初めての体験
休日である。
しかし、俺は暴力マシーンだから、楽しむ娯楽などない。何となく、テレビをつけて、ぼーっと布団に転がっている。昼のテレビは主婦向けで、芸人とアイドルがホームセンターに行ったり、便利グッズをクイズで当てたりしている。面白くない。
俺はタバコを咥え、マッチを擦って火をつけた。何となくマッチを擦ったその手を見た。体を見た。大きいのや小さいの、様々な傷がある。痛かった。血が出た。骨が折れた。腫れた。膿んだ。でも治った。そして生きてる。何故なら、相手を殺してきたからだ。大きいのや小さいの、様々な傷をつけた相手はみんな殺されてしまった。俺に。殺した相手がみんなヤクザや悪人だったりすれば、少しは格好もつくだろう。しかし、俺みたいなバカで暴力しか取り柄のない人間は、どんな汚れ仕事もやらなきゃいけない。エリート街道だなんて口では言っているけど、本当はそれしか生き残る術がない。殺すしか。だから隅谷の修道院の修道女のように、何も悪いことをしてない相手でも殺す。そうでもしないと居場所なんかすぐになくなる。
テレビではワイドショーが終わりニュース番組が始まっていた。
「一昨日爆発事故のあったK県Z市に程近いS市で、昨日午前10時ごろ雷と強い突風が発生、電信柱が倒れるなどの被害がありました。幸い死亡した方はおりませんでしたが、48人が怪我をして病院に搬送される事態となりました。」
一昨日のことは大蜥蜴の事は触れていない。大蜥蜴のことにも触れていたのはハイエースの中で京也が読み上げたスマホのニュースだけでその記事もその後消えてしまった。昨日のことは、結局悪天候の話に終始し、そのうち気象予報士とか学者が出てきて、エルニーニョがどうとか、温暖化がこうとかと話し出した。
本当は何があったのかを言ってないのにこいつらが話してどうすんだ?
本当は、か。
何が本当は、だ。俺だって、全然関係なくて、大蜥蜴が出ましたなんてニュースが流れたらふざけてんのか?と思うよな。受け入れやすくなきゃ本当と思わない。だから俺みたいな暴力マシーンはヤクザで人殺しな方が受け入れやすい。つまり本当だ。
「別にいいじゃん。それはそれとして、脅威を倒す存在でもある。それだけの話じゃん。」
いけ好かない顔立ちの司会者がインチキ臭い関西弁で喋るワイドショーがぐんにゃりと歪み、地デジ以前にはよく目にしてた、ざぁっと言う画面、砂嵐と呼ばれてた画面になり、その向こうに、初めはぼんやりとした黒い影、しばらくののち、あのガキどもがテレビの中に姿を現した。
「それだけって。それだけって話で済ませられるようなことか?」
人殺しなんだぞ。ヤクザなんだぞ。そんな奴が。
「この世界を滅ぼす脅威から人々の命を守る。これはイイコトなんだろ?ならいいじゃん。何も考えずにやってろよ。」
それはそうだけど、いい事をするにはいい事をするだけの土壌が必要なんじゃないのか。俺みたいな暴力マシーンの人殺しがやっていい事じゃないだろう。そんな奴が、何億人を守っても、殺した数十人は戻って来ないし、俺が暴力マシーンの人殺しには変わりないし。
「何を勘違いしてるんだよ。僕たちは君に贖罪なんかさせたいわけじゃない。改心させたいわけでもない。僕たちの役割を果たすのに、ちょうどいい存在だから選んだだけだよ。勝手にこれからも人を殺しなよ。別にそれを咎めるつもりはないから。」
それなら、世界が滅ぶのだって勝手にさせとけばいいじゃないか。人が死のうがどうしようがどうでもいいんだろう?それなのに何で、わざわざ1人選んで、ヒーローショーのヒーローに仕立てて止めなきゃいけないんだよ。
「役割だから。」
「だったらてめえら、自分でやれや!」
スマホをテレビに投げつけた。テレビの画面に細かい筋が広がり、そこからじんわりと黒いシミが広がった。液晶が割れたんだろう。
何となく眺めるテレビすらなくなった今、暴力マシーンの俺には楽しむ娯楽どころかマジで何もない。ただぼーっと布団に転がっている。
どん!どん!どん!
