俺なんかただの馬鹿だ、クズだ、ゴミクズだ。早く終わらせたい。何とかしたい。どうすればいいんだ?そうだ、ガキども。
「おい!なんかここ一番の必殺技とかねえのかよ。なんとか言えよ!クソガキ!」
何の返事もない。やっぱ俺からあいつらを呼び出す事はできないんだな。京也、一つわかったぞ。クソの役にも立たねえけどな。くそ、何かないのか。何とかなんねえのかよ…
思い込め。
そうだった。ガキどもが言った唯一の助言。でも頭がまわんねえよ。何をどう思い込めばいいんだ?こんなセクハラしてくる木に拘束されててよ?あ。木?そうだ。木だな。木。ただの木だ。ただの、木だ。
その瞬間真っ暗でぬるい地面の中で俺の死体の体を這い回り、巻きついていたうねる木の根はピクリともしなくなった。
これで帰って寝れるのか。
あとはそれだけ思って俺の意識も途切れた。
目を覚ますと、相楽寿志が相楽寿志の部屋にいた。
どこかでスマホが鳴り始める。起き上がろうとしたら猛烈な痛みが走った。相変わらずの死に損ない。脂汗をかきながら、痛みが和らぐのを待っている間、スマホを探すが見つからない。五回、十回とスマホが鳴る。京也からだ。
「はい。京也っす。」
え?京也からの電話に京也が出ている。マズい、完全に馬鹿になったのか?俺は。
「あ!相楽さん!相楽さん起きたんで現場向かいます。すみません。」
そうだった。俺のスマホのわけなかった。だって壊れてんだもんな。鳴ってたのは京也の電話で京也に来た電話に京也が出ただけだ。
「お前、何でいんの?」
「いや、あの状況で帰れないでしょう!」
「そうなのか?」
「そうですよ!相楽さんボロボロなのに変身して戻って来ないし。もう俺、心配で。大丈夫ですか。」
「戻って来ねーってそんなに何日も??」
「え?あ、はい。ええと、1日と16時間です。」
マジか。そんなに木の根にセクハラされてたのか。
「飯、コンビニで買って来たんで、これ食べて薬飲んでください。」
正直、全く腹が減っていない。寧ろ気持ち悪い。
「いや、いらない。」
「ダメですよ。鎮痛剤は胃が荒れるから、ちゃんと何か胃に入れないと。」
こんな体で今更胃が痛くなったところで負担になるんだろうか。
「行けそうですか?仕事…」
京也が心細そうな顔をして聞いてくる。ダメと言ってもお前じゃどうにもならんだろう。なぜなら、今日の仕事は殺しだ。俺がやらないわけにはいかない。
「やる。やれる。」
俺は死に損ないの体に京也が買って来たコンビニのパンを無理やり詰め込み、鎮痛剤を適当に掴みざらざらと胃に流し込んだ。京也が、眉をしかめた。無法者のヤクザが、薬の用法・用量には従うのもおかしな話だろう。
京也の肩を借り、ふらふらしながらも何とかハイエースに乗り込んだら、途端に意識がなくなった。ガキどもの声が聞こえた気がした。夢を見た。いや、正確には夢を見てないという夢を見ていた。俺の周りは真っ暗で、目を開けているのか閉じているのか、何かあるのか何もないのか、何もわからなかった。何もわからないならないのと同じだ、つまり俺は夢も見ていない、と思う俺がいるのは夢を見ているからなのか。
「相楽さん、着きましたよ。」
京也に起こされた時には、鎮痛剤も効いてきてだいぶ楽になっていた。今日は500万借りて、その後、行方をくらませていた男を梶さんが捕まえて倉庫に監禁しているのでそいつを殺す。
「お疲れ様です。」
「おう、来たか。どうした?顔色悪いぞ?」
梶さんは俺より10個歳上で、俺が拾われた時、家を探したり電話を持たせてくれたり、その他、12歳で施設を逃げ出してから、15位までは路上で強盗をしてその日その日を凌いでいたから、人並みの事を何も知らない俺に色々と教えてくれて、面倒を見てくれた。梶さんと5人ほどの舎弟が輪を作るように立っていて、真ん中には手錠をかけられた男が転がっていた。