どれくらいぼーっと布団に転がっていたかわからないが、強い調子でドアがノックされ、聞き慣れた声が俺の名を呼んだ。
「相楽さん!相楽さん!おはようございます!京也です!」
何となく古臭くてじめっとした俺の部屋で京也が涙目で俺に訴えている。
「何で電話出てくれないんですかぁ。酷いですよぉ。」
「壊しちまってよ。」
「何でですか。」
「テレビがむかついたから。」
「それってテレビが壊れた理由っすよね?今スマホの話です。」
「あぁ?」
「えっ?…あっ!…さーせん…。」
休みの日に人が来るなんて、京也どころか多分人生で初めてのことだった。
12歳で施設を逃げ出してから、15位までは路上で暴力の才能を生かし、空き巣、強盗やカツアゲなどして日々を凌ぎ、暴力的に人生を切り開いてきた。そんな俺の暴力の才能を親父が見つけて、ちょいちょい面倒を見てくれたり、暴力の仕事をくれたりし出して、その6年後に組に入った。そこで初めて家とか電話とか、そんな文化に触れた。暴力とヤクザになった事と、家とか電話とかの文化は、セットで俺にもたらされたから切り離せないし、それ以下もそれ以上も広がることはなかった。
それが、今日、初めて切り離されると言う文明開化を迎えた。困惑する。混乱する。
「で、何?」
「え?何がっすか?」
「いや、来たの、何?」
「何って…相楽さんが何とかしろって言ったんじゃないですか。」
何とかしろって何をだ?俺、なんか言ったっけ?
「何が?」
「何がって!此間、その、変身?した時…。」
お前大学出てんだろ?勉強ばっかりしてきたんだろ?頭いいんだろ?何か考えてくれよ。何とかしてくれよ。…ああ。これか。思い出した。あんな泣き言を、愚痴を、こいつは間に受けてたのかよ。気まず…。
「あの、何か買って来る?何か飲む?」
何となく古臭くてじめっとした部屋で、量販紳士服店で一着買うとズボンが二本付いてくるような、若い営業マンが着てるような、迫もヘチマもないようなスーツではなく、黒のパーカーと深緑色のカーゴパンツの京也とさし向かい。これから仕事に行くでもなし。緊張する。どうしていいかわからない。むずむずと居心地が悪い。正直この場から消えてしまいたい…。
「何言ってるんですか。相楽さん。変ですよ?今日。」
京也は、呆れたような、それでいて心配しているような顔をしている。
「俺、こういうの初めてなんだよ。」
「何がですか。」
「休みの日に誰か来るの。」
「だって休みじゃないとできないじゃないですか。」
そうだけど。そうだけど、緊張する。俺はタバコに火をつけた。
「あの…変身の件、一度ちゃんと教えてもらえませんか。」
「教えるったって何もないぜ?」
「変身する時どういう感じかとか、なんか手掛かりになりそうな出来事とか。その辺なんかあったら参考になるかも。」
なるほど。確かに頭のいい京也なら何か見つかるかもしれん。俺は、あの夏のことから話し始めた。修道女を殺した後、声が聞こえてた事、昨日見た夢の事、最初に変身した日の事、死ななかった事、テレビを壊したこと、できる限り全てを話した。
「やっぱり修道院とか襲っちゃいけなかったんですよ…呪われたんですよお…きっと。」
自分から聞きたがった癖に京也は青白く萎れた顔をしている。
「しょーがねえだろうがよ。俺らは親父に逆らえねえ。」
「それはそうですけど…。」
「じゃあもう一度隅谷の修道院に行ってみればなんか手がかりあんのかなあ。」
「何しに?多分もう更地だぜ?」
「あー。どうなんですかねー?俺ら汚れ仕事チームに汚れ仕事のあとどうなったかなんて話降りて来ないですからねー。最悪売れちゃってたらどーしょもないですけどねー。まあでもそれくらいしかできることないかな?みたいな。」
変なチームを作るな。