「大丈夫っす。こいつは保険金掛けてるんですか。」
「家族が連帯保証人になってんだよ。事故じゃなくても取りっぱぐれがねえからよ。お前の流儀でやっていいよ。」
俺は、500万借りて、その後、行方をくらませていた男の方を見た。俺より少し歳上だろう。頭がうっすら禿げている無精髭の生えたひょろりとした男が、青白い顔をして、カチカチカチカチと歯を鳴らしていた。
「じゃあ頼むわ。」
俺と京也を残して梶さんと5人ほどの舎弟は帰って行った。梶さんは面倒見もいいし頭も切れる。小汚い殺しをするような人じゃない。それは、俺の仕事だ。俺は転がった男の方を見た。
「お父さんかお母さんが借金払ってくれるってさ…但しお前が死んだらだけど。」
「頼む!殺さないでくれ!ください!殺さないで!ください!俺だって返そうと思ってた。思ってたんだよ!でも取引先の支払いが遅れて…零細企業じゃ数日の遅れで会社が潰れるんだ。わかるだろう?30人の従業員を抱えてそんなことは出来ない事も…。金が入ったら必ず返す!返しますから…お願いですから…殺さないで…。」
男は一気にまくしたてた。最後の方は涙を流し、子どものようにしゃくりあげ、かすれて消え入りそうな声だった。
「俺に言われても困るよ。俺はそういう、難しいところはよくわかんないんだ。ただ俺が殺して、京也が片付ける。それだけが仕事なんだよ。」
青白い顔は向こうが透けて見えるんじゃないかと言うくらいに青白さを増し、益々歯がカチカチカチカチと鳴った。これ、うるさいな。ここは倉庫だから何でもある。片隅に積み重なる鉄パイプを一本持って来て、そいつの口にねじ込んだ。それから思いっきり踏み降ろす。男は口から血と白い小さい塊を吹き出した。これでもう歯と歯がぶつかる音がしなくなった。可哀想にな。必死の思いで懇願したんだろうになぁ。その相手は俺じゃなかったよな。髪の毛を掴んで引き起こさすと思ったが、思ってたよりしっかりと禿げていて掴む髪の毛がないので、両目に指を突っ込んで男の頭を引き起こした。眼球の潰れる手応えがあり、男が叫び声を上げた。目から頰を伝い流れ落ちる血と涙と、何か体液の混ざったものを俺は舐めてみた。鉄の味がした。可哀想なこの男の人生の最後に、どんな最悪の思い出を残そうか。どんな最悪の思い出で、心も暴力に侵されて死んで行かせようか。
取引先の支払いが遅れて、30人の従業員を守るために会社を潰さないようにヤクザから500万借りて、返済期日が来ても行方をくらませていた男だったものが、俺の目の前に散らばっていた。男は30個の塊になった。俺は生きたまま男をチェーンソーで切り刻んだ。身を切るような思いで守りたかった会社の従業員と同じ数に身を切られたわけだ。ゲロを吐き終わった京也が倉庫に戻って来た。
「お疲れ様です…うぇ…相楽さんがいつも通りにお仕事できて安心しましたよ…うぅ…。」
まあそうだな。京也がいつも通りにゲロを吐く程度には仕事ができた。しかし、幾ら鎮痛剤が効いてても、さすがにこの体で生きた人間をチェーンソーで切り刻むのはキツい。どっと体が重くなり、俺はがっくりとその場に崩れ落ちた。
「疲れた。」
「ハイエースで休んでてください。片付けたら送りますから。」
俺は京也の言葉に甘える事にして、ハイエースに戻り、助手席のシートを倒し、ハイエースの天井を見ていた。真っ暗なハイエースの中で、もやもやした気持ちだけが湧き上がり、そのくせ解決策など何も思いつかない。俺が馬鹿だからだ。俺はクズだし暴力しか取り柄がない暴力マシーンだ。死んでも喜ばれこそすれ悲しむやつなんていないだろう。それがこの世界の俺だ。この世界が滅んだら、俺はどうなるんだろう。真っ暗なハイエースの天井を見る。少しはマシになるんだろうか。




